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【連載】Dark × Marriage[ダーク×マリッジ]〜死せる花嫁と漆黒の護衛騎士〜  作者: シロヅキカスム
第一章 侯爵令嬢のメモリアル

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運命の巡る夜Ⅱ

 フィオナがそちらのほうへ不機嫌そうな顔を向ければ、遠目に広間の窓が見えた。暖色の明かりのもとで、着飾った人々が楽しげに交差する様子がうかがえる。「まぁ、大賑(おおにぎ)わいでけっこうなこと」と、令嬢は冷ややかに言った。


「また伯爵さまが葡萄にまつわる蘊蓄(うんちく)を、皆々さまにひけらかしたのかしら?

 わたしには、どうもわからないわ。あの(よど)んだ血のような赤い味……あんなもので、どうして人は狂うほど陽気になれるというの?」


「…………」


「いつか、わかる日が来てしまうのかしらね。……もっとも、ばかに華やぐ理由がそれだけではないことは、わたしもよく存じておりますけれど」


 やがて、本館から音楽が聞こえてくる。夜会の定番、お待ちかねのダンスの時間である。


 この伯爵家では毎年、葡萄の収穫期に合わせて豊穣(ほうじょう)を祝う会を(もよお)している。招待状をいただいた以上は、できるだけどの会にも顔を出すよう努めてはいるものの……この夜会は飲んで踊ってしゃべってゲラゲラ笑ってと、いささか品性が特殊なため自分は苦手であった。


 杯を交わして挨拶(あいさつ)まわりをしたのち、少し夜風に当たりたいからと早々に場を離れたのを覚えている。ダンスがはじまり、誰かしら呼びに来るかと思いきや、使用人すらよこさないとは……それはそれで(しゃく)とばかりにふてくされていたことも、強く記憶に(とど)めていた。


 隣にいたディオスだけが「お戻りになられますか?」と、ひと言添えてきた。だが、令嬢は意固地になって首を振る。


「いいわ、今夜はハズレ。集まっているのも馬鹿騒ぎが好きな連中ばかりですもの、一人くらい姿が見えなくたっても気にしないでしょう。今晩はありがたく、羽休めさせてもらいましょう」


 御意(ぎょい)と、ディオスは下がる。その彼に「それにほら、見なさいな」と、軽く伏せたまぶたの下で令嬢は視線を促した。


 広間の窓に、真紅(しんく)のドレスをまとった娘が通りかかる。花弁のごとく広げた明るいブロンドの髪を揺らして、伯爵家のご令息と手と手を取り合い踊っていた。


「わたしの代わりなんて、アレ(・・)がしてくれるもの」

「…………」

「誰も彼もが、あの子に夢中なのよ。我が家のもう一人の侯爵令嬢、リリア・ベルベットにね」


 令嬢の乾いた笑いとは正反対に、わたしは苦い気持ちをこらえきれなかった。


 わたしことフィオナ・ベルベットは、たしかに幼少期の誓いを一部果たした。完璧な貴族令嬢となって、社交界の注目の的にもなった。


 ……しかし、くり返すが、それはごく短い間(・・・・・)の栄光であった。


 状況を一変させたのは、わたしよりも少し遅れて社交界入りしたあの娘、リリア・ベルベット。

 忌々(いまいま)しい、義妹の存在である。


 リリアは、実父の再婚相手アマンダ・ベルベットの連れ子だ。年は一つ年下、ブロンドの髪と琥珀(こはく)色の瞳が特徴の小柄な娘。年頃とはいえどこか少女じみた幼さが抜けきらず、わたしの頬を『薔薇の艶めき』と称するなら、向こうのはせいぜい『リンゴのほっぺ』といったところか。


 幼き日の誓いのあと、ベルベット家は新たな家族を二人迎え入れた。もちろん『家族』などという名称は、ほとんど表向きの続柄である。十年おなじ館で寝食をともにしたものの、継母と義妹との関係は良好とも言えず、また不穏とも言いかねず、冷めた仲が続いた。


 先にわたしの評を述べると、アマンダは賢い女であった。


 幼少期のわたしが怯えたような、目に見えた手の出し方はされなかった。彼女は貴族のなかでは珍しい、地味でくたびれた現実主義の女であった。


 大方、下手に扱って面倒ごとを起こしたくなかったのだろう。かと言って、親愛があるわけでもなく、表面的なやりとりだけを交わして、お互いに疑似家族の役を繕っていった。


 同様に、義妹のリリアとも大した交流はない。

 その頃のわたしは、白嶺を華を目指して毎日勉学とお稽古に明け暮れていたのだ。なおのこと、相手にする暇もなければ義理もなかった。


 いま振り返れば、多少なり牽制(けんせい)をしておけばよかったとも思う。


 リリアの社交界入りを機に、たちまち話題がすり替わってしまった。フィオナ・ベルベットという一輪(ソロ)ではなく、『ベルベット家の美しい令嬢姉妹』という二輪(セット)の話題で。


「ねぇ、ディオス。あなたはご存じかしら?」


 苛立(いらだ)ちから、令嬢は従者に絡む。

 ディオスは慣れているのか、はたまた特に考えることはないのか、無表情のまま主の話に付き合う。


「わたしたち姉妹が、それぞれなんて呼ばれているか。このあいだ、お茶の会で小耳に挟んだのよ。 姉は『銀の白鳥(はくちょう)』、妹のほうは『金のカナリア』だと」


 うふふと、気の抜けた声を立てて笑う。

 なんて、はしたない。記憶とはいえ、過去の自分の醜態を見るのは気持ちのよいものではなかった。人の恥じらいなど知りもしないで、すっかり赤の酔いに当てられた令嬢は、おもむろに両手を上げて輪をつくり、踊り子のするポーズを取った。


「どう、わたしの姿。白鳥に見えて?」

「…………」


 袖のひだを揺らして、白鳥の翼を模す。まったく、こんな道化のように興じている姿、人様(ひとさま)にはけして見せられない。見ているのが朴念仁の従者だけというのが、唯一の幸いだ。


 令嬢の問いかけに、案の定、彼は静かに首を振った。「鳥には見えません」と、的外れかつ正直な感想を述べてくれた。


 令嬢はあきれたように「例え話よ」と従者をなじり、つまらなそうに腕を下ろした。

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