がんばれ!リリアちゃん⑤
5 リリアと従者の人
「なんで、天気がもっとひどくなっているのよ! もうダメだわ、わたし……太陽にまで嫌われてるーっ!」
お姉さまの悲痛な嘆きが、ドアの外、廊下いっぱいに響き渡りました。
翌日、魔法のお天気人形のおかげで空が晴れた……と思いきや、外は相変わらずのざんざん降りの大雨でした。
それどころか、横殴りの突風まで吹いてきて、嵐へと変わってしまったのです。
これでは誕生日会どころではありません……。
延期という言葉がお義母さまの口から出てきて、フィオナお姉さまはたまらずといった様子で自室に引きこもってしまいました。
泣きわめく姉の声を、ドアの外からこっそり聞いていたわたし、リリアも、申し訳なくしょげかえります。
「……おかしいわ。魔法の手順を間違えてしまったのかしら。ううん、いつもより丁寧に、気をつけて進めたもの……間違いなんてあるはずない……」
お天気人形になにかあったのでしょうか?
吊した先の玄関を確認しにいこうと、わたしがドア元から離れようとした──そのときです。
なかから、「……ディオス、あなたなにを持っているの?」と、お姉さまの声が聞こえました。
まさか。
直感のままに、こっそりドアを開けて部屋のなかを覗き見ます。
ベッドの上にうつぶせになって、枕から泣き腫らした顔を上げているフィオナお姉さま……その顔の向く先には黒い影──あの従者の少年、ディオスが立っていました。
問題は、彼の手です。
軽く持ち上げて、主の前に差し出したその手のなかには、鮮やかな青紫色――お天気人形が握られていたのです!
「なによ、そのヘンテコは?」
「…………」
「玄関に落ちていたですって? くだらないものを見せないでちょうだい。わたし、いますごく気が滅入っているの……そんなもの、さっさと窯の火で燃やしてきてしまいなさいなっ!」
リリアのばかっ!
どうやら吊した紐の結いがゆるくて、人形が落っこちてしまったようです。これでは魔法が失敗して当然です……。
悔やんでも仕方ありません。それよりも重要なのは、お姉さまがいま言った言葉です。
火で燃やす……その命令に、従者の少年はひと言「御意」と応えてしまいました。
くるりときれいに半回転する少年。ドアのほうを向いた彼の黒い眼と、部屋を覗き見している自分の目とがぶつかったような気がして、わたしは思わずその場を飛び退いてしまいました。
慌てて、向かいの自分の部屋まで逃げこみます──いや、逃げている場合ではありません!
すぐにまた廊下に出てみますと、従者の人はゆっくりとした足取りで階段を下りている最中でした。その手には依然として、お天気人形が握られたままです。
館の一階へ下りる彼の足先はもちろん、姉に命じられたとおり厨房へと向かっているようです。窯の火のなかに、人形を燃やしてしまうために。
幸いなことに彼の足取りは急いでないため、わたしが追いかけて、背中から声をかけるのはそう難しくはありません。
……難しくない、ということは頭ではわかっているのですが。
「……うぅ、やっぱり怖い」
前言撤回、めちゃくちゃ難しいです。
声をかける勇気がわかず、一定の距離からその背を追うばかりです。時折、従者の人が立ち止まって後ろを振り返れば、そのたびにわたしは角や物影に身を隠しました。
リリアの意気地なしっ!
ちょっと声をかけて、事情を説明して、お人形を返してもらうだけでしょうが!
だのに、びくびくしてばかりで、声が喉に詰まってうまくしゃべれないなんて……!
向こうが立ち止まって振り向けば、こちらは慌てふためき身を隠す……向こうが再び歩みをはじめたら、その様子をうかがって後をつける……。
そしてまた向こうが立ち止まったら──の、延々のくり返しです。
お互い、ちびりちびりとした短い歩みでした。
でもそれもまもなく、終わりを迎えます。
少しずつ歩を進めるなかで、とうとう厨房の窯の前まで到着してしまったのです。
さらに運の悪いことに、お茶の準備でしょうか、お湯を沸かすためにいままさに鍋の下では薪木が真っ赤に燃えているではありませんか!
窯の前で立ち止まった従者の人ことディオスは、その黒い眼差しを燃える炎にじっと向けています。
そこから少し離れた厨房の入口にて、角の陰からわたしことリリアが息をのんでそれを見守ります。
ぱちり、と爆ぜる薪と火の音。
熱気を浴びる手のなかのお人形は、死んだようにくたりとしています。壁を通じて、ざあざあ降る外の雨風の音が、二人のあいだの静寂をかき乱すのでした。
わたしの頭に浮かんだのは……いまも、ベッドの上で泣き崩れているフィオナお姉さまの姿です。
「……ぅう」
なんにもできない自分。
力のなさが虚しくて、目からじんわり熱い水がしたたります。やがて、外の雨のようにぼろぼろと雫が丸い頬を伝ってこぼれ落ちていきました。
身を隠しているのも忘れて、大きなしゃっくりも口から飛び出ます……。
涙で視界がぐずぐずになっているので、辺りの様子がよく見えません。ですが、布が擦れるような音から、少年が動いたことはわかりました。
「…………」
わたしが袖で涙をぬぐえば、いつの間にか、従者の少年がそばに近づいていました。
思わずびくりと肩を震わせますが、すっと差し出された手にわたしは目を向けました。
思い出のハンカチを青紫色に染めた──お天気人形です。
「…………」
「……あっち」
そう短く言って、わたしは指をさしました。
厨房の外の方角です。従者の人も確認するようにおなじ方向を指さします。それを見て、わたしはこくんとうなずきました。
ついてきてと促すよう、わたしは先立って歩きます。そのあとを少年が律儀にくっついていきました。玄関を開け、手前まで誘導すると、今度は指を高く向けて外灯をさします。
そこには、ぷらぷらと糸だけが風に揺れていました。
わたしが不安げな顔で見つめると、彼は黙って……頭を縦に振ってうなずいてくれました。
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