がんばれ!リリアちゃん③
3 姉と従者の少年
つんとした態度で食堂を出ていかれた、フィオナお姉さま。
わたし、リリアは知っています。冷めた仮面の裏で、彼女がどれだけ悲しい思いを胸に秘めているのかを。
「あの鬼ババーッ! 悔しいっ、もう悔しすぎるーっ!」
玄関ホールの真正面、館の二階へとつながる大きな階段──その踊り場にて、フィオナお姉さまはやわらかな絨毯を何度も踏みつけていました。
いわゆる地団駄、というやつです。
みんなの前では大人っぽく振る舞う彼女ですが、時折こうして、子どもらしい感情を隠れて発散しているみたいです。
階下の大きな壺の影から、わたしはこっそりお姉さまの様子を見守ります。
慰めてあげたいのですが、リリアが出ていったところで、また仮面をかぶりなおして冷たくあしらわれてしまうのが目に見えています。
ほかの使用人だって、おなじ扱いでしょう。
ですが、たった一人だけ、この館で唯一お姉さまが気を許している人物がいました。
いまもその人は姉のかたわらに立って、激しい憤りを黙って受け止めています。
「あなただって悔しいわよね、ディオス!」
「…………」
「素直に悔しいですって言いなさい! 今度の誕生日会では、あなたが手入れをした庭園の花もお披露目される予定なのよ? 剣の稽古の合間に、手塩にかけて育てた薔薇の花たちがっ!」
促されたとおりに、ディオスと呼ばれたその少年は「悔しいです……」と口にします。
じつに淡白な物言いで、フィオナお姉さまも釈然としないのか「うーん……」と、形のよい眉を寄せてうなりました。
「あなたって、本当に感情の変化がないわねぇ。もっとこう──そうね、試しにわたしの真似をしてみなさい」
「…………」
「肩をがっくり落として、頭は下にうなだれて、めっそり顔をくしゃくしゃに寄せて……全身で『すっごく悔しいっ……』って気持ちを表現するのよ」
「すごく悔しいです……」
「まぁ、十点満点中、三と四のあいだってところかしらね」
フィオナお姉さまに言われたポーズを取る少年──彼の名前は、ディオス・シュス。
お姉さまがもっと小さな子どものときから、ずっとそばで仕えているという従者の人です。
背が高く、色の固い黒髪と黒目を持った、とても物静かな少年です。年はリリアと三つほど離れているだけなのですが、姉とおなじく、この人からも子どもらしさというものを感じません。
お姉さまが貴族令嬢のお稽古で忙しくしているとき以外は、大抵二人は一緒にそろっています。
普段の彼は使用人として館の雑務をこなしているようで、よくお庭で庭師のおじいさんと一緒に低木を剪定している姿を見かけました。
ふいに、その従者の人が階下を見下ろしました。
わたしはびっくりして、壺の陰に小さくちぢこまってしまいます。
「ディオス、よそ見しないの」
と、お姉さまから叱られ、彼は顔の向きを戻しました。
もしや、わたしが隠れて覗いていることに気づいたのかもしれません。妙に勘が鋭いと、使用人たちのあいだでも噂されているくらいですから……。
じつを言うと、わたし……この従者の人のことがちょっぴり苦手でした。
フィオナお姉さまの場合、人前では冷たい人ですが、その裏ではとても感情豊かであることをわたしは知っています。
けれど、一方の彼は別なのです。
本当に一度も笑ったところや怒ったところを──人らしい感情を一片でも見せてくれたことがないのです。
いつ見ても変わらない無表情を前に、わたし自身どう接すればよいのかわからなくて……つい、彼のことを遠ざけてしまうのでした。
断っておきますが、彼は悪い人だったり、嫌なことをする人ではありません。一度は、わたしが落っことした髪留めリボンを拾ってくれたこともあります。
彼の、おそらく他意のない無言の圧に、つい逃げ腰になってしまうリリアが臆病なだけです。
お姉さまのように、ちゃんと意思疎通ができるようになれば、怖いイメージもどこかに飛んでいってしまうのかもしれません。ですが、なかなかお近づきになる機会も少ないため、当分の見込みはなさそうです……。
ともあれ、踊り場での二人のやり取りを見るに、フィオナお姉さまは誕生日パーティのことをあきらめきれないようです。
お姉さまは有無を言わさず食堂を去ってしまったから知らないのですが……あのあと、使用人のリサがお義母さまとの合間に入って「もう少しだけ、雨の様子を見てはいかがでしょう?」と、お願いもしていたのですよ? もっとも、お義母さまは薬草を噛んだような苦い顔をされていましたが。
館中に、ぎすぎすした嫌な空気が満ちています。
これでは空も、晴れたくとも晴れにならないでしょう。
「ここはやっぱり……リリアの出番ね」
小さな両手をぎゅっと握りしめて、わたし、リリアはひとりうなずきます。
この最悪な状況を解決する手立てに、心当たりがあったのでした。
要は、雨さえ止んでしまえばいいのです。
雨さえ止んで、灰色の雲がどこかに流れていって──澄んだお空にお日さまが顔を出し、きれいな虹の橋が架かれば万事解決なのです!
それも、お姉さまの誕生日が訪れる前に!
すばらしいアイデアです。
でも、それを耳にすればきっと多くの人が笑い出すでしょう。
『天気を変えるなんてできっこない!』
『不可能だ! 非現実的だ!』
『そんな、魔法みたいなことを──!』
非難の声を想像して、わたしは逆にくすりと笑ってしまいました。
そんな魔法みたいなこと──ええ、そうです。それこそが、わたしの知る唯一の打開策なのです。
──魔法。
魔法の力を使って、雨雲を追っ払ってやるのです。
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