がんばれ!リリアちゃん②
2 雨と冷めた朝食
誕生日を数日ほど控えた、朝食の席でのことでした。
館の食堂にて、わたし、フィオナお姉さま、アマンダお義母さまの三人で、縦に長いテーブルを囲んでいたときです。
ぽつりと、お義母さまが口をこぼしました。
「誕生日の日の天気ですが、どうやらこの数日間は雨がつづくようですね」
食器の音を立てないよう注意深くスープを飲んでいたわたしは、はたと匙を握っていた手を止めてしまいました。
自分に向けられた言葉ではないのは、わかっています。だからこそ、余計に気に留めてしまったのです。
わたしは顔をスープ皿にうつむかせたまま、そっと瞳だけを動かして、隣をうかがいました。隣の席にはフィオナお姉さまが背筋を伸ばして、器用な手つきで茹でた卵を匙にすくって食していました。
「ええ、わたしもすでに使用人からそのようなお話をうかがっております」
雨、誕生日──不穏なワードの連鎖を物ともせず、お姉さまは澄まし顔のまま、するりと応えました。
それを見て、わたしはひそかに感心するのです。
わたしたちの義理の母であるアマンダさまは、けして悪い人ではないのですが、マナーに厳しい上に、声と顔が怖いお人なのです。
自分だったら、ああもすっと返事はかえせません。さすがはフィオナお姉さま、一歳差とは思えない立派な貴族令嬢です。
さらに、姉は言葉をつづけます。
「ですが、天気というものは非常に気まぐれでして、人の読みも大して当てにならないときもございましょう。今朝の雨も、日をまたいで降りつづけるかもしれませんし……突然、止む可能性もございます」
上品に、でもどこかシラを切るような言い方でした。
このようなまどろっこしい返答を、お義母さまはなによりも嫌っていました。すぐにスパッと鋏で断つように「今度の貴女の誕生日会ですけれど……!」と、やや語気を強めて本題を切り出されました。
「段取りを大きく変える必要があります。屋外──もとい、庭園でのガーデンパーティーは中止です。室内でのもてなしに変更しましょう」
お義母さまの筋の通った提案に、お姉さまも負けじとにこやかに言い返します。
「すばらしいご提案、感謝いたしますわ、アマンダさま。ですが、ご心配は要りません。まだ当日も雨と決定したわけではございませんし、その判断はいささか早急な気がしますわ」
「気でいいのですよ、フィオナ。重要なのは、計画は柔軟かつ、早め早めの予測に合わせて進行していくことです。
使用人たちの手配もありますし、会食の献立も温かな料理を加える必要があります。それから──」
表面上こそ、お互い穏やかな口調でした。
しかし、わたしには見えます。二人とも意見が真っ向から対立し、一歩も譲らない状態になっているのが。
肩をちぢこませ、わたしはスープを口に運びます。苦手なニンジンスープの味が吹き飛ぶほどに、食堂は一触即発のぴりぴりした空気に包まれました。
壁際に控えている年長の使用人のリサでさえ、表情が張りついています。
わたしは視線を逸らして、窓辺を見つめました。外は薄暗く、朝から空一面に灰色の雨雲が覆っていて、窓ガラスをしとどなく濡らしています。
たしかにお義母さまの言うとおり、このままではお庭でのパーティは難しそうです。館のなかだって十分豪華なのだから、室内のお祝いに変更しても、わたしは素敵だと思います。
一方で、フィオナお姉さまが食い下がる気持ちも痛いほどわかります。
およそひと月前から、姉ははりきっていました。自身の誕生日パーティを最高のものにしようと、自ら計画を立てて音頭を取られるほどに。
お庭でのガーデンパーティ。
見頃な美しい薔薇を観賞しながら過ごす優雅なひと時は、想像だけでもうっとりしてしまいます。
飾り付けやお客さまの席の配置、招待状の文面から、食事の内容とお礼の品などなど……もちろん、大人たちの手伝いも入りましたが、ほとんどご自身で仕切ってがんばられていました。
それが、雨で中止だなんて。
ああ、残念すぎます……。
「私たちは十分待ってあげました。ですがこれ以上、決断を先延ばしにすることは許しませんよ、フィオナ・ベルベット」
「っ!」
「あなたのワガママに振りまわされる、周りの者たちのことも考えなさい。いい迷惑なのです」
たしなめるように言うとき、お義母さまんは決まって相手をフルネームで呼びます。
強い口調に、さしものフィオナお姉さまも言葉に詰まったようです。特に『ワガママ』というワードがいたく突き刺さったのでしょう。
本人だって、本当はよくわかっているのです。自分が無理を言っているんだって。
「返事は?」
「あら、聞こえませんでしたか──ハイ、アマンダさま」
お義母さまからの追撃に、姉は苦しげな反感を露わにしていました。
これ以上、なにか言われるのを避けたかったのでしょう。
おもむろに、フィオナお姉さまはすっと席を立ちました。「加減が悪いので、お先に失礼します」と早口で言うと、彼女はそのまま食堂の扉へと向かいます。
脇にいた使用人たちが慌てて扉を開けました。そのあいだを彼女が通り抜けようとしたところで「ちなみに──」と、お義母さまがつけ加えました。
「ちなみに、お父さまのイゴール卿は、仕事のために会には欠席されるとのことです。祝いの品は、後日あなたの部屋に──」
フィオナお姉さまは立ち止まりましたが、それも一瞬のことで、結局なにも言わずに出て行ってしまいました。
使用人を含め、その場にいた誰もが息をつきました。お義母さまもおなじで、特に長いため息を吐かれました。
そそくさと、お義母さまの侍女であるリサがそばに駆けより「難しいお年頃ですので──」と、なにやら耳打ちをしていました。
張りついた顔のまま、わたしは恐る恐るスープの匙をぱくりと口に入れました。
朝のスープはすっかり冷めてしまったのでした。
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