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【連載】Dark × Marriage[ダーク×マリッジ]〜死せる花嫁と漆黒の護衛騎士〜  作者: シロヅキカスム
第一章 侯爵令嬢のメモリアル

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幼き日の誓いⅣ

 ドアの外から使用人の呼ぶ声が聞こえる。ディオスが一瞬そちらのほうへ顔を向けるも、「かまいやしないわ」と少女がそれを制した。


「新しい家族を迎えるため、念入りに身を整えていたとでも、あとで好きに言い訳をすればいいわ。それよりもディオス、わたしの目を見なさい」


 すっと向き直った従者の、その漆黒の双眸(そうぼう)を少女は見つめ返す。


 ディオス・シュス。


 わたしの従者。

 わたしだけの忠実な(しもべ)


 落ちぶれた下級貴族の家の出で、わたしの遊び相手にと、侯爵家に半ば身を売られた哀れな少年……。


「よく聞きなさい。わたしはお父さまから見捨てられた可哀想な子どもです。……今日、新しくやって来る継母たちからも、きっと非情な仕打ちを受けることでしょう」


「…………」


「……ええ、認めるわ。わたしは無力で、誰からも愛されない子……。でもね、乳母が──ばあやが昔、こんなことをわたしに言ってくれたの。わたしにはね、ほかの家の子どもにない『(かく)』、というものがあるんですって」


 そうだ、ここからすべてがはじまったのだ。

 最後の涙の一滴が、ほのかに笑う少女の頬を伝う。


「『侯爵家のご令嬢さま』という、揺るぎない身分が」

 

 遠い日の記憶、忘れかけていた思い出。

 一人の少女が悲嘆し、己の運命を受け入れて、さる誓いを立てた日。侯爵令嬢としての、わたし──フィオナ・ベルベットの物語がはじまった瞬間である。


「けれど、身分だけを着飾ってもダメ。ばあやはこうも言っていたわ……貴族のお嬢さまがたはみな、最上の(はな)を目指して、たくさんお勉強するんですって。

 おしゃべりを弾ませる知識と教養、どのお屋敷に招かれても恥ずかしくない作法と身の振る舞い、耳を惹きつける楽器の演奏に……そうそう、忘れてはいけないのが舞踏会での踊り方!」


 指折り数えながら、少女は興奮ぎみに従者に説明する。従者の少年は相変わらず黙ったまま、少女の顔ばかりを見つめていた。


「求められるものは、求められるかぎり全部──すべてを宝石のように身につけることで、はじめて身分という品格がまばゆく輝くの。わたしの『侯爵令嬢』という称号(ティアラ)が、ね。

 そして、ばあやは最後に……」


 少女は一拍置いた。泣き()らして赤みを帯びていた頬に、薔薇(ばら)色のつやが戻る。


白嶺(しらね)(はな)として、人々から一目置かれる令嬢になれば、いずれは……よき人との縁に結ばれるのだと」


 白嶺の華。

 それは山の(いただき)、雪のかぶった銀世界に咲く美しい一輪の花を指す。転じて、貴族の令嬢として容易には手の届かない高みへと至った、『最上の一級品』と讃える呼び名なのである。


「不幸せなわたしが世を生きるためには、もうこれしか方法はないと思うの。侯爵令嬢としてわたし、『白嶺の華』になるわ。そしてお父さまの――ひいてベルベット家のお役に立つの、どこかの良家と縁を取り持つ存在になって」


「…………」


「もう、子どもの時間はおしまい。明日からはわたしは勉学とお稽古(けいこ)に励みます。華と生きる、それがわたしの道……」


 そう言って少女はおもむろに、膝をつく少年の片手をすくい上げた。彼の指を握り、漆黒の眼差しを受け止めながら口を開く。


「ディオス、あなたは剣と生きなさい」


「…………」


()はか弱いの。守ってくれる誰かがいないと、無残に手折(たお)られてしまうわ。だから、あなたはわたしのために剣を取って。……そう、護衛騎士となりなさい」


「…………」


「ディオスだって、行き場のないのはおなじでしょう? また家から捨てられたくないのなら、わたしのそばにいなさい。

 あなたの身寄りはわたしが守ります。だからあなたも……最上の華として咲き誇ろうとするわたしを、そばで守って……」


 強く握りしめた手を引き寄せる。幼い二人の瞳が交差した。


「それがあなたの役目」

「…………」

「いいわね?」


 ディオスは始終、無言であった。

 しかし、最後のひと言には、静かにうなずき返してくれた。それを見た少女は握っていた手を引っくり返して、今度は黒袖の手を下に、自身の指を乗せた形を取る。


 それは、騎士物語の挿絵で見た情景だ。

 姫の手を取り、ひざまづいた騎士が誓いを立てるという美しい一場面である。


「さぁ、わたしの手に口づけをして誓いなさい。わたしは華と生き、あなたは剣と生きる……互いに裏切ることがないように……」


 言われるままに、少年は音のない口づけを少女の白い指先に落とした。


 ……ああ、なんて切ない子どもたちか。

 わたしは声に出ない感嘆をこぼした。

 

 幼少の頃に従者と交わした誓い。無力な子ども同士が、厳しい身分社会を生き抜くために(かか)げた、つたない(こころざし)……弱かった小さなわたしの現実……。


 しかし、なぜなのか。

 わたしはなぜ、こんな遠い日の記憶を垣間(かいま)見ているのだろう。


 忘れかけていたほど、(はる)か昔の出来事のはずである。そして、この誓いの日から年月は経ち──約束が果たされた現在(いま)に、わたしはいたのではなかっただろうか?


 困惑していると、またしても視界が闇に閉ざされる。恐ろしい氷のような寒気も戻ってきた。わたしは思案を中断し、慌ててまた光の断片を探しはじめた。


 新たな光を見つけるまで、そう長くはかからなかった。おぼろけなオレンジ色の光が、静かな闇の虚空に浮かんでいる。


 灯火だ。

 それは夜の闇を払う、ランタンの火の明かりであった。


 ひとすじの風がわたしの頬を撫ぜる。招かれるように視界が開けると、そこはもう、母の私室ではなくなっていた。屋外、夜の(とばり)が下りた静かな庭園の風景が目の前に広がっていた。


 眠りについた花たちの代わりに、庭園を美しく飾るのは鏡のような池であった。水面に映った天体を背景に、季節外れの蛍を思わせるランタンの灯火が色を添える。水に沈んだ逆さまの橋と東屋が、見る者をいっそうの幻想へと(いざな)った。


 その橋の上には、一人の美しい娘がたたずんでいた。


 もう泣き虫の面影などない。その娘こそ、わたしが一番身近に思う自分の像──侯爵令嬢フィオナ・ベルベットの姿である。

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