プロローグⅡ
広い客間に、また侍女と二人だけになってしまった。
持て余した静寂をごまかすよう、アマンダは二杯目のお茶をねだった。より焦った手つきで茶の用意をする侍女を尻目に、彼女はおもむろに客間を眺めた。
(後妻としてベルベット家に嫁いで、もう十年は経つのね……)
短くない年月だ。
振り返ってみると、自分はこの館に一向に馴染めなかった。
その要因は、じつにわかりやすい。
たとえば、客間に飾ってある肖像画がそうだ。
館の主であるイゴールは、淡白な人物である。
交易都市の領主として、あれほど多くの貿易商と付き合いがあるくせに、骨董品などへの美的関心はまるで薄かった。当館の品格を保っている室内装飾品のほとんどが、贈呈品だと知る者は少なかったりする。
(だからこそ、この肖像画は嫌らしいほどに目立つのです……)
銀糸の長髪に、青い瞳の貴婦人。
遠い昔に死別した、彼の前妻の絵は。
その顔をいちべつしてから、アマンダはリサからお茶を受け取った。涼しい顔で一服したのち、彼女は侍女に訊ねた。
「リリアの様子は?」
空気がうっすら冷える。
一拍置いてから、リサは悩ましげに首を振った。
「まだ、しばらくは……。お嬢さまはお部屋にこもられたままで、食事の量も控えているご様子です……」
胸が苦しいのか、リサは深呼吸をする。青ざめた顔のままで、彼女はゆっくり言葉を選びながらつづけた。
「当然のことです。あの日は、晴れやかな日であるべきでした……。だのに、間近であんな……あんな恐ろしい惨状を目の当たりにされてはっ……! うぅ……」
「…………」
「ア、アマンダさま。どうか、出過ぎた質問をお許しくださいませ……。あなたさまは本当に……リリアさまを、その……!」
途切れた言葉に、アマンダが声をかぶせた。
「ええ、もちろんです。
亡くなった義理の姉であるフィオナ・ベルベットの代わりに、リリアにはエリオール・シルクスとの婚約を引き継いでもらいます」
思っていた以上に、きっぱり言えた。
侍女の耳には、おそらく研いだナイフ以上に鋭い物言いに聞こえたのだろう。彼女は唇と震わせ、そのまま黙り込んでしまった。
アマンダとて、沈黙は息が詰まる。「言いたいことはわかります」と、弁解に切り替えて話をつづけた。
「あなたと私、旧家からの長い付き合いですものね。ですが、こればかりは私の一存だけでは決められないのです。なによりも公爵家のほうから……そのように段取りを進めるよう要望されています。
……あの子も、貴族の娘です。いずれは覚悟してもらわないと」
重くなった会話の流れを変えるべく、「そういえば、頼んでいた件はどうなっていますか?」とアマンダは別に質問をぶつけることにした。
やや唐突な問いに、侍女のリサはまばたきをする。
しかし、すぐ女主人の意図を汲んだようで「暇を出している使用人たちにも、協力を仰いで捜してもらっています」と返答した。
「ですが、まだ見つかっておりません。街のあちこちで聞き込みもしているようですが、みな、手応えはいまひとつのようです」
「そう、残念ね……」
「もしかすると、彼、すでにドレシアから離れているかもしれませんよ?」
「……まったく、イゴールが余計なことをしでかしたばかりに」
額を押さえ、忌々しくかぶりを振る。
この件を、アマンダは悔やんでいた。後から聞かされたその場に……自分がいなかったことを。
「とにかく、見つかったら私の前に連れてきなさい。彼には聞きたいことも、なにより話したいことも山とあるのですから」
彼──ディオス・シュスを。
そう告げてから、アマンダは三杯目のお茶のおかわりを要求するのであった。
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