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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
2000年代

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第83説 ソルジェニーツィンの自伝という……

 ソルジェニーツィンの自伝という副題が付いた『仔牛が樫の木に角突いた』(以下『仔牛』と略記)を、『収容所群島』第三部の読書を中断して、読んでみた。

 私が読んだ本は、染谷茂・原卓也訳で、1976年に新潮社から出版されたものだ。収容所服役、刑期を終えた後の流刑、そしてガン回復後、という期間における「地下作家」としての執筆活動から書き出されるが、事件が現在進行形で記述され始めるのは1961年からである。そして、1974年に「祖国への裏切り」の廉で国外追放されるまでのことが書かれている。自伝という副題があるが、内容はこの期間におけるソルジェニーツィンの闘いの記録だ。

 ソ連の国家機関や作家同盟との闘い、あるいは文芸雑誌「ノーヴィ・ミール」編集長との駆け引きなどが詳細に綴られている。ソルジェニーツィンの孤独な闘いがソ連国内でどのように進行したのかが良く分かる。現代史の貴重な資料だ。その時々のソルジェニーツィンの判断や思考、心情なども率直に書かれていて、ヒューマンドキュメントとしても興味深い。

 読み進めながらわかってきたことは、先ず、ソルジェニーツィンの登場はフルシチョフの「スターリン批判」によってであったということ。「イワン・デニーソヴィチの一日」の発表はフルシチョフの許可によって可能となったのである。この頃は「雪どけ」と言われた時期で、文学界に対する統制も幾分緩和され、ソルジェニーツィンの幾つかの短編も発表されている。ただし、『ガン病棟』と『煉獄のなかで』は掲載を断られ続ける。作品発表をめぐる「ノーヴィ・ミール」編集長トワルドフスキーとの十年にわたる交渉・駆け引き、そして交流が興味深く書かれている。検閲体制が、長くそのなかで生きてきた詩人トワルドフスキーの本来の気質をいかに圧迫し、歪めたかが描かれている。ソルジェニーツィンは、ある局面では敵でもあったトワルドフスキーを暖かく見つめている。晩年のトワルドフスキーは、ソルジェニーツィンが『収容所群島』を読ませようと思うほど、彼の立場に近づいていた。

 ソルジェニーツィンはラーゲリ(収容所)で死んでいった多くの人々の思いを背負っている。それが彼の闘いのエネルギーだ。1965年にフルシチョフが失脚すると、スターリン時代への回帰傾向が一層強まる。しだいに状況はソルジェニーツィンの「首を絞めてくる」(第三章の小見出し)。しかし、その中で彼は表と裏の両面で闘い続ける。表では国家機関や党中央や作家同盟などへの抗議や要求の手紙を時機を見ながら的確に出していく。裏では地下出版サミズダートを活用して自分の主張や作品の流通をはかる。ソルジェニーツィンは外国の新聞のインタビューも利用する。ノーベル賞を受賞してからは、外国のメディアのインタビューは闘いの強力な武器となる。

 いつ逮捕されるか分からない状況の中でソルジェニーツィンは果敢に闘っている。彼自身「鍛えぬかれた囚人ゼック」であり、また、収容所のなかで命を落していった「囚人ゼック」たちの「不滅の魂」が彼を支え、つき動かしている。


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