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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
2000年代

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第73説 三月の下旬、スキーをするために…… 

 三月の下旬、スキーをするために三泊四日の旅程で長野に行った。場所は野沢温泉スキー場。昨年もほぼ同じ時期に長野の小谷村に出かけた。信州観光を推進する団体が企画するツアーで、スキーを中心に冬の長野の自然を味わうことを目的としている。

 スキーを始めたきっかけは修学旅行の引率だった。四十代半ばだった。勤務する学校の修学旅行がスキー研修になっていて、教員も生徒と同じくスキーをするのだ。四泊五日の日程で、実際滑るのは三日間である。生徒の中には初めてスキー板に乗ったのに、この三日間で一人前に滑れるようになる者もかなりいる。しかし中年男はそうはいかない。生徒たちのようにインストラクターがずっと付いて教えてくれるわけでもない。初回の私はボーゲンをかじった程度に止まった。その後、二回ほど修学旅行に参加したが、三年に一回という頻度で上達するわけがない。ボーゲンに毛の生えた程度しか私は滑れなかった。

 そんな状態で昨年のツアーに参加したのだが、貧弱なキャリアでもゼロから始めるのとはやはり違っていた。体に残っている感覚があり、リーダーの適切な指導もあって、何とか後ろについて滑れるようになった。

 そして今回。昨年は一日目をスノーシュウーという雪靴を履いての雪中ハイキングに充てたのだが、今回は二日間ともスキーにした。なんとか今回でスキーをものにしたいと思っていた。

 一日目。午前中は順調だった。昨年の到達点を維持している感じで、皆に遅れず滑れた。午後。毛無山山頂からの滑走。ここで私の非力が表れた。それもそのはず、中級コースだ。傾斜が急で幅が狭いスロープが私を脅かした。尻の引けた、前屈みの姿勢になった私は転倒を繰り返した。「谷側の足に体重をかけて」「上体を起こして」インストラクター役の人が声をかけてくれるが、斜面を見下ろすと戦意が萎えた。屈辱のギブアップ。私には最大のネックが恐怖心であることがわかっていた。午前中からの疲れもあったろう。宿に引きあげながら、明日はうまく滑れるような予感があった。

 雪辱を期した二日目。私は別人だった。インストラクター役の人がそう言った。「卒業だ」と言って握手し、抱擁までしてくれた。その日は終りまで一度もこけなかった。前日の十回近い転倒は無駄ではなかった。私は斜面を恐れなかった。目も慣れてきていた。

 スキーというスポーツを楽しめるようになったのが嬉しい。


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