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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
2000年代

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第71説 ルソーの「告白」を読んでいる。……


 ルソーの「告白」を読んでいる。一二六号のコラム「夢」欄にも書いたが、昨年よりルソーの著作を読んできた。その後、関連する中江兆民、幸徳秋水、その他の文献を読むために中断していたが、近頃再開した。ルソーは「学問芸術論」で一躍世に知られ、世界的には「人間不平等起源論」「社会契約論」の著者として歴史に名を残している。私のアプローチもそうした思想家ルソーという角度から始まり、上記の著作を読んだのだった。しかし、「エミール」あたりを読むと、社会思想家というより文学者の匂いが強くなってくる。そのうち彼は近代文学への道を切り開いた一人だと意識されてきた。「告白」はルソーのそういう面を表す著作として、小説を書く私としては読んでおくべきものと思われたのだ。

 予想通り、面白い。ルソーは鋭い知性をもっているが、やはり感性の人である。彼の資質は芸術家のそれである。ルソーが音楽に関心を持っていたことは知っていたが、「告白」を読むと、ルソーは音楽によって身を立てようとし、実際そうしたのだ。彼の創ったオペラ「村の占者」は宮廷とオペラ座で上演され、大成功を博した。彼はこの成功によって国王に拝謁し、年金を授かることになったが、それがもたらす束縛を嫌って、拝謁の前に旅立ってしまう。

 いろいろな出来事を通してルソーの気質が語られ、親近感を覚える。うわっ、俺と同じ性格だ、と唸った箇所が二、三箇所あった。まだ岩波文庫では中巻を読んでいるので、これからもそんな場面が出てくるかも知れないと楽しみだ。

 もう一つ発見したことは、やはりルソーは近代人の嚆矢だったということだ。「学問芸術論」がディジョンのアカデミの懸賞論文に当選した時、ルソーは、「富や名声を超越し、自由で徳高く、自足すること、これ以上に偉大ですばらしいことはない」と思う。そして、それを実行し始めるのだ。ルソーはこれを「自己革命」と呼んでいる。「世評の鎖を絶ち、他人の判断をいささかも気にかけずに、ただ自分によしと思われることだけを敢然と行うことに、魂の全力をそそ」ぐ。あるいは「世間の非難をおそれて、それ自体善であり理にかなっているものからわたしを遠ざけるおそれのあるもの、これらいっさいのものを心の中から根こそぎにしようと努力」すること、それが「自己革命」の内容だった。国王に拝謁しなかったのも、この主義の表れだ。そしてこの生き方は、ルソーの「余生」を孤立と迫害のなかに追い込むことになるのだ。しかしここには、人生を自分の思想・信条に従って生きることを善しとする近代人の在り方が示されている。

 ルソーから二五○年。思想・信条の自由は各国の憲法に書き込まれている。日本国憲法にもその条項がある。しかし、その権利を迫害や孤立を招くことなしに行使できる国はどれだけあるだろうか。二一世紀のわが日本がそのような国のなかに入っていないことは確かだ。


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