第54説 「高見順日記」の昭和38年3月19日の項に……
「高見順日記」の昭和38年3月19日の項に、〈つまり、五味川純平は当代の流行作家というわけだが、『人間の条件』など下手で読めはしない作品だ。リーフレットに彼は「私は自分の作品が全集に仲間入りすることはあるまいと思っていた。長すぎてどうにもならないからである」云々と書いているが、冗談言っちゃいけない、文学として認められない作品だから「仲間入り」がありえなかったのだ。〉と書いている。河出書房新社の『現代の文学』の宣伝リーフレットに、第一回松本清張、第二回五味川純平…とあるのを見ての感想だ。「人間の條件」について批評にもならない慢罵をしているが、それが失当であることはこの作品の永続する生命力が示している。高見順はご丁寧にも「全集中の私の認めない作家」の一覧を示し、五味川、松本の他に、今東光、石坂洋次郎、石川達三、山崎豊子など十数名の名前を上げている。そしてこんなに彼の認めない作家が多数入った『現代の文学』を、「現代における文学の堕落を示している全集」と決めつけている。さらに同年の7月16日の項には、中央公論社の『日本の文学』に「松本清張君を入れるかどうかが、大問題になった」という記述がある。編集委員は全員、松本清張は純文学作家ではないとして全集から落とすことに一致したのだが、中央公論社の嶋中社長が松本復活を要望してくる。これに対して三島由紀夫が、松本が入るなら自分は編集委員をやめ、全集からも降りるという強硬意見を述べる。高見は「三島君というのは立派な男だ」と評価する。川端康成が三島に同調したことで、松本は入れないという結論になり、社側も折れたという。
これらに示されているのは「文壇」の奇矯な偏狭さだ。五味川純平は日本のいわゆる「十五年戦争」を、松本清張は日本の戦後社会の歪みを、いずれも反権力、庶民の側に立って追究した作家である。二人の作品には日本社会の歴史と現実にしっかり根差したアクチュアリティーがある。国民的な経験と結びついた広がりがある。ところが「文壇」は正にこのような点が気に食わないようだ。これらの作家を締め出すことで「文壇文学」は独特の閉鎖性と国民からの乖離を特性とするようになった。それは現在も続いており、現存作家では山崎豊子などは、国民的な主題を担ったベストセラーを次々と書いているのに「文壇」からは排斥されているようだ。「文壇」から排斥されても、これらの作家に共通しているのは国民的な支持があることだ。国民的な支持は文学的価値とは無関係と断じるところに「文壇」の傲慢さと視野狭窄がある。
日本文学の豊かな発展のためには、「文壇」流の偏狭な文学観を脱して、政治を含めて人間の生きている現実としっかり向き合う文学精神の興起が必要である。




