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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
2000年代

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第53説 昨年末頃から暇々に……

 昨年末頃から暇々にユゴーの「レ・ミゼラブル」を読んでいる。他に並行して読んでいる本もあって、遅々として進まず、まだ第一部も読み終えていない。なにしろユゴーが十七年かけて書いた大長編で、第五部まであるのだから、まだ先は長い。ページ数にして二割弱しか読んでいないところだが、読み始めると面白い。ディテールの描写の精確さ、人間観察の鋭さ、深さ、心理描写の的確さ、エスプリの効いた表現など、まったく引き込まれる。さらにそれらの背後に、人間いかに生きるべきかを問う作者の熱い心が感じられる。これがやはり一番の魅力だろう。

 ユゴーはこの作品を通して自分の生きた十九世紀のフランス社会の全体を問おうとしたのではないか。当時の社会、政治、宗教、思想上の大きな問題を作品の中に取り込み、ジャン・ヴァルジャンという気高い精神を持つ主人公の運命という試金石によって吟味しているようだ。このような構えの大きな小説は日本の近代小説には殆どお目にかからないもので、その意味でも興味深い。この小説を読むことで、評判だけは聞いていたフランス文学の真価が少し見えてきたような気がする。

 ユゴーは共和派であった。彼は一八四八年の二月革命の際にはパリ選出の国会議員になっている。ルイ・ナポレオンがクーデタを起して王制を復活させた時、ユゴーらの反対派は国外追放され、ユゴーは十九年間の亡命生活を送っている。波乱の多いフランス十九世紀の政治史を、身をもって生き抜いたユゴーだからこそ、社会と人間を見る目はリアルであり、またそれに託す希望は熱く暖かい。

 この作品には現存する法秩序や政治状況を、下層に生きる個人の立場から吟味していこうとする志向がある。個人の自覚という近代精神の存在が鮮やかに見て取れる。日本では未だ達成されていない課題だ。私はフランス革命の偉大な影響を思わずにはいられない。神と王権を否定し、人間理性を強烈に打ち出した大革命を経てこそ成立する文学精神であり、小説だと思う。その目で十九世紀の文学を展望すると、「世界文学全集」に必ず収載されるような名作を書いた文学者が目白押しだ。フランス文学に限っても、ユゴーの他に、バルザック、スタンダール、フローベール、モーパッサン、ゾラ、ボードレール、ランボーなど、錚錚たる名前が上がってくる。近代精神の揺籃がまさにフランス大革命であったことを思わないわけにはいかない。

 ユゴーと言えば「レ・ミザラブル」しか知らず、作家だと思っていたが、フランスの国民的な詩人であることを知ったのも収穫だった。ボードレールも「ヴィクトル・ユゴー論」を書いているようだ。


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