第50説 ゴルフを始めて六年になる。……
ゴルフを始めて六年になる。コンペでのベストグロスは127だから下手なプレーヤーだ。長い間ゴルフに関心はなかった。むしろ距離を置いてみていた。ゴルフ場をつくるために山林が伐採され、芝生の維持のために撒かれた薬が水を汚染するなどの自然破壊・環境破壊の元凶の一つと思っていたからだ。しかし、私が新しく入った職場にはゴルフをする人達の会があった。私が通っていたフィットネスクラブにはゴルフ教室が開設されていた。この二つの外的条件があったのだが、私はなお数年間ゴルフをする気はなかった。しかし、少しずつゴルフへの関心は育っていたのだろう。当時一緒にフィットネスクラブに通っていた妻に、ゴルフのレッスンを受けてみようかと言ったところ、妻は同意した。それが引き金だった。
自然破壊については、ゴルフというスポーツ自体に罪があるわけではなく、日本におけるゴルフ場開発の在り方に問題があると今では考えている。
さて、ゴルフを始めて、職場の同好会にも入り、コンペにも出るようになったのだが、その雰囲気は職場の状況をそのままゴルフ場にもちこんだように、暗黙裏における互いの張り合いなのだ。上手な者は人間としての格が上のような優越感を漂わせるし、下手な者は屈辱感とやり場のない怒りに捉えられる。ミスショットをすると、不甲斐ない自分への怒りと、嘲笑しているであろう他のメンバーへの反発に満たされることになる。年間に三、四回しか本コースを回らないという練習不足に加えて、そんなプレッシャーがあるから、私などは最下位付近での低迷を続けることになる。
私はゴルフは遊びであり、同僚とするのであれば、親睦が第一の目的であって、上手下手は差当たり関係ないと思うのだが、子供の頃から競争、競争で駆り立てられてきた日本人は、遊びの世界まで競争にしてしまうようだ。
ゴルフの会のメンバーに高校の先輩に当たる人がいる。彼はゴルフが上手いのだ。ある夏の日、私は彼に練習を兼ねて一緒に本コースをラウンドしませんかと申し込んだ。ホールを回っているうちに彼は次第に不機嫌になっていった。原因は私の下手なプレーだ。そして、私とは面白くないのだろう、私に相談もなく、後続の組と一緒に回ることにした。帰りの車の中では、もっと素直に指示を聞けとか、自分と一緒に回るなどは早すぎるなどと言われた。私が彼と付き合っていたのは高校の先輩だからということではなく、彼の先輩風を吹かせない、優しく親切な人柄にひかれてだったのだが、裏切られたような思いで、私はそれ以後彼との付合いはやめてしまった。ゴルフにはそんなおまけも付いている。ゴルフ恐るべし。




