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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
2000年代

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第49説 高等学校新教育課程福岡県説明会という……

 高等学校新教育課程福岡県説明会というものに参加した。教員に対する新学習指導要領の徹底を目的に県教委が昨年度から実施しているものだ。全体会で概要の説明を受けた後、私に関係のある国語の分科会に参加した。

 国語科の改訂の要点としては、言語の教育としての立場を重視し、ア、互いの立場や考えを尊重して言葉で伝え合う力を育成する。イ、社会人として必要とされる言語能力を確実に育成する。ウ、文学的な文章の読解に偏らず、様々な文章を読んだり、生涯にわたって古典に親しむ態度を育てることをあげている。イに関しては特に、自分の考えを持ち、論理的に意見を述べる能力、目的や場面に応じて適切に表現する能力、目的に応じて的確に読み取る能力や読書に親しむ態度を記している。まともな日本語が話せない、考えを言葉にできない、人の話しが聞けないなどという日常生活レベルでの言語活動の崩壊が子供達の間で起きていることへの文部省なりの危機意識の表れである。その要点に沿って従来の「表現」「理解」という領域構成を、「話すこと」「聞くこと」「書くこと」「読むこと」という領域構成に改めている。さらに「話すこと」「聞くこと」を主とする指導に15単位時間程度、「書くこと」を主とする指導に30単位時間程度を配当するよう「指導時数の目安」を提示し、「話題を選んで、スピーチや説明などを行うこと」などという「言語活動例」も示されている。

 ここまで具体的に指示し、各学校に実行を迫っているのは「話す」「聞く」「書く」力の衰退が放置できない程度に達していると文部省や教育課程審議会が判断しているからだろう。その判断がどういう観点からなされたものか不明だが、子供の発達という視座から考えても、子供をめぐる言語状況が悪化しているのは確かだ。「読む」ことについては「従来、文学的な文章の詳細な読解に偏りがちであった」と反省が述べられ、「話す」「聞く」「書く」力の衰退の原因が読解偏重の指導にあるような印象を与えるが、私はその元凶は受験のための詰込み教育だと思う。教室では、それが「言語活動」と言えるかどうか大いに疑問だが、ここが試験の要点だと教師が指示する事項を覚え込む作業が中心なのだ。(それは「読む」ことでもない。)だからこそ文部省は「話す」「聞く」「書く」に45時間を使えという指示をしたのだと思うが、大学入試が現行のように覚え込み中心のものであれば、学校現場の取組は及び腰になるだろう。大学進学の実績が高校の評価を決めるという現実がそうさせるのだ。文部省が新学習指導要領の徹底を学校に求めるなら、「話す」「聞く」「書く」力を評価できる内容に大学入試を改革しなければならない。その点を私が熱弁を揮う県教委の説明者に質問したところ、文部省の入試改革を期待し信じるほかはないという頼りない答えだった。

               


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