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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
2000年代

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第47説 二十世紀最後の総選挙が終った。……

 二十世紀最後の総選挙が終った。与党は自民党38、公明党11、保守党11、改革クラブ5のそれぞれ議席減で、合計65議席を減らす惨敗だった。自民党の38議席減は過去にないことで、93年、96年の総選挙に続き三回連続で過半数を割り、単独ではもはや政権を取れない政党というイメージが出来つつある。この結果に対して、自公保三党で「絶対安定多数(269議席)」を超えたのだから「国民の信を得た」などと言うのは無反省な鉄面皮を天下に曝すものだろう。その証拠に比例代表の得票率を見ると、与党は47 4%、野党56 8%で、民意がそのまま議席に反映する選挙制度であれば、自公保政権は崩壊しているはずなのだ。小選挙区の得票率を見ると、自民党は41%なのに獲得した議席の占有率は59%に達している。このトリックが惨敗した与党に「国民の信を得た」などと居直らせている。今回小選挙区制のため議席に結びつかなかったいわゆる「死票」は3153万票に上る。投票総数の約52%が死票となったのだ。小選挙区制の害悪がくっきりと出てきている。 

 この小選挙区制度を導入したのは細川内閣だった。日本新党、社会党、新生党、公明党などの連立内閣だった細川内閣は、佐川急便事件、金丸自民党総裁の裏献金、脱税問題などで盛上がった政界浄化を求める国民の声を逆手にとって、「政治改革」を唱え、肝心の企業団体献金の禁止は骨抜きにした上で、小選挙区制だけは確実に導入したのだ。小選挙区制度が自民党を利するだけで、政界浄化には無益なことは当時も言われ、その後の経過を見ても明白だが、マスコミはその弊害には殆ど触れず、「改革」の要であるかのように報道した。それでも「政治改革関連法案」は衆院では可決、参院では否決され、本来なら廃案となるはずのものが、衆院議長の斡旋という奥の手で、会期末当日に滑込みで成立した。法案成立の産婆役を勤めた衆院議長は現社民党党首の土井たか子氏である。

 民主党が32議席増やしたが、国民がこの党に本気で期待を寄せているとは思えない。マスコミが選挙前からかっての日本新党のように民主党の押出しを図っていたのに、選挙期間を通じて支持率に伸びがなかったことにもそれは表れている。民主党をあたかも改革者のようにマスコミは報じているが、根は保守であることを忘れるわけにはいかない。

 公明党が自民党と連立したことで、日本の主要政党で自民党と手を結んだことのない政党は共産党だけになった。その共産党は後退した。背景に自民党、公明党・創価学会による一億数千万枚と推定される謀略ビラの配布があったことは見過ごせない。発行者名がない、あっても架空の団体名が書いてある共産党中傷の違法ビラを夜陰にまぎれてまくという卑劣な行為だ。不思議なことにマスコミは批判しないが、民主主義への凶悪な挑戦だ。

              

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