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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1990年代

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第38説 状況と詩作

 世紀末を迎えて、我々の生活状況の非人間化は深化している。今年の夏はそれを象徴する事件が続いて起きた。神戸の中学生による小学生連続殺害事件、奈良での女子中学生殺害事件、福岡県春日市で起きた小学生誘拐殺害事件などである。これらの事件は現在の青少年が人間性の崩壊とも言うべき荒廃した状況に置かれていることを示している。自然破壊、環境破壊とともに、人間破壊もまた深刻に進行しているのだ。

 奈良と福岡の事件の犯人がいずれも無職の青年であったことはその人格的不安定の基礎に就職難という現在の若者が直面している問題があったことをも示している。その原因の一つは企業の労働力流動化政策だ。それは労働者を企業が必要とする時だけ雇い、必要がなくなればいつでも解雇できるようにするもので、いわば労働者の使い捨て政策だ。雇用されている労働者の中にもこの政策によって首切りや出向させられる者が増えている。長い間会社の為に尽した人間をボロ布のように捨て去るこの雇用政策は、人間を大切にしない風潮を生み出す要因ともなっている。

 もともと資本主義という経済システムは人間の幸福を目的にして生産を行うシステムではない。それは利潤の取得を動機とし、また規定的な目的として活動するシステムだ。その生産物はすべて商品であり、売れて貨幣に変ってこそその目的は達せられるわけだ。売れればよいのであって、その生産物が人間生活に本当に役立つかどうかは二の次となる。全面的な商品生産がこの社会の特徴であり、人間も圏外にはいられない。労働者は労働力商品として資本家に買われ、資本の利潤生産活動に合体させられる。そうしてこそ彼は生きる糧=賃金を得ることができるのだ。労働者の生活は彼が資本の行う利潤生産活動に組込まれている限りで保証される。人間の生活・生存が利潤の生産に従属していること、ここにこの社会が非人間化していく根源の理由がある。

 資本主義の爛熟はあらゆるものが商品化していく過程の深化であり、労働力の商品化は他の人間的属性をも商品に変えていく槓悍として働く。性はもちろん、愛や感動までが今や商品化されようとしている。それは裏返せば人間的属性の非人間化が最後まで進行していくということだ。人間はいずれこのシステムを精算しなければ、このシステムによって人間自身が精算されることになりかねない。   

 我々の詩作はこうした状況の中で行われている。私は社会的状況と詩作は無縁とは思わない。状況と無縁な詩作ということは実際には有得ないことだ。人間の内面自体が社会的なもので満たされているから。私は状況に盲いた詩作者でありたくない。むしろ状況と積極的に交渉する詩作を心掛けたいと思っている。それこそが詩の内容と表現に新鮮な命をもたらすと考えている。         

 状況と能動的に交渉するためには状況に対する一定の立場が必要だ。それがあってはじめて状況を主体的にとらえることができる。非人間化する状況に対して人間として取る立場は拒否の他はない。人間尊重の立場、ヒューマニズムの立場に断固として立つ他はない。資本主義が人間破壊を必然とするシステムであるならば、反資本主義がその立場に含まれることになる。

 この立場が詩の内容と表現に何をもたらすか。ヒューマニズムは幅広い立場であり、また対象を深くとらえ得る立場である。題材と表現の技法に新たな広がりをもたらすと予想しているが、それは今後の探求の課題だ。


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