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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1990年代

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第36説 「私の椅子」欄に執筆を依頼された。…… 

 「私の椅子」欄の執筆を依頼された。その「椅子」はカットのように安楽椅子なのだから、気楽にゆったりと書けばいいのだと言う。それで、寛ぎ、というテーマが浮かんだ。人間、寛ぎが肝心だ、とは近頃よく思うことだ。それだけストレスが溜ってきているのかも知れない。寛ぎと言えば休日が思い浮かぶ。休日について書こうと思う。

 休日はやはり何の予定もないのがベストではないか。たとえその予定が同人誌の合評会のように自分の志向や趣味の領域に属するものであっても。なぜなら、それが終わった後、もう休日が終わるのか、もっとゆっくりしたかったな、という、ゆく春を惜しむような思いが起きるからだ。 休日の朝は八時までは寝床の中にいたいものだ。できればぐっすり眠った状態で。しかし長年の勤め人暮らしで、六時には眠りがとぎれる習慣がついてしまった。一度覚醒すると、眠気はあるのになかなか寝付かれなくなることが多い。なんとか眠ろうといろいろ工夫もするのだが、うまくいかない。どうしようもなくて七時前に起きてしまうこともある。休日の朝はたっぷり熟睡して、爽やかに目覚めるというのが理想なのだが。

 起きた後、休日らしい寛ぎを感じさせる行為はコーヒーを飲むことだ。顔を洗って食卓につくとコーヒーが差し出されるというのが理想だが、自分でコーヒーを淹れる作業もそれはそれで休日らしい気分にしてくれる。

 さて次に休日らしく寛ぐために、私はステレオで音楽を聴く。そのために去年CDプレーヤーも買った。書斎の座椅子に座って、CDでもラジオのFM放送でもいいのだが、音楽に耳を傾ける。やはりクラシックがいいようだ。コーヒーを啜りながら、できるだけ寛ごうとする。窓の外の足立山を眺める。何もすまい、何も考えまいと自分に言い聞かせる。ぽっかり空虚になった頭にこそ、詩や小説のいい発想が浮かぶだろう、という下心も働いている。そんな時間がどれほど続くだろうか。あくせくした暮らし方が身についている私には二十分も続けばいい方だ。やがて今日しなければならないことが頭を突ついてくる。(休日にもしなければならないことは様々にある。)休日の理想的な寛ぎの形を演じていた役者は、そのあたりで舞台を降りることになる。













                         


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