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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1990年代

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第33説 明治維新以来、一三〇年が経過した。……

 明治維新以来、一三〇年が経過した。この年月を顧みると、日本人はあくせくしてきたな、という感慨を禁じ得ない。日本の近代化は国家権力の主導によって行われた。「文明開化」「殖産興業」「富国強兵」がそのスローガンであり、明治政府はその目標達成のために国民の尻を叩き続けた。「文明開化」とは西洋文明の性急な盲目的移入であり、裏面での自国文化及び東洋文化の蔑視であった。「殖産興業」は上からする資本主義化であり、国家と癒着した特権的財閥の創成だった。「富国強兵」とは国民的営為の成果を全て国権の顕赫のために吸収することを正当化するものだった。政府はその強権によって国民を狂熱的な近代化に駆り立て、欧米諸国が二、三世紀をかけて行った近代化を外観的にはわずか五十年ほどで遂行した。

 一方で、資本主義の進展がもたらすはずの国民の市民的権利の伸張は極度に抑えられた。言論、出版、表現などの近代的な自由権は常に厳重な制限の下に置かれ、国民は天皇の「臣民」として、近代市民としての自立を否定されていた。個人は国家に認められて初めて存立でき、国家に否認された個人は無であるという価値観が支配的だった。      

 国民の無権利状態の上に急速に膨脹した国家主義は、軍国主義に転化し、対外侵略戦争を惹起した。それは一つの狂乱であり、当然ながら日本帝国主義は敗北した。これが奇形的に進行した日本の近代化の帰結だった。  

 戦後、「日本国憲法」が制定され、国民の基本的人権は条文に明記された。戦争と敗戦の惨禍が遺した重大な教訓は、国民が個人として尊重される社会でなければならないということだった。基本的人権が憲法に明記されたことでその教訓は生かされたと言えるだろうか。

 戦後、日本人は政府から新たなスローガンを与えられた。それは「高度経済成長」であり、経済力で欧米に追いつき、追い越せというものだった。こうして第二の狂熱が始まった。日本人は「会社人間」となり、「エコノミックアニマル」と呼ばれるようになった。家庭を顧みず過労死を招くような劣悪な労働環境の中で働いた。日本の企業は巨大となり、GNPは世界二位となった。しかし、国民の生活はどうであったろうか。国民は個人として尊重されてきただろうか。国民の基本的人権は尊重されてきただろうか。

 「高度経済成長」のスローガンも現在では破綻して久しい。明治以来、日本人は常に国家から尻を叩かれ、自分の生活はおっぽり出してあくせくしてきた。このあたりでゆっくり腰を据えて、自分の足元の暮らしをじっくり見つめる時ではないか。国に煽られてワッとばかりに走り出す狂熱の時代は終わったのだ。百年の疾走にここらでピリオドを打ってはどうだろうか。

              



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