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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1990年代

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第23説 趣味について書けという……

 趣味について書けということで、はたと困ってしまった。私には趣味がないのだ。なるほど読書は毎日しているし、水泳には週二、三回行っている。しかしこれらは私の意識の中では趣味ではない。読書は今では私の生活や創作に対する立場や態度を確立し発展させるために必須なものとなっているし、水泳も私の健康管理に欠かせないものだ。つまりどちらもその事自体を楽しむということ以外の目的を持っているのだ。趣味とはその事自体を楽しむもので、他には何の目的も持たないものだと私は思う。「趣味と実益」という言葉があるが、「実益」はたまたま結果として出てくるもので、初めからそれを求めて行うのは趣味とは言えないだろう。そういう意味での趣味を私は持っているかと考えると、思い浮かぶのはビデオや音楽の鑑賞、バイクに乗ることぐらいだ。しかしこれらも趣味とまでは言えない。と言うのはそれに何も注ぎ込んではいないからだ。ビデオ鑑賞はテレビの延長程度のものだし、音楽といってもCDプレーヤーも持っていない。音楽に耳を傾ける時間が年にどれほどあるだろうか。ただ歌を唱ったり、演奏を聞いたりするのが好きというだけだ。楽器の演奏ということでは、学生時代ギターの練習をした時期もあったが、ものにならないうちに止めてしまった。帰郷してから、かねて興味のあったドラム演奏を正式に覚えようと、楽器店の地下の練習場に通ったこともあったが、これも曖昧な形で終っている。ただしこの時は八万円のドラムセットを親に買ってもらい、ギターの弾ける友達と何回か練習をした。今もドラムなら叩ける自信はある。しかし現在、何もしていない。ドラムも手元にはない。時折、ドラムを叩きたいなという気持は起きるのだが。バイクは50ccを一台持っているだけで、それもプールに行く時にしか乗らない。ただ、二輪車には心を引かれていて、そのうち自動二輪の免許を取りたいと思っている。450ccくらいまでは乗りこなしたい。

 趣味というものはある程度の時間的経済的代償を要求するものだろう。それを惜しむようでは「私の趣味は…」などと言えないのではないか。

 そういうわけで私は現在、実利一点張りのさもしい生活をしているということになる。ーと、ここまて書いてふと思った。私がしている詩や小説の創作や批評の活動は何だろう。私は実はこれを趣味とは呼びたくない。趣味という言葉が持つ()()というニュアンスに抵抗を覚えるからだ。私にとって文学は遊びというにはあまりに重大だし、苦労の多いものである。しかしよく考えてみるとこの活動は私が下した趣味の定義、即ち、それ自体を楽しむのが目的、なんらかの代償を要する、に合致している。この場合、「楽しむ」という語には「苦しみが大きければ、それだけ楽しみも大きい」という意味合いもふくまれているわけだが。とすれば、私の最大の趣味はやはり文学ということになるのかも知れない。                


















 

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