第20説 「荒川洋治詩集」評
私が読んだのは思潮社版現代詩文庫75の「荒川洋治詩集」(一九八一年刊)である。詩集「娼婦論」「水駅」「鎮西」「あたらしいぞわたしは」「醜仮廬」の全篇、それに評論・エッセイが収められている。
率直な感想としては予想どおり無内容だったということだ。しかしこれほど軽い、内容のない作品を書いているとは思わなかった。 まず「娼婦論」「水駅」であるが、「キルギス」とか「タシュケント」、「内蒙古自治区」などと外国の地名を冠した作品が多いのだが、風土の香りが一向にしない。自然が生活の大きな部分を占めている地域だと思うのだが、陽光や風や土埃などが少しも感じられない。読んでいてこれは現地に行って書いた作品ではないなと感じた。地図かなにかを見ながら頭の中で組み立てた作品だと思った。果たしてエッセイのなかで「ひところは旅がきらいで、地図一枚で世界を語ろうとする不謹慎なところもあったしね」(「消し忘れよりはじまる」)と書いている。作品に風土性が感じられないだけではなく人生も社会も感じられない。もっともこれは「娼婦論」「水駅」だけでなく、彼の後の作品にも言い得ることだけれども。目につくのは詩をつくるという意識の旺盛さだ。彼はまさしく詩をつくる。彼が考えている(あるいは考えさせられている)あるべき詩型に合わせて言葉をはめこみ、整形する。その際、実人生や社会などは彼の意識からほぼ完全に脱落している。彼は端的に言えばウケを狙って詩をつくるのである。そして一つの人工物ができる。何の肉声も、従って世界に対する何の真実も含まない、それでいて何かを表現しているように見える人工物が。それは彼自身が言うようにまことに「不謹慎」なことなのだが。しかし彼の狙いは当たり、「水駅」でH氏賞を受賞することになるのだ。「処女詩集でいきなりこれだけの完成度を見せた新人は戦後詩に例を見ない」(岡庭昇)などと誤解する評者がたくさん出たのだろう。しかしそれは内側から出てきて「完成」に至ったものではないのだ。ウケるための外的規範に合わせてあれこれと言葉を出し入れしてつくりあげたモザイクの「完成」なのだ。その徴証として「娼婦論」「水駅」で採った散文詩の形式を彼はその後持続できない。それはこの形式が彼にとって内的必然ではなかったことを示している。
彼にとって困難は受賞の後にあっただろう。内容のなさをどう表現でカバ-していくか。その悪戦の記録がその後の詩集と思われる。 現代詩の衰退の大きな原因は内容のなさを文字面でごまかしてきたことにあると思うのだが、その責任の一斑を彼も負っていると言える。




