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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1990年代

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29/110

第18説 テレビのCMには……

 テレビのCMには現代社会の有様が示されている。例えばある製薬会社が発売している栄養食品のCMでは、「現在七時、彼は朝食がとれるでしょうか? 」というコメントとともにバス停に置いたテーブルで慌ただしくトーストを食べるサラリーマンが映し出される。彼が食べ終らないうちにバスが来て、「無理でした」というコメントが続く。そして「朝食をとらないと頭は目覚めません」とコメントして、手間をとらないでバランスよく栄養が摂れるというその食品を宣伝する。このCMにはお昼版もあって、「現在十二時、彼女は昼食がとれるでしょうか? 」とコメントして、デスクで仕事に追い回されている女子社員を映し出し、「無理なようです」と続け、「不規則な食事は美容の大敵です」というようなコメントをして商品を宣伝する。このCMにはゆっくり食事も摂れない労働状況への批判などは全くない。むしろそういう状況を当然として、それに即応するものとして商品を売るわけだ。営利を目的とするCMだから当り前だと考えるかも知れないが、問題はそれほど軽くない。資本主義社会を動かしているのはこの営利主義であり、いわばこれがこの社会の根本精神だからだ。我々は多かれ少なかれ、この精神の影響下に生活している。

 このCMから観取される営利主義の精神の特徴を幾つか挙げると、先ず真の意味でのヒューマニズムの欠如だ。一見困った場合の人助けのような外観を装っているが、人間をそういう状況に追いこんでいるものには全く無批判だ。むしろ商品を売るためにはそういう状況を必要としているのだ。これと関連するが、二つ目には思考態度における表層性だ。事態の根本原因を考究しないで、専ら表面に現れたものへの対応に終始し、それで事足れりとする態度だ。そしてこれらはこのCMに限られる特徴ではなく、この国の社会状況全般に見られる傾向なのだ。

 もう一つCMの例をあげよう。それは「おいしい酢大豆になる大豆」という商品のCMで、「おいしい酢大豆になる大豆の作り方は至って簡単」とコメントした後、「お酢に漬けこむだけでOK」と続けるのだ。聞いていて日本語としてどうも奇妙なのだ。「おいしい酢大豆になる大豆の()()()()」と言われると、大豆の作り方の説明が続くと予想するのだが、実際は大豆は()()()()()()()、それを酢に漬けこむだけなのだ。つまり「おいしい酢大豆の作り方は」と言えばいいところを、「おいしい酢大豆になる大豆の作り方は」と言っているのだ。なぜこういう言い方をするかというと、商品名をくり返して視聴者に記憶させたいのだ。商品を売るためには日本語の使い方を少々歪めても構わないというわけだ。ここにも営利主義の精神の特徴の一つが出ている。利益によって事柄を歪めたり変えたりするのだ。そしてこれまたCMのみに止まる問題ではない。

 我々の生活はこうした営利主義にどっぷり漬けられている。社会について考える際の基礎としてこの自覚は必要だろう。


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