同上 の3
組合について言えば、組合が闘い取った成果の上に教員達がアグラを掻き始める。管理職が組合を憚って注意しないのを自分の実力のためと思い上がり、あるいはいいことにして、ホームルームにさえ出ない。組合の研究会にも出席しない。果ては担当クラスの生徒の指導さえ理屈をつけて石井氏に任せようとする。そのくせ、経営側の攻撃の口実になってはと石井氏が批判すれば反発する、という状態になる。つまり激しい闘いを経ても一人一人の教員は少しも変っていなかったのだ。東急資本を相手に必死で闘ったのは組合幹部、特に石井氏であり、他の教員は石井氏について行っただけで本質的には傍観者であった。だから数々の成果も石井氏が闘い取ったものの「お裾分け」に与っているという意識しかなかったのだ。内部にこうした弱点を持っていた組合は結局経営側の切り崩し工作によって変質弱体化してしまったのだ。
これと同じ弱点が石井氏が力を入れていた生徒会活動にもあった。実は大倉山高校に配転させられた時、石井氏はそのことを感じさせられる経験をしていた。八年間心血を注ぐ思いで非行を解決し、体育祭、文化祭を見事に主催する生徒会を育て上げてきたにしては、氏の配転に対して、生徒達の中に惜別の涙一つ見られなかったのだ。お義理のように、生徒会会長や役員が石井支持の動きを見せたに過ぎなかった。生徒達を集団として見、集団を通して変えようと思っていた自分の教育が、共に苦労した生徒会役員はともかく、千数百人に及ぶ生徒達の心には通じていなかったことを衝撃的に氏は知るのである。自分の教育には大切な何かが欠けている、と氏は思うのだが、それを発見するためにはそれから十一年の歳月が必要だった。
石井氏は徹底して管理主義教育を否定する。管理主義の害毒、その対極としての自由の価値―氏が発見したのはこれだと言っていいだろう。「管理は教育の自殺行為」というのは私が会場で買った氏の著書の題名である。もう一冊買った著書の題名は『「反省が処分」の教育』。氏は生徒を個人として見る。思考し、決定する主体として。氏の社会科の授業は生徒の質問を柱にして構成されている。問題行動をした生徒に対しても外形的な処分は行わず、「なぜそんなことをしたのか? 」を追及する。生徒の「考え方」の変革を迫るのである。自分の考え方の誤りが分る(=反省する)ことこそが大切なのだ。民主的な教育理論と言われる「集団主義教育理論」にも氏は批判を加える。教師の操作が背後にある「自主」や「自治」は管理の一種に過ぎないと言うのだ。そこには氏の苦い経験が生きていると思われる。行先、旅程、旅館の決定、旅行会社との交渉まで生徒達自身にさせ、出発してからも教師は一切指示をせず、それでいて全行程にわたって集合時間に遅れる者は一人もなく、勿論事故もなく、生徒達に深い感動を残して成功した修学旅行など、氏の実践は数多くあり、事実の重みと迫力で説得力のあるものだが紹介は省略する。
氏は現在も管理主義の重圧をはね返し、教育現場で奮闘している。(あと一年で定年らしい。)氏の実践は職場の半数近くの教師を氏の教育理念に共鳴させるまでになっている。対談していても迫力のある人である。
誰のものでもない自分の人生を、自分でしっかり選び、一生懸命生きる。そんな力のある人間を育てるためには自由が必須である。自己決定の能力、これは自由だけが育てることの出来る能力だ。「個」の確立はそこから始まる。民主主義も「個」の確立を前提にして真に論じることが出来る。日本の教育は管理主義によって「個」殺しを営々とやっている。その半面で資本主義は人間をますます個人に分解していく。その挟撃に遭って子供達や青年は悲鳴をあげているのだ。少し大きなスケールで見れば大人も同様だろう。教育に自由を導入する事は日本の今後にとって死活的な緊急事である。




