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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1990年代

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第15説 A‐S‐ニイルの身近さ

  

 A‐S‐ニイルの著作を読んでいると著者が非常に身近に感じられる。彼がスコットランド生まれのイギリス人で、イギリスで活動して死んだという事実を忘れさせるほどだ。私は西欧人も同じ人間なのだということを彼を通して実感した。とにかく彼ほど身近に感じた西欧人はいない。

 その身近さはどういうところから来るのか、少し考えてみよう。

 一つは彼の社会を見つめる眼の質だろう。彼は共産党には加入しなかったが、心情的にも思想的にも終生社会主義者だったと思う。(まだ彼の最晩年の著作を読んでいないので断定は避ける。)少数の特権的な金持ちと、無権利で貧しい大衆とに分裂し、前者が後者を恒常的に搾取・抑圧している社会を、彼は不正なものと見た。どの階級に属するかによって人間の運命が定まっている現実、それを彼は自分の生徒達が今後辿るだろう運命を叙述することで印象深く描いている。そういう社会のなかで教育が受け持たされている役割―それは結局支配階級に従順な大衆を養成することだが―を鋭く見抜いている。従って訓練主義の教育の淵源が階級支配の維持にあることも見抜かれている。彼が皮肉を込めて描き出す資本主義イギリス社会の矛盾は、私が現代日本に見出す資本主義の害毒と何と重なることだろう。

 二つ目には教育を見つめる眼である。彼が展開する教育批判は私が現在の日本の教育に抱く批判を代弁し、なおそれよりも根源的である。日本の教育には自由がない。しかしニイルの著書を読むとイギリスの教育にも自由がないことがわかる。イギリスだけではあるまい。彼の考え方に立てば恐らく世界のほとんどの国の教育は子供の自由を圧殺しているだろう。強制と罰、知識の詰め込みと感情の無視、権威と恐怖、宗教的・道徳的訓戒などから教育が解放されるのはいつだろう。社会が子供を害うそんなガラクタを必要としなくなるほど発達する日まで待たなければならないのだろうか。ニイルは待たなかった。彼は勇敢に出発したのだ。彼の文章を読むと胸の(つか)えが下りる。嬉しくなる。半世紀以上も前からこんなことを考えて、しかも実践していた人が居たと思うと、人類も馬鹿にしたもんじゃないと思う。

 三つめは、これは彼の真骨頂で、すべてを貫いている特徴だと思うが、その虚飾のない率直さである。彼はまことに正直に、あけすけに書く。自分の弱点、失敗を少しも隠さない。逆に言えば彼は真実に対して非常に慎重なのだ。彼はサマーヒル学園における実践を正確に報告しようとする。彼の考えの正しさを証明する十の例を書くのと同じスペースを、その反対の一例を記述するために与えている。彼の文章には体裁づくりがない。書いているなかで自分の心にやましい思いが浮かぶと率直にそれを出してしまう。そういうところがまた彼の人間的輪郭をはっきりさせ、身近にも感じさせるのだ。

 以上、結論としては彼の真実に対する率直で捉われのない態度が親近感を生む源泉と考えられる。そんな態度の帰結だろうが、彼はイデオロギーにはとらわれない人だった。一時は夢を託した共産主義、フロイトの精神分析からも、その後の経験に照らして距離を取った。彼はイギリス人らしく最後まで経験的事実から、つまり目前の子供から眼を離さなかったように思える。


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