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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1990年代

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第14説 詩における直進と迂回 ―詩集を出版して―

  

 昨年末、第三詩集を出版したが、寄せられた批評や感想を紹介してくれとの要請があったので、私の問題意識に関係する幾つかの批評を紹介しながら今後の課題を考えてみたい。

 先ず私の問題意識とは、私の言葉で言えば詩における直進と迂回ということである。直進とは何かと言えば、簡単に言うと、現実に対する詩人の態度である。日々生起する世界の諸事象に対して詩人が下す是非の判断であり、その詩人の世界に対する立場・思想・価値観といったものである。これは詩を生み出す源泉の一つであり、その詩人の詩の行方を照らす探照灯ともなり、また彼の詩が新たな沃野を切り拓いていく際の鋤鍬でもある。だから弱々しかったり、歪んだりしていてはならず、一本の鋼線のように真っ直ぐピンと張っていることが望ましい。またこれは常に研ぎ澄まされていなければならない。迂回とは何かというと、これは主として表現に関係している。それは直進が掴んだ詩の原形を、変形し、イメージ化し、肉づけることである。ここには言葉の選択・操作という技術的な問題から、題材を別の角度から見つめ直すというテーマそのものの検討までが含まれている。

 それではこの問題意識に関係する評の幾つかを紹介していこう。それは作品の性格上、主に詩集のⅡ及びⅢに属する作品に関する批評ということになる。


① 「理屈は書かない方がいいと思います。」

② 「他者にとやかく云われる筋合いはないという確立された信念がうかがえる」

➂ 「仏陀の名を貴詩集に読んでひとごとならぬ親愛の思いを持ちました。(略)貴兄の詩の言葉が認識においてその『定点』をもちつつあることを喜びたいと思います。(略)詩はその極において夏菊の無常であることで十分です。」

④ 「イデオロギーが生身で行き交う」

➄ 「詩は人間の実在を哲学や宗教で()()()()ものではなく、知性と        感性で()()()()ものではないかと思います。」(傍点原文)

⑥ 「現代日本詩のゾルレンの一つのパターン化が成功している」

⑦ 「ブッダへの信奉を一つの事象を示して具体的に示してくださると、わたしたちにもよくわかったと思います。」

⑧ 「作品には一つの視点がはっきりと感知されるのですが、やはり概念的に発想がおちいっています。視点は視点として確立は必要ですが、それを作品に結晶するためのキーがもう一段欲しいと考えます。」

⑨ 「イメージは永遠ですが解説は消えます。(略)鮮明なイメージへの変容を期待します。芸術におけるイメージの提出は科学における実証と同じで人を納得させる唯一の道です。」


 私の課題は明らかだ。それは➄⑦⑧⑨の評が端的に示している。つまり迂回の方面の充実である。概念をいかに肉づけするか。イメージ化するか。言葉の選択、配置への更に入念な検討。

 おそらく私はもう少し遊ばなければならないのだ。想を得たらそれをストレートに原稿用紙に写すのではなく、それを掌の上で転がしたり、陽に透かしたり、遠くに投げてみたりしなければならない。

 それは作品制作だけに限らず、社会や人生に対する時にも必要な心構えだ。ゆとりを持って、余裕を持って事象を見なければならない。(直進は直進として保持しつつ。)そうすれば意外なデフォルメが、鮮烈なイメージが生まれ、隠された真実が顕現してくるかも知れない。詩集の「あとがき」に、「今後は余裕を持ってゆっくりと進みたい。生活においても詩作においても。ゆっくり、たっぷりと。」と書いた時、確かに私はこの希求をこめていた。


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