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エッセー拾遺 ― 文芸誌のコラムから  作者: 坂本梧朗
1980年代

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第7説 家に関する断章

  家に関する断章


 人々が家について抱く夢はどんなものか。門から玄関までが車で一時間。敷地内にはゴルフ場あり、テニスコートあり、部屋数は百ほど、それぞれ趣向を凝らし、春夏秋冬、気分によって移り住む。最高級の資材を惜し気もなく使い、およそ考えられるあらゆる設備を備えている。――と、これが少々大げさなら、グッとつつましく、せめて一戸建てで庭付き、としておこうか。どちらにしても質においては同じだ。それは人間の相貌を持たないモノとして家を捉えているということだ。

 建築家が家について抱く夢はどんなものか。曰く、社会的諸活動と合理的・能率的に関連し孤立していてはならない。しかも個人的生活は完全に保護され、休息と家族団欒の場でなければならないことは勿論だ。環境については住居の内外において太陽や樹木など自然との結合を大胆にはかるべきだ。etc。資本の制約の下で、切りつめられた、部分的な、片輪な仕事しかできない建築家は、夢想の中で建築の全体性を回復しようとする。それは現実には存在しない()()()()をいつの間にか前提としていることにつながる。

 人々は黙々と働き、家のために金をためる。家を作り上げるのは金であって、家に対する自分の理念ではない。ましてや建築家という他人の精神の夢想ではない。

 金の支配の下に建築家と人々は不幸な出会いをし、お互いを疎外し合う。結果として残るのはどれもこれも似たような無機物モノとしての家だ。


 夢を述べよう。

 人間の確立こそ核心だ。蚕が死んでいて美しい繭はできない。家は人間がつくる繭だ。ところが現在の日本では管理の網によって人は窒息しかけている。人間生活の質は創造性、主体性を抜かれて貧困そのものだ。自己の人生について生き生きと語れない者に棲家に関するイメージなどあろうか。家は人生を託す場だ。そういう意味で家は住む人そのものの象徴である。


家は

住む人の

魂の外皮

それは

楽器のケースのように

なかみを象るべきだ


一つ一つが

他と峻別された

独特の

有機物


集落は

魂のバラエティ

魂のモザイク


 家にはこころを見るべきだ。地位や金でなく。

 集団でひしめき合うことに熱意を注ぐ日本人だが、内部には他人と違うものを育てていてほしいものだ。そして家がその表現となれば、これは面白い光景ではないか。


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