第九十七話
続きです
拠点の洞穴に帰り着き、その地面に腰を下ろす
最初は良い状態だと気を良くしたその地面も、今はただ硬いだけの不快なものでしかなかった
「流石にこのまま帰るのは格好悪いよな……」
おっさん達はいいとしてもだ
色々と無理してくれただろう隊長さんに申し訳ないし、そもそも帰る手段も無い
「その辺は、隊長さんが繋ぎを取れていれば、おっさん達が取り計らってくれるだろうが」
いくら何でも昨日の今日、どころか出立当日の内に手筈万端整っているなんてことは無いだろう
おっさん達が無能なのでは無く、単に事態が想定外過ぎるだけだ
「とにかく、時間は限られているんだから、無駄に使うわけにはいかないよな」
身体を動かさない様に、となれば、頭を動かすしかない
幸いにして、糖分は摂取せずとも肝臓に貯蔵分がある
こちとら飽食の日本人、糖分の貯蔵は十分だ
「……先ずは今のステータスを確認しておくか」
俺は荷物の中から、持って来ていた小石板を取り出し起動する
舞島 理 男 16歳
Lv1/100
次レベルまで 4995440
成長率 1.05
生命力 24625
魔力 12312
攻撃力 3000
魔法力 100
対物力 1900
抗魔力 500
機動力 7200
感覚力 1000
思考力 5600
運勢力 400
アビリティ ?
「上がってるな……」
以前から特に著しい変化が確認できない魔法力、抗魔力、運勢力以外は軒並み上昇している
上から順に確認する
「生命力と魔力は相変わらず解らんが、一つだけ法則性が見つかったな」
その法則性とは、魔力は生命力の半分の数値を取るという事だ
或いは逆に、生命力が魔力の二倍の数値なのかもしれないが、この数値を見るに後者の可能性は低いだろう
「小数点以下が省略されてる……とすると、やっぱり魔力は生命力の半分の数値を取ると考えるのが最有力か」
そこでひとつの補完材料の存在を思い出す
「あの時はざっとしか見てないけど、確か米原の生命力と魔力もその法則だった様な気がする」
これに関しては、帰還後に米原に確認を取ればはっきりする
今後の予定として記憶しておく
「攻撃力が上がっている理由は、多分あの木を切ろうと頑張った行為が効いてるんだろうな」
ゴブリン相手の立ち回りが理由かもしれないが、今俺が考えている事が確かなら、原因はやはりこちらにある筈だ
そして、そうと考えればこの環境も割と有用であると言える
決して壊れないサンドバッグと思えば、それはとても有り難い訓練器具となる
「対物力の上昇は……もしかしたら、壊れない木を壊そうとして手を痛めた事が理由かもしれないな」
例えば、ビニール紐を強引に引き千切ろうとすれば、最悪手を切ってしまうかもしれない
そうでなくとも、確実に手は痛めるだろう
それが負荷となり、対物力を上昇させた可能性はある
「これはあれだろ。ここまで縮地移動してきたからだろ」
機動力が著しく上がったのは簡単だ
ここまで散々に高速移動したんだから、それが原因だと容易に推測出来た
「感覚力は……何でだろうか?色々探して五感を働かせたからか?」
遠くに山を見たり、森の中で魔物の気配を探ったり
こういう事で上がると考えると、アイギナにこういう事をやらせればいいのか
それは難しいのではないかと不安になる
「思考力は、まあ、色々と考えたからな。今も考えてるし……この瞬間も上がってるのか?」
ちょっと石板を起動し直してみる
ピカッと光って、表示が更新された
「思考力5700……」
何だか真面目に鍛える事が馬鹿らしくなってくる
ものの十数分考え事をしただけで、思考力が100上昇した
「いや、これ絶対おかしいって」
米原のステータス上昇は俺ほど顕著では無かった
だが、断言するが、米原が俺より身体負荷が少ない
言い換えれば、俺より働いていない筈がないのだ
厨房仕事なんて、それこそ身体が資本で、とにかくキツイ仕事だ
幾ら米原が城で重宝されているといっても、奴が温い仕事をする訳が無い
ならば、米原のステータス上昇こそが普通で、俺の上がり方が異常だと考えるべきだ
「……まあ、考えても仕方ないな」
そもそもが異常事態だ
無駄に複雑なシステムのゲームの考察をしている気分だが、あれは娯楽だから出来る事で、現実であんなのを突き付けられたら、少なからず憤慨するだろう
さて、最後の懸案事項を確認しよう
「アビリティのここって、前は”―”だったよな……何で”?”になってるんだ……」
誤字かとも思ったが、そもそもこれがそういう性質のものとも思えない
思いたくもないが、だとしたらこのクエスチョンマークへの変化は何を意味するのか
少しずつ憤りが湧き上がってくるのを感じる
どうして自分がこんな難渋しなければならないのか
この世界の異常な環境
まさか天然資源が一切無いとは思わなかった
迷宮に依存した経済であることは、重々承知していたが、それはより容易な採取手段であるからと考えていた
わざわざ森や山深くに分け入って、採取量も質も安定しない自然環境に赴くよりも、安定的で刺激的で安易な方法を選択するのは当然だ、そう思っていた
その考え違いが、今こうして腹を空かすという何よりも辛い現実として突き付けられている
せめてと、これからに思いを馳せれば、やはり手探りの現実が立ちはだかる
それだけなら別に良かったが、最後のクエスチョンマークが、太ももの正面を叩かれた様に進む足を挫いてくる
気にしないで無視すればいいのかもしれないが、問題は自分自身の事だ
どうしたって完全に放置できるものではない
最低限、原因とこれからどういう結果を出すのかくらいは判明しないと、何かしら動く時に思い出されて、いちいち動きが止まってしまうかもしれない
「普通にアイギナの事だけ考えさせてほしいもんだが」
当初の目的が殆ど進捗しない状況で、最優先の課題だけでも何とか形にしたい
それにはまだ、幾つかの課題を片付ける必要があった
「まず、自説の説得力を増す為に、俺自身がその効果を示して見せなきゃいかんよな」
その為には、自らの鍛錬あるのみなのだが
それは早速に頓挫してしまった
ここでそれをするのは、エネルギー供給の観点から不可能であると判断せざるを得ない
「次に、アイギナに適した鍛錬方法の模索。これは魔法力、抗魔力、運勢力以外は見当が付いた」
生命力と魔力の上昇理由が不明だが、上がったのだから良しとしておく
……まだ途中である為確信が持てないが、一応の可能性は見付けている
これに関しては、確信を持てた時に整理する事としよう
ともあれ、これら方法の模索は、俺自身が強くなるという先の目的と合致する
最初の目的が叶えば、自然と進捗する筈だ
「ひと先ずの課題はこの二つだな」
外に出て鍛錬するという俺の常識は既に覆されたが、その解決はおっさん達と協議すればいいだろう
ぐぅ~
そうして気を緩めた直後、大きく腹が鳴る
既に空腹感はあったが、意図的に抑え込み無視していた
その箍が、考えが纏まった気の緩み諸共に緩んでしまった様だ
一度その存在を明白に認識してしまったら、本能とはそう簡単に忘却を許すものではない
すぐさまその存在感を増大させていく空腹感は、これからの算段を立てられた喜びを容易に苦痛へとすり替えていく
「はぁ……ホントに明日を越えられるのかねぇ」
三大欲求の名は伊達では無く、より先の見通しより目先の生存が高い壁として道を阻む
実際には遠くに見える壁の方がより厚く硬く高いのだとしても、目の前に立ちはだかる壁の方がより意気を削り取ってしまう
「ああ、いかんいかん。こんな弱気じゃ」
俺は、急速に勢力を拡大させる弱気を押し流す様に、水を口にする
幾らでも水が出る魔法道具は、俺の欲求に幾らでも応えて水を吐き出し続けてくれた
とはいえ、腹を下しでもしたら、僅かに残る未吸収の栄養も失われてしまう
何事もほどほどに、と何とか自省して
「…………小便して寝るか」
水は上から下へ、高みから低きへと流れていく
その天然自然の大原則が、俺を当然の生理現象へと誘う
nature calls me というやつだ
「しかし、此奴はホントに便利だな」
俺は出すものを出した後、洗って濡れた手の水気を振り払いながら、傍らの程よい岩に寝かせ置いた魔法道具の水筒を見て、その優秀さに脱帽する
その水筒からは、未だに途切れず水が流れ出ては地面を濡らしている
俺は水筒を持ち上げ、中を覗き見る
「こうして中を覗いてみても、水が入ってないんだよな……今の今まで流れ出ていた元は何処へ消えたのか……」
そもそも、中は明らかに水を湛えられる形状になっていない
円筒形ではなく、これは円柱形をしていた
とどのつまりが、中身は詰まっているのだ
ただ、水が流れ出す穴だけが、それを水筒と呼べる形になんとか留めていた
「外観を水筒っぽくしましたってだけで、全く別の代物だってだな……」
解り切っていた事だが、尚更理解が困難になった
水筒と呼ぶのも憚られるが、他に呼び様もない
水を出す魔法道具、とは正直言い難い
「俺も大分余裕だな」
自らを揶揄する様に、そう独り言ちる
飯は無く、燃料も無く、帰っても在るのは固い地面とごつごつとした岩の壁面のみ
それでも、不思議と出すものを出したら、気持ちに余裕が生まれて来た
「……もう寝るか」
それでも、特に物事が好転した訳では無いと、今の心情を自分で口にした事で逆に現実に直面させられてしまった
余裕のある心情で、しかし解決していない現実問題に苛まれるという、謎の矛盾を抱えながら、すぐ傍の洞穴へと踵を返す
その時だった
「……なんだ?」
感覚が妙な空気を捉えた
気圧が増した様な、逆に減じた様な
「いや、これは………音?」
モスキート音というものがある
若い健全な聴覚では聴き取れるが、老いて衰えた聴覚では聴こえない音の事だ
可聴域に無い音は聴覚が拾い上げられないが、それでも空気の振動という本質は厳然としてそこに存在している
そして、感覚が捉えられなくとも肉体はその変動に影響され、変調を引き起こす事がある
丁度、今感じている異質な現象は、そんな可聴域外の音に曝された時の様な感覚を齎していた
しかし、これは音ではないと、直感が訴えかけている
「何だ?この感覚は……」
最初は聴覚や触覚が捉えていただけの現象は、次第に他の感覚も強く刺激し始めた
先ず異常を感知したのは、五感で最も比重が大きい視覚だ
「っ!?視界が歪む?高山病か?」
貧血や低酸素状態、最悪が低血糖症状が原因のふらつきかと思った
だが、身体がふらついていない事に直ぐに気が付いた
「歪んでいるのは空気だけか」
視界いっぱいに映る木々は、そんな俺の動揺を嘲笑うかの様に、直立不動でそこに在った
「匂いが……」
今の今まで気が付かなかったが、山の中森の中は独特の匂いがするものだ
それが今まで全くしなかったという事に気付ける程に、透き通るような清純な空気が辺りに満ちていくのを感じた
「クソッ……次から次へと、一体何なんだ……!」
溜まっていたものを垂れ流して、気分はすっきりとしていた
だが、そんな安らぎは欺瞞だと叩き付ける様に、次の異常が俺の周囲をうろつき始めていた
お前に休みは無いんだと言わんばかりに突き付けられる現実は、どこか師匠との鍛錬を思い起こさせた
俺は感覚を研ぎ澄ませ、数々の異常がどこを中心に発生しているのかを探る
これが世界全体を満遍無く覆っているのでもない限り、必ずそこには偏差があるはずだ
ならば、それを探れば中心点がどっちに在るのか見付ける事は、十分に可能だ
「……こっちか」
揺らぐ視界がどの方向へと揺らいでいるのか
聴覚が捉える音の様な何かは、どちらの方角がより強いのか
肌を撫でる圧力にも、強さと弱さがある
それらを探った結果、出た答えの方向へと足を踏み出す
「近いな……」
一歩、二歩、三歩
たったそれだけ踏み出す度に、それら感覚はより強く刺激を受け取り、身体の不調を強めていく
それを強く心身に力を込めて堪え、更に進み出す
「……あまり強くなる様だと、引き返す事も考えないといけないが……」
近いと言ったのは、その強度の急激な高まりから推測したが、それは半ば確証の無い願望に近い
これだけ強く感覚を打つのだから、もうすぐ中心点の筈だ、という願望だ
そうで無ければ、中心点には辿り着けない
人は生身で宇宙空間や深海で生存する事は出来ない
今空間を満たす力は、そんな生あるものを拒絶する類のものだ
「……これか」
だが、そんな心配は杞憂に終わる
それを確信した瞬間、空間を満たす力も消滅した
身体を抑え付ける圧力の消失を感じ、ほっと人心地つく
そして、肝心の中心点へと、改めて目を向けた
「これって……台座?」
そこに在ったのは、伝説の剣でも刺さっていそうな趣を漂わせる、石造りの台座だった
ただ、あくまでそう見えるというだけであって、本当にそれが台座なのかは不明だ
「………何だこれ?」
異常現象の中心点に鎮座する謎の台座
軽く観察してみるが、全く装飾の類すら無い、ただの石の塊だった
それが自然物でないと判断する根拠は、その表面が驚くほど滑らかである事と綺麗に鈍角を描くその輪郭だ
「………これは偶然か?」
そしてもう一つの理由が、目と鼻の先に拠点として定めた洞穴がある事だった
仮にこれが偶然の産物であったとしても、つい先ほどまでここに無かった事だけは確かなのだ
これが何者かの用意した代物だと判断するのは、早計ではないと思う
俺は兎にも角にも、その台座を調べてみる事にした
「………特に押し込める様な出っ張りも無いし、何かを嵌め込める様な穴や凹みも無いな」
これそのものに何らかの仕掛けがしてある可能性は、取り敢えず無いと見ていい
ではどうするべきか
実は、既にそれについて直感している事がある
「………押せそうだな」
中々の重量が有りそうだが、しっかりと手を付ける平面もあり、また足場も安定的だ
そして何より
「この台座の下、明らかにアンバランスなんだよな」
台座は、より広い石の上に乗っかっているのだが、その真ん中に位置しているのではなく、かなり前に飛び出た位置に置かれている
これを台座一つ分押せば、丁度真ん中あたりに行きそうな感じで、とても直感を刺激してくる
「何が起こるか解らないし、荷物だけでも取りに戻るか」
幸いにも、拠点の洞穴はすぐ傍だ
俺は足早に洞穴に入ると、近くに置いてあった荷物を手に取る
「こいつも忘れずに戻しておこう」
懐から取り出した水筒を、開いた口から袋へ放り込む
口紐を掴んで締めると、そのまま口紐を腰のベルトへ何度も巻き付けた
最後に少し残した口紐の先を荷物側の余った紐と軽く結わえれば、準備完了だ
「歩く邪魔にもなってないし、良い感じだな」
最初からこうすれば良かったと思いながら、洞穴を出る
問題の台座はすぐそこだ
「……結構大仕事になりそうだが……」
確かに押し易い形状であり周辺状況でもある
だが、それが容易と等号で結ばれるかは、全く別の問題だ
「……見た感じは玄武岩の様だがな」
とにかく、始めなければ終わりも無い
千里の道も一歩よりという格言に従い、苦難の道を往く決意をする
「よい、しょぉおおお!!!?」
そんな俺の決意を鮮やかに受け流す様に、特に手応えも無く台座は動いた
気合一声のつもりが、見事に空回りさせられて、素っ頓狂な声を上げてしまった
「ええぇぇ……なにこれぇ」
今の俺の格好はとても他人には見せられない
スルスルと抵抗無く滑って行った台座に寄り掛かる様に倒れ込み、身体は逆くの字に折れ曲がっていた
だが、当の俺にとっては些か切実な事情があっての、この情けない姿勢である
「下には階段か……危ねぇなぁ」
こうして台座を支えにしなければ、階段の段差でしたたかに身体を打ち付けていた事だろう
それくらいは別に気にするほどの痛みでも無いが、避けられるなら避けたい痛みでもあった
「ふん!っと……」
台座に突いた手と残った足を支えに、腹筋背筋に力を込めて、バネの様に起き上がる
逆くの字はくの字に変わり、そのまま直立一文字に早変わりした
そのまま下を見る
「階段か……なんか、どっかで見た様な雰囲気だな」
どっかで、という曖昧な表現で現実から目を逸らしているが、この雰囲気は迷宮で味わった感覚そっくりだった
だが、だからこそこの現実を受け入れがたい
「そりゃあ、迷宮があればとは思ったが……」
そんなものはただの願望に過ぎない
妄想と大差ない、あり得ない夢の様なものだ
それが今、何のご都合主義なのか、目の前に口を開けている
「とにかく、入ってみるしかないか」
どんな危険が待ち受けているかもしれないが、現実問題として迷宮があるのは非常に助かるのも事実だ
これ一つで、今抱えている問題が全て解決する可能性もある
「食料と燃料。これだけでも手に入れば、ここでの暮らしが可能になるんだがな」
最悪食料だけでも手に入れば御の字だ
生肉や生野菜でも、食べられないことは無い
階段を下りていく
という表現をわざわざ使うのも気恥ずかしくなるくらい、下り階段はすぐに終わり、その先には光の柱があった
「………この中に入ればいいのか?」
思い起こせば、最初の迷宮進入では最初の階層で倒れてしまった為に、迷宮内でも階層移動などの経験が一切ない事に気付く
だが、これもまた直感的に分かり易い仕掛けが目の前にある
「まあ、何とかしてみせるさ」
今は総身に自信が満ち満ちている
ご都合主義だろうが、誰かの陰謀だろうが構うものか
光の柱の中へ入る
胸中にあるのは、ただ未来への希望のみ
苦患に喘ぐ日々は、今この瞬間に終わりを迎えると確信を抱きながら
ご都合主義ですね
当然ですが、偶然ではありません
では一体どうして迷宮が現れたのか
それは、少し後に語る事になります
少しというか、多分2か月くらい後になりますが
王都を出るところか始まった流れは、ここで終了と成ります
次からは、迷宮内での戦い、食糧と燃料の確保、そして鍛錬生活となります
上では二か月と書きましたが、鍛錬は即行で流すつもりなので、もう少し短いかもしれません
文章量は結構多いんですけどね
次回投稿は8月21日です
納涼の時期です
あちらこちらで夏祭りが開催されている頃合いですね
作者の地元の神社でも、夏祭りが開かれる時期でしょうか
もうずっと行ってないので解りません
蚊に刺されまくりますし、夏祭りはあまり好まない性質です




