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第九十一話

続きです



俺はさっさと立ち去って行ったサトルを呆然と見やりながら、手は無意識に持ったカップをソーサーの上に置いた

少し大きめの音が鳴る


「行ってしまった………」


閉じられた扉を見て、そう呟く

自身があまりにも情けない

結局俺に出来る事は何も無かった

一人の男として、また国王として

自身のこれまで積み重ねてきたものに、相応の自負を持っていた


だが、唐突に示されたものは、俺の常識を遥かに逸脱していた

当然だ

それは別の世界の常識なのだから


「で?アンタはこれからどうするんだい?」


耳に聞き慣れた声が、もう俺以外は居ない筈の部屋に響き渡る

声の聞こえた方を向く

その先に在る寝台の陰から、見慣れた姿の女性が姿を現す


「リア……」


俺達の部屋は隣同士

そして、ここを王族用として改装する際に、リアの部屋とは中で行き来出来る様にさせた

だから、ここにリアが居ても何もおかしくないのだが

俺は、そんな簡単な事を失念して、内密な話をここでしてしまった事になる

痛恨の失態だ


「アンタがアタシにも内緒にした事は、まあいいとしよう。結局アタシには筒抜けだった訳だしね?」


「……昔から、お前には隠し事が出来た例が無いな」


「アンタがアタシの下着を漁ってた事も直ぐに判ったしね。アタシの使った食器を持ち出した事も直ぐに露見したね?」


若い過ちをつらつらと例に挙げて、俺を揶揄うリア


「……前から訊きたかったんだが、何で判るんだ?俺は誰にも話していないし、お前の下着だって多数ある中の一つに過ぎない。無くなっても気付く筈がない」


「実際にアタシも幾つか無くしているし、侍女が古くなったアタシの下着を自己の判断で廃棄していたしね。確かに気付く訳無いと思っても仕方ないさ」


「食器だって、当時お前の家で使っていた物で、お前の専用という訳では無かった。代わりに新しい物を補充もしておいた」


「そうだねぇ。普通なら気付く筈も無いねぇ」


「なら何故「話を逸らすんじゃないよ」……なら乗るなよ……」


結局訊きたい事は聞けず

俺はリアの詰問から逃れる事は出来ないらしい


「アタシらは二人でひとつ。そう誓った筈さ。なのにアンタときたら、勝手に動いて勝手に決めて、そして勝手に失望してる」


「……返す言葉も無い」


「あの日、誓った事を思い出せ。アイギナの苦しみを取り除く。その為に世界を変えると決めた筈」


「…………」


俺はあまりにも耳が痛く、リアの言葉が少しでも遠ざかるようにと、無意識に顔を俯かせ背ける


「逃げるな!アタシらには責任があるんだよ!親としての責任がね!」


「……だが、俺にはもう何も出来ることが無い」


後は全てサトルに任せればいい

アイツなら万事上手く計らってくれる事だろう

その事に疑いはない


「ほぉ……まだ何も明らかじゃないこの状況で、そんな事を言うのかい?」


「しかし……」


「しかしもだけども無いんだよ!!アタシらはあの子が幸せになれる様に、そう確信できるその瞬間を見届けなきゃいけないんだよ!!」


俺の胸ぐらを掴み上げ、俺の惰弱を怒鳴りつけるリア


「アンタに出来る事は、本当にもう何も無いのかい?」


一転穏やかに、しかし抉り出す様に俺に思考を求める

俺に止まるなと言うリア


「俺に出来る事……?」


それでも、自身の無力感を拭い去れない俺は、可能性すら否定する


「……まあいいさ。アンタが止まろうと、アタシは進むだけ。あの坊やが何をするのか知らないけどね。そう簡単に愛娘を任せてはやれないんだよ」


掴み上げる手を乱暴に振り払い、俺を放り捨てる様に投げ出すリア

そして、やはり俺を見る事無く立ち去っていく

その姿は、さっきのサトルを彷彿とさせた

違ったのは、サトルが俺に待つように言った事


思い出したら腹が立ってきた


「いやいや、待てよ。俺の娘の事だっての、何お前が勝手に全部決めてんだよ」


大きく譲歩して、それはいいとしよう


「そもそも、お前の言った事はどれだけ現実に出来るんだ?」


所変われば品変わる

サトルの世界の常識を語られたし、その結果を示されもした

確かにマイバラ少年の身体能力値が上昇したのを確認したし、サトルも同様なのだろう

そこは疑う余地が無いが、だがそれを俺達が同様に得られるものであるのか?

答えは空しく、疑問の一言に尽きる


床に無様に倒れた俺は、意気を高揚させる

その力の任せるままに立ち上がと、扉を乱暴に開け放ち廊下へ飛び出した


今しかない事に気付いたからだ

今しか、サトルの世界の常識を体感する機会は無い

もうすぐサトルは俺の手の届かないところへ行く

そうすれば、この世界の常識に組み込まれ、サトルの世界の常識を身を以て知る機会は失われる


それに


「俺の娘を簡単に持ってけると思うなよ、若造」


父として娘の男を見極めたい

恐らく、これが俺の父親としてアイギナにしてやれる最後の仕事になるだろう


「期待を裏切ってくれるなよ、サトル」


先程までの陰鬱とした気持ちは既に無い

在るのは使命感

父の愛を示すという絶対にして至上の使命を果たす


駆ける先に求める男の背中を捉えた俺は、熱い胸中の滾りに身を任せた

友情は天秤の皿から遥か遠くに吹き飛ばされ、父の愛が天秤を完全に傾けさせていた


「何をしているんだ?」


高揚する心が、俺に気障な振る舞いを求める

何故か、近衛に取り囲まれているサトルへと、少しカッコつけて声を掛けた






「そうだよ……これは男のアンタにしか出来ないんだからね……」


自室の扉を少し開いて、駆け去る最愛の夫の背中を、頼もしく見詰める


「さて……アタシは女として、娘の方を気にしておくかね……」


今はまだ明確な動きを見せていない娘を想い、決意を新たにする

これが母親としての最後の仕事になるだろうと直感した






「だから、俺はちゃんとした客人だって……さっきまで立ってた人達を連れてきてくれれば解るから!!」


実に無様だ

意気揚々と歩き出した先

前途は洋々として明るく輝いている筈だった

だが、その先には思いもよらぬ陥穽が、その暗い口を開けて待ち受けていた


「彼らは既に我らと交代して休憩に入っている。今探させているから、しばらくここで待て」


目の前、そして左右、背後の少し離れた所にも気配を感じる

近衛の制服を着た彼らは、王族の私的な場所から出て来た俺を不審がり、あろうことか引き留めた

それは仕方ないのだが、更に面倒な事に、彼らは俺が入った時とは違う人たちに交代していたのだ


「どれくらい掛かるんだ?」


彼らはどうやら俺の顔を知らないらしい

結構仕事で出入りしていたから、広く覚えられていると思っていた

それもまた不運だった


「知らん。お前はそれまで待つしかないんだ。気にしない方が気が楽だぞ」


「わお、精神論!ふざけんな!俺は忙しいんだよ!!じゃあ、こん中入って、おっさん……国王陛下呼んで来い!そうしたら一発解決だよ!!」


「貴様……陛下をその様に気楽に呼び付けられる訳が無いだろう!!わざわざ陛下にお出まし頂かなくとも、解決する方法はあるのだから、大人しく待っていろ!」


言っている事は判るし、納得も出来る

だが、それは今の気の逸る俺でなければの話だ


「今は一分一秒も無駄にしたくないんだよ!お前ら責任取れんのか!!?」


「なら貴様が不逞の輩であった場合、ここで通してしまった時に我らが負う責任はどうする?貴様、その責任を負えるのか!?どうなんだ!」


焦ると碌な事が無い

確かに彼らの論法は正当だ

そもそも俺が賊なら責任能力など無いに等しいのだが、俺は賊ではない

そして、ここをろくすっぽ確認もせず通してしまったら、たとえ俺が賊でないとしても、彼らは怠慢の誹りを免れないだろう

その時、俺に責任が負えるか

というより、彼らが叱責される事を免れさせられるか


答えは悲しく、否だ


「…………いや、まあ、その」


自身の正当性が揺らいだ時、人は真っ当な抗弁が出来なくなる

今まさに俺の口がその力を失った様に


「出来ないのならここを通す事は罷りならん!!先程も言った通り、先に番をしていた者達がここへ来るまで待て!」


「………ホントに急いでるんだが………」


ブツブツと呟くように愚痴を言う俺

勿論、聞かれてしまえば心証を損ねかねないので、聞こえない程度の小声でだ


「何をしているんだ?」


そこへ救いの声が掛かる

もう何度も聞き、耳に慣れた声


「陛下!」


全員がその声の方を向き、背筋を伸ばす

俺はといえば、逆に力が抜けて安堵に身を緩ませた


「はぁ……おっさん。助かった……彼らに説明してくれ、俺はちゃんと招待された客人だって」


「貴様……まだその様な不遜な事を……申し訳ございません!直ぐにこの者は牢に繋ぎます!」


そんな牢獄生活の未来を突き付けれても、俺に動揺は無い

強引に突破出来なくも無いが、今後の事を考えてそれは控えたかった

なので、おっさんの登場は実に有難いものだ

持つべきものは国王をしている友人という事だな


「………」


「っ!」


じっとこちらを見詰め、突如顔をにやけさせるおっさん

それを見た時、俺は嫌な予感が最高潮に高まるのを感じた


(まさか!こんな時におっさんの揶揄いの虫が騒ぎ出したのか!?)


ちょっとは状況を考えろと言いたい

俺が急いでいるのは知っている筈

なら、早々に俺を解放させるのが、互いの利益に適う行為だ


それでもなお疼き出す度し難いおっさんの悪癖に、顔を覆いたい気持ちにさせられる


「……ああ、こいつは俺の客人で、今しがた俺の部屋を出たのを見送ったところだ」


「「え?」」


合縁奇縁という言葉が在るが、これもそうなのだろうか

さっきまでは全く譲り合える兆しすら見えず、対峙していた俺と近衛が、今この瞬間に謎の縁でその言葉を一つにした

そう思ったが、やはり違うだろう


「陛下?こちらの方は陛下のお客人……ですか?」


復唱では無く、信じ難い事を聞き、それを否定したい意思の発露として、聞き返すという行動になった

言葉にすると長ったらしいが、実に人間的な反応だ


「そうだ」


対するおっさんの返答は、実に簡潔で、だからこそ実に明瞭だった

僅かな否定の可能性も残さない程に


その言葉を聞いた、都合四人の近衛兵は、揃ってその顔をおっさんから、自分達が現在進行形で押し囲む俺へと向ける

俺は、それを平然と受け止めた

正直、もうそんな解決した事はどうでも良かった


さて、ここで俺の方へと目を向ける

近衛兵たちは、自分達の失態を事実として突き付けられた事に驚いた

同時に驚いた俺はどうか

勿論、彼らの失態も彼らを待ち受ける暗澹たる未来もどうでもいい

俺の方にも問題は在った、と弁護しておくくらいはするが、それだけだ

当然、俺が解放される事に驚きなどしない

無実であり、それは証明されると確信を得たのだから

俺が驚いたのは、おっさんが俺を揶揄って遊ぶと思って警戒していたのに、全くそんな事が無く肩透かしを食らった為だ


「……じゃあ、俺はもう行くけど……」


とはいえ、そんな程度で何時までも驚き続けはしない

彼らとの合縁奇縁を夢想する間も無く、事態は完全に解決の方向へ驀進していた

ならば俺自身、急いでいるのは事実なのだ

早々にこの場を立ち去るべく、さっきまで俺を拘束していた近衛兵たちに、はっきりとそうと言わずに許可を求めた


「は、はっ!!も、もも勿論です!!ももも申し訳ございませんでした、お急ぎのところ!」


文法が怪しいが、それだけ混乱しているのだ

無理も無かろうと、特に責める言葉も態度も表さず、背を向け立ち去る


「あ、待てよ、サトル」


立ち去ろうとしたところ、おっさんに呼び止められた


「……俺は急いでるって、アンタは知ってる筈だろう?」


今度は遠慮も斟酌も無く、その行為を咎める様な態度と声色を隠さず表す

明らかに不機嫌な俺の態度に、しかし身を縮こまらせたのは、傍らに立つ近衛兵たちだった

当のおっさんは平然としている


「俺が何で急いでるか。それを知っていてなお止める気か?」


「ああ、そうだな」


弥増しに不機嫌さを増す俺

最早それは意図したものでは無く、全く自然に発露したものそのままだった

だが、やはりというか、おっさんは気に留めた様子を見せない


「……用件は?」


目は口程に物を言うというが、だからといって口は物を言わない訳では無い

俺の不機嫌さは目のみならず表情にまで如実に表れている筈だが、それは発する言葉の声色にまでしっかりと浸透していた


「お前たち」


おっさんは、しかし俺の問いには答えない

その目と言葉は、傍らに立ち竦む近衛兵たちに向けられていた


「「「「……!はっ!!」」」」


一瞬の遅れが見られたが、それでも綺麗に直立姿勢を作った彼らは、それまでの弱弱し気な気配を打ち消し、厳かさすら感じる雰囲気で御意を待つ

何度も感じた事だが、その振る舞いに相当の練度を感じた


「今回の件はまた後程、近衛隊長を交えて話を聞かせてもらう。俺達は行くから、自らの役目を全うする様に」


「「「「承知しました!」」」」


そこに僅かな下心が無いとは言えないが、それでもその綺麗に揃った返答に感心する


「少しやり残した事がある。この場は良くないから、中庭に行こう」


それが俺に対する用件だろう

いい加減不機嫌さを維持するのも馬鹿らしくなってきたので、呼吸だけで深呼吸して落ち着きを取り戻した俺は、それに対して


「解った」


そうとだけ答えた

意図的に気を静めただけで、実際には原因そのものが解消していないのだから、依然として俺の不機嫌さは息を潜めて存在している


それでも、事情を承知している筈のおっさんの行動には、相応の考えがあるのだろうと考えた

無言で先を進むおっさんの背に続いた


お父さんが、溺愛する娘を簡単に手放す訳も無く

友情と信頼に目が曇って、そんな事にも思い至らないお父さんは、相方にキツイお灸を据えられました


次回はお父さん対娘の恋人(未定)

投稿は7月17日です

なお、娘さんは承知していない模様

アイギナも出番が暫く無いんだよなぁ

少なくとも、強化鍛錬が終わるまでありません

そんなに珍しい事でもないか

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