第九十二話
続きです
直ぐに終わります
「……何なんだ?」
そう呟くのは、何故か同行を求められ……いや、あれは既に強硬な命令だった
同行を命じられたヘクターだ
「さあ?まあ、ウチの旦那は言い出したら聞かないからねぇ」
更に追加で、道中に偶然遇った王妃様も付いて来ていた
この人に関しては、おっさんが何を言うでもなく、自発的にというか、気付けば後ろにくっついて来ていた
「…………」
そして、前を往くおっさんは、変わらず無言だ
だが、その手には何故か二振りの剣が、鞘に入れられ運ばれていた
「…………」
俺はと言えば、既に不機嫌さは何処へやら消え去り、妙な緊張感に全身を苛まれていた
(何なんだって?俺が訊きたいよ、そんなの)
人間とは不思議なもので、外圧で言葉が封殺されると、逆に心の声が煩くなるらしい
心の中で、ひたすら愚痴を言い続けるだけの俺は、一つも状況に対する思考を働かせていなかった
やがて、目的地として宣言されていた中庭に辿り着く
そこは、昨晩の件があったあの中庭だった
「……こんな場所に連れてきて、一体何をするつもりなんだ?」
先程まで総身を抑え付けていた緊張感は、既に霧散している
今、この肌を撫でるのは、それとはまた違った類の張り詰めた空気だ
その空気が、俺にこの場に居る事への違和感を伝えて来た
そんな居心地の悪さの現れとして、その質問は極めて真摯な心情から発されたものだ
「サトル」
だが、おっさんは俺の質問に答えず、ただ手に持った二振りの剣の一方を、こちらに投げて寄こすだけだった
放られた剣は、重心が安定した良い物の様で、大きくぶれる事無く綺麗な放物線を描いて、俺の手元に飛んできた
非常に受け取り易く投げられた剣を受け取る俺は、本来なら文句を言っても良い筈だった
しかし、それが出来なかったのは、おっさんのとても真剣な眼差しを受けてしまったから
ここに連れて来られたのは、決して馬鹿の様な理由からでは無い
そう、無言で理解させる目をしていた
「……剣は嫌いなんだがな」
俺とてそれなりの修羅場を潜って来た
この真剣さで剣を手渡されて、まさか料理でもするのか?などと世迷言を言う訳も無い
理由は解らないが、戦うつもりらしい
だが、俺は剣は嫌いだ
これは、殺す為の物
俺の思想とは真逆を行く代物だ
それに、剣を持てば聞こえてしまう
聞きたくも無い「声」が
「使うも使わないもお前の自由だが、俺は使わせてもらうぞ」
そう言って、手元に残したもう一方の剣を鞘から抜き放つ
極めて基本的な西洋の両刃剣だ
少し広い刀身で、切っ先から見たらひし形をしている
この手の剣の特徴として、芯を太く頑丈に作りやすいという利点がある
だが、手に持った感じではそういった手の込んだ造りでは無さそうだ
鋳造の量産品だろう
「ひとつ訊かせてくれ」
鞘の口の方を持ち、剣を弄びながら
これだけは訊かなければ、どうしても収まりがつかない事があった
「なんだ?」
俺の心情を汲み取ったのか
おっさんは、一言それだけを返してきた
「これは、アンタにとって必要な事なのか?」
今更、何故か?などと未練がましく理由を問いはしない
だが、それでもこれだけは訊きたかった
「ああ」
答える言葉はごく単純
だが、だからこそこの場この時には、何よりも雄弁にその不退転の意思を示していた
俺も、その言葉を受けて決意する
鞘走る刃の感触を感じながら、剣を抜き放つ
粗悪な量産品の筈ながら、不思議と無二の相棒の様に感じられた
この場の雰囲気がそうさせるのだろう
「いざ」
身体が命じるままに、右手に持つ剣をそのまま下に垂らす
全身から無駄な力みが消え失せた自然体を構えとして目の前の男と対峙する
対するおっさんは、剣を身体の向こう側に下げ、重心をやや前に傾けた前傾姿勢を構えとした
その意図するところは明白だが、敢えて決め付けはしない
「ヘクター」
おっさんがヘクターを呼び付ける
何やら覚悟を決めた様な、諦めた様な
そんな複雑な表情をして、ヘクターは前に出る
自らの役目は理解している様だ
「アタシが居る以上、死ぬことは無いよ。やりたいだけやりな」
王妃様が言った言葉を合図にして、俺達の間の空気が張り詰めた
声が聞こえてくる
(先ずは様子見に真っ向から切り下ろしてみるか)
どうやら、おっさんは様子見の様だ
舐められたものだが、同時にそれも仕方ないと思う
「王妃様はああ言ったが……」
とはいえ、侮られているという事は確かな屈辱でもある
ひとつ意趣返しをしてやろうと、口を開いた
「安心して良いぞ。おっさんが傷を負う事は無い、勿論俺もな」
初め、その言葉の意味を理解しかねていたおっさんは
(?どういう事だ)
こんな思考をしていたが、直ぐに意味を理解した
その直後、思考は二つに分かれる事になる
「ほう?面白いな。やれるものならやってみせてくれ」(舐めやがって……多少活躍したからって、俺をあんな異常者共と同じに勝てると思ってるとはな。目に物を見せてやろう)
戦士として、極めて正しい傲慢さだ
相応に己を高めて来たのだから、相応に見られたいという思いは在って然るべきだ
そして、同時に自身の真価を理解出来ない愚か者を嘲るような言葉も、また自然なもの
(なら、その傲慢さを、俺がアンタに叩き付けてやっても文句は無いよな)
直後、俺は極めて無挙動に近い縮地を敢行する
既に全盛期を超えたと自覚したその身体能力だからこそ、かつてより精密な身体操作が可能となる
その結果、生まれたのが、この無挙動の縮地だ
元々可能だったが、無挙動である故にその速度も遅く跳躍距離も短かった
戦術的有用性はとても高いが、連続使用不可能であるという欠点があった為、背後に回り込む様な動きは出来なかった
だが、今は違う
「なっ!?」
俺が消えた事に驚くより、その首筋に背後から刃を当てられた事に驚いていた
跳躍距離の短さに大きく変化は無いが、最大の欠点であった連続使用不可能が改善された
その結果、瞬時に無挙動縮地……便宜上そう呼称するが、その連続使用による三角飛びでおっさんの背後へ回り込む事に成功した
今の無挙動縮地の利点はこれだけに留まらない
止まる時も動作を殆ど必要としない為に、即時攻撃に転じることが可能となった
「ほら、もう俺の勝ちだ」
最初の縮地に対応出来なければ、その後の攻撃にも対処不可能な、この格下殺しの技は、遺憾なくおっさんの自信を圧し折った事だろう
(な、なにが……何が起こった!?)
この様に考えている時点で、おっさんが俺に勝利する未来は無い
何度でもその素っ首を冷たい鉄刃で撫でてやろう
その結果、風邪をひいてしまっても、それは俺の責任ではない
「ヘクター。終わりで良いな?」
もう何も応えられない程混乱の極致にあるおっさんを放って、見届けを任されたヘクターに、立ち合いの終わりを告げる
許可を求める態だが、その実はただの確認に過ぎない
「あ、ああ……」
尤も、肝心の見届け役であるヘクターも、この一方的な展開に硬直してしまって、曖昧な答えになってしまったが
この状態ではヘクターの声は聞こえないのが、少し残念だった
それでも、まあ良しとしよう
俺は剣を、放り投げていた鞘に納める
それをヘクターに押し付ける様に渡すと、その場を悠々と立ち去った
その背に刺さる、一つの視線は敢えて無視した
身体は震えていない
だが、心が、精神が怖気ているのが解る
「……な、んだったんだ……今のは」
初めは軽く当たって実力を見てみるつもりだった
確かにサトルは強いのだろう
その事に疑いは無いが、よく考えれば、どれほど強いのかという点を考慮に入れていなかった
そう、俺は自分の方が上だと
ごく自然にそう考えていた
「何も出来なかったねぇ……アンタが」
その声に反応して、身体が引き攣れる
怖がっているのだ、この俺が
それが誰の声でも、今はとにかく恐ろしくて仕方が無かった
「怖いかい?安心しな、アタシもだよ」
やっと、その声が誰の声かが判る
最愛の妻の声すら、容易には判別できない程に、今の俺は恐慌の只中に居た
「あれは……一体何だったのでしょうか?」
また誰かの声が聞こえる
知っている筈だが、心が理解を拒んでいた
「知らないさ、そんな事。解る訳無いだろう?」
そうだ、この場には俺とリア、ヘクターしかいない
ならば、誰かの声はヘクターの声に相違ない筈だ
「………止めよう。どうも、そんな場合じゃないみたいだよ」
視線を感じる
普段より、それは遥かに明敏で、だからこそより恐ろしく感じられた
とうとう、心の怖気は身体に浸食を開始する
「………まさか、陛下がこれほど一方的に敗北を喫するとは」
その言葉を呼び水にしたのか、身体が震えだす
一度それを実感してしまったら、もう止まらない
「「…………」」
誰も声を発しない
手にした剣だけが、カチャカチャと震えて鳴いていた
今回は短いですね
圧倒的に勝つ展開と、余裕綽々の理が戦闘を長引かせる展開、真面目に対等の戦いを繰り広げる展開
この3パターンがありました
全部書いて、一番今後に活かせそうな展開を選んだらこうなった次第です
あまり戦闘内容が一辺倒にならない様にしなければならないとは思うのですが、何せまだ理くんは第三部開始時の状態から大きく変化していないですからね
強化鍛錬を経て、大きな変化を迎える事になります
次回投稿は7月24日です
なによ!
何でもありません
日付で語呂合わせするのは楽しい
そう言えば、FE風花雪月が発売する頃合いですね
近々にゴッドイーター3のスイッチ版も出ますし
というか、これが投稿された頃には既に出てますね




