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第七十三話

続きです

やはり、まだおっさんの視点です


そんな安らかな静寂を、扉が勢いよく開かれる音が打ち破った


「……何事だ?」


突然の事態だが、別段慌てる事は無い

部屋の前に立つ近衛兵が破られたとは思わない

だが、扉は乱暴に開かれた

つまり、何らかの緊急事態が発生したという事だ


「陛下、またです」


事実、闖入者は近衛隊長だった

何やら憤慨している様子だ

この時点で、概ねの事情は察した


「アイギナがまた居なくなったか?」


我が愛娘アイギナは、非常に優秀だ

生来の不遇に負けず、多くを学び吸収してきた

今では三大臣に負けない程の信望を集め、多くの者に頼られるくらいの存在に成長した

非常に誇らしい


だが、そんな我が誇りにも、一つ困った悪癖がある

本当に唐突に、独りで行方をくらませるのだ

ある日突然始まったこの奇行は、未だ以て治っていない


尤も、この事でアイギナが不都合を引き起こした事は一度も無いので、周囲は軽く見ている様だが

この事を重く見ているのは、家族と一部の事実を知る者達だけ

俺を含むその者達は、アイギナに止める様に何度も説得を続けてきた

この近衛隊長もその一人だ


「何を暢気な……一国の王女がこの様なバカな真似をしているのを、このまま見過ごされるおつもりか」


外に声が漏れるのは拙いので幾分か抑え気味だが、寧ろ憤りが増した様に聞こえる声で、俺は糾弾された

その事を不敬とは思わない

娘の為に臆する事無く、これだけ怒りを露わにしてくれる存在を、有り難いとすら思っている

だが、それと実際にアイギナをどうにか出来るかというのは、また別の話


「しかしな……アイギナにはアイギナの考えがあるようだし……今のところ実害も出ていないしな……」


俺とて、どうにか出来るならどうにかしたい

だが、実害も無い現状で、更に何らかの一念をちらつかされては、あまり強く抑え付ける事も出来ないのだ


「悠長な……ですから、実害が出てからでは遅いと、再三申し上げているではありませんか。私は、王族警護の責任者でもあります。警護対象の方から、いざという時にお傍に付けない状況にされては堪ったものではありません」


それは理解出来る

肝心の時に責任を取るのは自分なのだから、せめて自分の能力の範疇に居て欲しいという事だろう

自分が中庭を見下ろす状況で、警護対象が中庭で襲われても自分は助けられない

だからこそ、自分が助けられる範囲に居て欲しいと

言ってる事は常識的だ

職務に対して、至誠忠実であると断言出来る

だが


「そうは言うが、そもそも見失わなければ、こんな事を言い争わなくてもいいんじゃないか?」


警護だからと警護対象を拘束するのは許されない

警護対象にも自由というものがある

便所へ行きたいと思い、一緒に付いて行けないから我慢してくれ、と言われても、はっきり言って困る

そういう事態を想定して、せめて同性を警護の人員に配置するくらいはするべきだ


この場合も同様の事が言えるだろう

警護対象が勝手に居なくなるな、と憤るのは道理だ

だが、これが初めての事では無いのだから、いい加減見失うなよ、と思ってもいいんじゃないだろうか


「それは……仰る通りですが」


俺の反論に言葉を返せない近衛隊長

俺の立場で、職務怠慢を指摘すればこうなるのは解っていた

だから、本当はしたく無かったのだが、どうやら俺もかなりイラついているらしい


「いや、俺も詮無い事を言った。アイギナには俺から強く言っておく。下がっていい」


「……は」


僅かな間の後、小さく了承の返事が聴こえた

やはり、不承不承という存念なのだろう


扉が開かれ、その向こうへ背中が消える

もう見慣れた光景だが、やはりその背の哀愁は心に滲み入るものがある


「……ああは言ったものの……どうするかねぇ」


食休みを終え、仕事を再開しようというところでとんだケチがついた

気分一つで仕事を左右する気は無いが、このままでは効率に関わる


「少し気分転換するか」


そう口にすれば、後は速いものだ

立ち上がり、部屋を出て、そこに居る近衛兵に留守にする事を伝える

こうすれば、来客は近衛兵は部屋へ誰も立ち入らせない


そのまま、特に何をするでもなく城中をうろつく

エドガーやリチャードに出くわすと面倒だが、奴らはとにかく非常に忙しい連中だ

リチャードはそもそも部屋から出られないし、エドガーはとにかくあちこちを飛び回る為、寧ろ遭遇率は低い

ヘクターなら、多少の気分転換は見逃してくれる


……こうして、様々な柵からひととき解放されて思い浮かぶのは、遠くに在る友人の事

西に東にと並び称された、国王としての俺と唯一対等である男


現代最高の魔法士 ラルオウム帝国皇帝クリストファー・ラルオウム

あれもまた、気持ちのいい男だった

金髪金眼で衣装もキラキラしい、目に優しくない男だ

だがその実は、性格は穏やかで、しかし締めるべきところをちゃんと理解している男だった

為政者として、非情にならなければならない事に哀しみを抱いている男だった

子供が好きで、嫁さんが好きで、それが高じて馬鹿みたいに子供を作った馬鹿だった

お前、毎年子供増えるって、子供産む嫁さんの事も少しは考えてやれよ

リアなんて、双子を産んだ後に、もう子供はいいわ、って言ったんだぞ

三人も産めば、それは俺としても十分だと思ったから、それには賛成だったがな


事情を訊けば、産後もかなりキツイものらしい

まあ、そのまま亡くなってしまう事もあるという話を聞いたから、相当なんだろうと思ったな


だが、そんな男はもう居ない

まだ確定ではないと言っても、状況がそんな甘えを許さない


ジャリ……


「ん?」


過日の残照に思いを馳せながら歩いていたら、何かを蹴飛ばす感触と砂利が擦れる音がした

その感覚に従って足元に目を向けると


「……なんで靴?」


そこには、靴底からはみ出る程に大量の砂利がくっついた靴が在った

その靴自体は、割と一般的な代物だ

だが

それがこんな所に脱ぎ捨てられているという事実が異常だった


「誰だ?こんな所に…………ここは……」


その靴を見ていた視線を、少し持ち上げると何やら先の地面が変な色に染まっているのが見えた

どうやら、知らぬ間に中庭の一つに行き当たっていた様だ

我が城は広大だ

城壁内だけでも、三部署の必要施設、城勤めの者達用の居住区、俺達王族の居住区、そして貴族共が屯する貴族居住区、治療院、治療院関連施設、食堂が存在している

それなりに計画的に配してはいるが、それでも雑然とする雑多さだが、そんな状況では建物に囲まれた庭園……いわゆる中庭は、それこそ幾つも存在しているのだ


俺が今居るのは、そんな中庭でも比較的人が出入りせず、しかしながら、そこそこ人目に付くという、奇妙な立地の場所だった

実際、軽く見上げてみると城の渡り廊下が幾つも目に入る

あそこもあまり人が通らないが、通った者が渡り廊下から外を見れば、中庭が一望出来るという、ちょっと気疲れした者とかの小休憩にもってこいの場所だ


そんな閑静な場所で見つけた異常

やはり、否応なく気になって仕方ない


「いや、そこはこの城の最高責任者として、そういうのはちゃんと把握しとかないとね、うん」


だから、これは俺の仕事の一つ

そう、自らに言い聞かせて、早速その異常の一つに手を伸ばす


「しかし、本当に何でこんな所に靴を脱ぎ捨てた……うごっ!」


(臭ぁ!!何だこれ!)


誰かが脱ぎ捨てた靴なら、そりゃあ多少なりとも臭うだろうと覚悟はしていた

だが、その手に取った靴から立ち上った臭気は、そんな覚悟の斜め上を行っていた


「……うぇぇ………何か酸っぱい臭いがする……これって、誰か吐いたのか?」


有り体に言えば、ゲロの臭いだ

勘弁してほしかった


「俺、飯食ったばかりなのに……」


俺はその靴から視線を、顔ごと逸らす

そうしたら、その先には例の色の変わった地面が……


「あれも、よく見たら何か固形物が混じってないか?」


確定した

誰か、ここで吐きやがった

そして、それを処理もせずどっか逃げやがった


「クソがっ……おぇ……」


いかん、本格的に嘔吐いてきた

とにかく、一旦部屋を帰ろう

気分が悪い


「部屋に戻ってから、ここの清掃をする様に指示すればいいか」


とりあえず、靴も汚いので放置する

何か、手が臭う気すらしてきた


「もっと早く投げ捨てるべきだった……」


ああ、実に気分が悪い

お茶でも淹れて、この不快感を流してしまうか


やる気も元気も失せ、力無く帰路を歩く

今の俺は、実に哀れを誘う出で立ちをしている事だろう


「ん?」


その時、視界の端に我が愛娘と友人の姿が映った

廊下を折れた先の廊下の窓の向こうに、一瞬映った様な気がしたのだが

気のせいかと視線を戻そうとしたところで、次の窓に二人の姿が映り込んだ


「というかサトル、仕事は?」


気分転換に歩き回ってる俺が言うのもなんだが、もう既に飯の時間は終わっている筈だ

このくらいの時間なら、とっくに昼の仕事を始めている頃合いなのだが


「お仕事サボって女の子とお散歩ですかぁ~?」


なんていい御身分!代わってほしいわ!


「俺もリアと楽しくお散歩したいねぇ……」


尤も、当の本人がそんなのするくらいならって人なんだがな

ああ、すれ違い生活……寂しい


「今晩辺り、ちょっと誘ってみるか?」


夫婦の夜の営みを計画しながら、前を歩く二人を尾行していると、途中のバルコニーへ二人して入っていった

しかも、アイギナから誘ってだ


「我が娘ながら、実に大胆だな。こんな人目に付きかねない場所でイチャつくつもりか」


これは何とけしからん

我が娘が人倫に悖る行いに手を染めようというなら、それを身を挺してでも止めるのが親の務め


「とりあえず、おっぱじめるまで覗いとくか……」


ほら、そんなつもりは無かった、至って真面目な話をしたかっただけなんだ、とかだったら申し訳ないじゃないの

そんな事態を避ける為に、決定的な瞬間をこの目で捉えるまでは、闖入を控える事にする


「それに、娘の成長を確かめるいい機会でもあるしな」


断じて淫らな感情からの行為ではない

……いや、それは本当にそうなんだけど


「まあ、本気でおっぱじめるなら、その前に止めるけどな」


流石に、婚約すらしてない男女がそういう事するのは問題だ

親としても、一人の大人としても見過ごせん


「……しかし、話が全然聞こえてこないな……もう少し大きな声で話してくれんかなぁ」


何か真面目な話をしているのは解る

アイギナが頭を下げた時点で、そんな甘やかな情事では無いとは解っていた

だが、どうにも全体像が掴めない

真面目な顔をしたかと思えば、悲し気な顔をして

しかして一変して楽し気に笑う

俺の娘はあんなにコロコロと表情を変える子だっただろうか


「情緒不安定なのか?」


まあ、怒らせると途端に理性を失ってしまう悪癖はあるが

それ以外では、割と落ち着いた淑女という印象だったんだが


「……だが、やはりサトルは妙だな……」


迷っている?躊躇っている?

アイギナに関しては、ああやって心を開ける相手が居るなら心配は要らないだろう

だが、サトルが心配だ

ただでさえ、急激な状況の変化で心が疲弊しているだろうに、この状況で更にアイギナの問題に関わらせて良いのか

自分の問題でも手一杯だろう


「暫く距離を置かせた方が良いのか……」


俺にとって、アイギナは一番最初に授かった子供だ

当然だが、それ以前に子育てをした経験など無い

だから、こんな状況でどのように対応すればいいのか、全く解らなかった


「あ、そんな顔を近づけて……」


行っちゃうの!?そのまま行っちゃうのか!?


年甲斐も無く、胸を未知への期待に膨らませ、娘と友人の情事を覗き見るおっさん

傍から見れば、最高に怪しいだろう事間違いなし


「ああ……アイギナ……耐え切れんかったか……」


さっきから顔を真っ赤にして、完全に思考停止に陥っていた我が娘は、遂に状況に耐え切れずに気を失ったのか、腰砕けに倒れてしまった

尤も、サトルがしっかり抱き抱えてくれたが


「誰だ!!」


ほっと一息ついたのも束の間

サトルの誰何の大音声が響き渡った

だが、それに応えるまでもなく、サトルは俺の姿に気付く


「………おっさん?」


いつも思うが、何で俺だけおっさん呼びなんだろうか

他の奴らは名前で呼ばれてるのに


「何してんの?」


すっごい胡乱な目つきで睨まれた

やっぱり、今の俺って相当に変なんだろう

自覚はしていたが、他者の視点からも同様に奇行と映っていると再認識させられると、若干気分が沈む


だが、このおっさんはそんな程度で落ち込むほど柔な精神はしていない

幸いなことに、丁度いい反撃材料がある

容赦なく使わせてもらおう


「ああん?午後の仕事さぼって娘といちゃついてた奴に、そんな口叩かれるとはなぁ……国王の勇名も落ちたもんだぜ」


楽しい

こうやって言葉を選ばず、軽口を叩けるのは実に心地良い


「それよりアイギナだよ、急に鼻血出して……怪我はしていない筈なんだが……何か持病があるのか?」


悔しそうに反論出来ないで居たサトルが、唐突な話題転換を試みた

とはいえ、事がアイギナの話では俺としても食い付かざるを得ない


(しかし……鼻血だと?)


アイギナに持病など無い

我が愛娘だ、そこは断言しよう

強いて言えば、癇癪を起こしやすい事とそうなると理性を吹っ飛ばす点だが……

それが問題になった事は無い、身体にも異常は無いとの事なので、そういうものと受け入れた

なので


「無いよ、そんなもん。アイギナは健康そのもの。どこに出しても恥ずかしくない愛娘よ」


正々堂々と娘自慢を謳い上げる事にする

そこに修飾の一切は無い、混じりっ気無い本音だ

だからこそ、鼻血出したと聞いて少し心配が胸中に産まれた

しかし、直ぐに消え去ったが


(はは~ん……アイギナめ。惚れた男に急接近されて、興奮して粗相したんだな……全く、仕方ない娘だ……)


実に可愛らしい反応を示したのだと、すぐさま理解に至り、思わず表情がにやける

或いは、ずっとにやけていたのかもしれないが


何せ、さっきからサトルが凄い苛立っているのが伝わってくるから

俺に恥ずかしい青臭い場面を見られて、そのうえ揶揄われて


(ああ、相当にキテるのが理解出来るなぁ)


揶揄うのは楽しい

揶揄われるのも楽しい

それが出来る相手が、最早愛おしいとすら思えるほどに


それから、サトルとひと悶着あったが、それも仕方ない

揶揄えば反発はあって然るべきだ

それもまた楽しみである


「……少し、要らんことを言ってしまったかもしれんが」


サトルが妙に突っかかってくるのも相まって、ちょっと厳しい事を言ってしまった気もする

静かにその動静を見守ろうと決めたばかりなのに、この体たらく


「しかし、この状態のアイギナをおいそれと任せられるかと言われると、やっぱり無理だしな」


俺の腕の中で、鼻から血を流して気絶している馬鹿娘を見やり、そう再認識する

せめて、もう少し関係が進展しないと、とてもでは無いが預けられん

それに


「やはり、このところのサトルには覇気が足りない」


初対面で感じた、あの気概

上段に立つのは俺で、間違いなく俺に絶対有利な状況だった

それでも、一歩も退く事無く、真正面から渡り合い、望む結果を掴み取って見せたあの姿

俺が初めからそうするつもりだったとしても、あの結果は間違いなくサトルが動いて掴み取ったものだ


だからこそ、俺はサトルを心底から称賛するし、対等な存在として受け入れる事が出来る

一度は、俺の過ちでその心を圧し折ろうとしたが、それも奴は撥ね退けて見せた


だが、それとは全く無関係のところで、サトルはその覇気を失い、頽れてしまった

本人は無自覚なのか、平然としているが、傍から見ていればどうしても気になって仕方ないのだ


それが、どうにも悔しい


「そうか、俺は悔しいのか」


自問自答を続け、至った一つの答え

実に傲慢で、俺自身の一つの矜持を否定する答え


「はは……何が対等だ……」


何かをしたい

そして、何かを出来ない事を悔しがる

それは、相手を無意識のうちに見下しているからに他ならない

だから、施しをしたいと考えるのだ

そして、施しを受けてくれない相手を攻撃する


「ふふ……どうにも……上手くいかんな…………」


俺は、先代とは違う

傲慢が形を成した様な存在であり、怠惰そのものでもあったあの男

父親だなどと、ただの一度として思った事も無いあの卑劣漢


「…………」


腕の中で気絶しているアイギナを見る

その肩を掴む俺の手を見る


「…………汚い手だ」


今も落ちる事無く、黒いものがこびり付いている

それは鉄臭く、ねばつく脂の臭いがした


「ふぅ……いい加減、アイギナを起こしてやるか」


遠く過去に引きずられそうになる意識を、目の前の課題に目を向ける事で引き戻す

解決しない問題に、何時までもかかずらっていても仕方ない

生産性の無い事に関わっていられる程、俺という人間は暇では無いのだから


そうして切り捨てた過去が、何時か俺の寝首を掻きに来る事に怯えても

現実にそれが適う事は無い


「おい、アイギナ……起きろ、アイギナ!」


肩を掴む手で、その細身の体を軽く揺さぶる

リア譲りの大きなもの二つが、たったそれだけの事でぶるんぶるん揺れるが、俺にとってはただそれだけの事だ、欲情などしない

せいぜいが、リアのそれを思い出して少し興奮する程度だ


「……へへへ…………サトル~……なんて……へへへへへ……」


聞こえてきた寝言は、文字通り寝言だった

馬鹿な事を言った者へ、寝言は寝て言え、と返す事は往々にしてあるが、まさか自分の娘が馬鹿な寝言を言い出すとは……

そして、それをまざまざと聞かされる羽目になるとは


「だらしない顔しやがって……こら、起きろ!!アーイーギーナァー!」


ちょっとイラついたので、今度はきつめに揺さぶってやる

首が前後左右にガックンガックン振られて、首を痛めるかもしれんが、そんなのはお構いなしだ

痛けりゃ、後でリアに治してもらえばいい


「うっ……お父さ「起きろ!淫乱馬鹿娘ー!サトルとよろしくやってる夢見てんじゃねぇぞー!」………………とりあえず、待って……「起きろー!お前が別に怪我なんかしてないって事は、この父にはお見通しだぞー!」待ってって「待たん!」」


途中で起きた事には気づいたが、そんな事は知った事では無い

俺はただこの苛立ちを、アイギナを揶揄う事で癒すのみ


その当然の帰結として


「待ってって言ってるでしょ?お父さん」


アイギナが怒る事になっても


「おい、娘よ。父の頭を鷲掴みにするとはどういう了見だ?」


鷲掴みにされた頭に、アイギナの爪が食い込んで痛くても


「お父さんこそ、この状況はどういう事か教えてくれますか?」


いい加減止めないと拙いなと理解しても


「お前が愛しの男の前で鼻血を垂らして、気絶したので俺が後を引き受けて、お前を起こしたところですが?」


状況を説明したら、一発で沈むと判り切っているから止めないのだ


「……鼻血?」


俺の指摘を受けたアイギナは、徐に鼻の下を指で触る

ここで手の甲で擦らないのが、男と女の違いなのかな


「……血」


はい、血です

乾いた血が指先に少量付いただけだが、確信するには十分だろう

そして、確信したならその鉄錆びた臭いも自覚するに至るはずだ

つまり


「え?なんで血が?」


その疑問に至る

知らないなら教えてあげるのが、親の務め


「惚れた男に迫られて興奮して鼻血流して気絶したんだよ」


それがどれほど残酷な真実であろうと、この父親は躊躇する事無く言葉を飾る事無く、あるがままを伝えよう


「サトルはそんな破廉恥な真似はしません!」


かかったな?馬鹿な娘め


今俺は、過去に無いほどに悪辣な笑みを浮かべているに違いない


「サトル?」


攻めるのはねちっこく


「サトルって…………あれ?俺サトルが迫ったなんて言ったっけぇ~?」


言葉は陰湿に


「え?というか、いつの間に呼び捨てに!?お父さんビックリしちゃったなぁ~」


真意は悪質に


「そうかそうか……お前も、もう恋を知る歳か……うんうん、ここまで長い様で短い様な……不思議な気分だなぁ……」


表情は悪辣に


「ち、ちがっ……違うっ……!」


「何が違うんだ?え?サトルの事なんか別に何とも思ってない?ああ~!お父さんの早合点か!!こいつは失敗だった!スマンスマン!」


言い訳する余地など与えはしない

攻める時は徹底的に

これが俺の親心だ!


「だから違う!」


「何が違うんだ?え?言ってみろ?ほーらほらほら、言ってみな~?」


「……お……」


お?


「お父さんの馬鹿ーーーーーーーっ!!!!!」


「何だっ、ぉぐっ!!」


何だって?と訊こうとしたところに強烈な一撃が頬に突き刺さった

危うく舌を噛むところだった


「……行っちゃったよ」


まあ、怪我はしてないし、鼻血も止まっていた

初々しい我が娘に、せめてその恋に自覚をと思ったが……

どうにも、上手く行かないものだ


「…………帰るか」


いい加減、仕事に戻る頃合いだろう

流石に気分転換も過ぎる


アイギナの微笑ましい恋模様を思い描きながら、俺を待つ仕事の山の下への帰路に就く

そのアイギナが襲撃を受けたとの報告が入って来たのは、それから時間が過ぎ、遅い晩飯を済ませた後だった


おっさんは中年ですから、それなりに過去を抱えている訳です

先の政権に反旗を翻して、王位を簒奪した若きおっさん(意味不明)は、まあ何とも抱える何かがあるのですね


おふざけも大概にしろと言われかねないおっさんですが、そういう重たい過去も抱えて、それでも明るく楽しんで生きている

皆も、加齢臭がする、脂で顔がテカってる、もっと体型に気を遣ってほしい、盛大に屁をこくな、トイレの後が臭い、枕の抜け毛が酷くて皮脂臭い、加齢臭が臭い、顔を触った手がぬるぬるしてる、靴下が臭い、脇汗が酷い、とにかく色々と臭い

などと罵らずに、出来ればおっさんの行動で評価してほしい


とはいえ、おっさんはまだ30代後半ですから、まだ若いですが


おっさん擁護はこの辺にして

次回投稿は3月13日です

多分、おっさん視点が終わります

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