第六十九話
続きです
先導するエドガーの背を追い、治療院を出る
実に恥ずかしい事だが、出口への道筋は割と単純だった
途中で曲がりもせず、突き当たりを折れる程度で、それも二回だけだった
(ぶっつけ本番で適当に行っても出られたんじゃないか?これって)
だが、一度道に迷ってしまった経験がそんな冒険心の立ち入る隙間を与えなかった
それは別に良い
同じ愚を犯す可能性が高いと感じたならば、退く事は賢明だと言える
(それでも、賢明である事と恥ずかしいと感じる事はまた別物だな)
一緒に居るエドガーさんが、非常に口数の少ない御仁なので、俺は自分の思考に没頭するくらいしかする事が無かった
「マイシマ サトル」
「は、はいっ!」
だから、唐突に名を呼ばれて、素っ頓狂な声を上げてしまっても、それは仕方ない事だと言えよう
………言える筈だ
「そう畏まる必要は無い。少し時間をもらえるか?」
無表情な鉄の男エドガーさんが、その表情を引き締めた様に見えた
だが、その表情に恐怖は感じない
寧ろ、エドガーさんの方が、何やら躊躇している様に感じたのだから、逆に気が引き締まる思いだった
「……それは勿論大丈夫ですが……一体何の用事なのですか?」
とりあえず、畏まる必要は無いらしいので、少し無遠慮に用件を尋ねてみた
「先程、陛下が言っていた事だが、疲れたというのは嘘だな?ああ、責めている訳では無い、仮に責めるとしたら、そんな適当な誤魔化しをした陛下の方だ」
唐突な指摘だが、別段驚く事は無かった
気付かれない訳が無いと考えていたから、おっさん達は小芝居をうったのだと理解していた為だ
だが、その事をわざわざ指摘してくるとは思わなかった
……あと、おっさんはよくよく損な役回りの様だと再確認もした
「その通りです。ですが、それはエドガーさんも納得済みだと思いましたが……違いましたか?」
少し意地悪な返しをする
え?もしかして、皆が納得ずくで芝居をうってたのに気付かなかったの?それで自分だけが気付いていたと思い込んでたと?
という意図を込めた、揶揄と言うにはあまりにも皮肉めいた言い様だ
俺なりの諧謔という奴だ
この人ならちゃんと理解してくれるだろう、という一方的過ぎる信頼の発露でもある
「そう揶揄ってくれるな。当然その辺りは織り込み済みだが、これはただの話の切っ掛けに過ぎん」
「そうだと思いました。ですが、エドガーさんならもう少し直截に本題を述べると思っていましたが……」
暗に、それほど重たい話なのか?と問う
それくらいしか、この人が迂遠な話をする理由が思い浮かばなかった
尤も、それを断言出来るほど、この人との付き合いは長くないのだが
「それも微妙なところだ。お前にとってはそうでもないかもしれないが、俺にとってはなかなかに難しい話だと思う」
この人が、思う、なんて曖昧な言い方をするのも珍しい
少なくとも、俺は一度も聞いた事が無い
「とりあえず、話してみてください。何にせよ、聞いてみなければ判りませんから」
「……そうだな」
暫し口を噤むエドガーさん
俺はそれ以上急かしはしない
確かに気は急いているが、一分一秒を争う事態でもないのだ
「サトル、と呼ばせてもらうが、サトルはステータスを隠蔽する手段を持っているのか?」
ああ、そういう事か
つまり、エドガーさんは俺と同じ疑念を抱いたのだろう
ならば、俺が返す答えは決まっている
「いいえ。そんな手段は知りませんし、持ってもいません」
これは間違いなく事実だ
大体、そんな事をして何になる?
面倒ごとに巻き込まれたくない?或いは、自身の異常性を隠したい?
もう一度言おう、そんな事をして何になる?
逃避を悪だとは思わない
逃げ続ける事を良しとは思わないが、どんな困難だろうと無思慮に立ち向かう事は只の蛮行だ
大体、強者であるなら、その強さでもって道を切り拓けばいい
何故第一に考える事が逃避なのか
つまり、そこで逃避を選ぶ人間というのは総じて性根が弱者なのだと、そういう事だろう
闘志が足りない
克己心というものが足りないのだ
「そうか……俺はお前が自らを弱者と偽り、受けた理不尽な役目から逃げ出したのかと思ったぞ」
「残念ながら、理不尽には立ち向かいたくなる性分でして」
これは半分本当で、半分は嘘だ
どんな理不尽だろうと、害する様なもので無いなら無視が基本だ
だが、害悪を放置する様な真似は絶対にしない
だからこそ、あれほどに足掻いたのだし、今も片鱗を見出したかもしれない状況に気を急かしているのだ
「…………本当のところを告白すれば、俺はお前が俺達に取り入る為にそうしたのではないかと考えたのだ」
慚愧する様に吐き出された言葉は、しかし俺に深い納得を齎した
「ああ、そういう見方もありますね」
確かに、大国の重鎮たるおっさん達なら、そういう考えに至っても何ら不思議では無い
俺とて大財閥の跡取りとして、おべんちゃらで媚び諂う連中を多く見てきた
そういう連中に限って、益より害の方が大きいものだ
だから、より警戒心も強くなる
自分で言うのも何だが、俺はおっさん達と相当に親しくしている自覚がある
それは本当に有り難い事だと思うし、感謝もしている
だが、同時に無用心では無いかとも思っている
世の中は広い
多くの人が居て、多くの考えが渦巻いている
故に多くの技術が生み出される訳だ
それは、他者に取り入る技術についても同様の事が言える
何も媚び諂うだけが方法では無い
相手に好かれようとするという事は、能動的に行うばかりでは無い
そういう所作、言動、思想
その悉くを相手が気に入る様に振舞う事で、相手からこちらへ気を向ける様に誘導する
そんな技もあるのだ、恐ろしい事に
「……責めないのか?」
珍しい事もあるものだ、と思い、しかし
それは俺の思い込みから来る評価だと思い直す
「……随分と気弱な事をおっしゃいますね?」
だが、それでも意外であるという感想は変わらない
だからこそ、その驚きを隠す事無く、率直に表す事にした
「まあな……今日お前が道に迷って泣き喚いたのと同じだ。俺とて不安感に苛まれる事もあれば、弱気を見せる時もある」
「うぅっ……それを言われると……」
我ながら、うっかりと藪をつついて蛇を出してしまった様だ
「ふふ、冗談だ。子供は泣くのが仕事だからな。そして、大人はそうした弱気と戦うのも仕事の一つだ」
「そんな子供じゃあありませんよ。全く…………お話はそれで終わりですか?」
揶揄われた事に拗ねている、という態を見せて、話を切り上げる様に促す
別に、この人の相手をするのが面倒になったとかではない
丁度、話のキリも良いと思ったし、単に切り上げ所を見逃してグダグダと無駄話をするのが懸念されたからだ
「ああ、話はあと一つで終わりだ」
「じゃあ、さっさと済ませて下さいよ。俺も疲れてない訳では無いんですから」
拗ねた演技は継続だ
どこか柔らかさを感じる表情をしているエドガーさんを見れば、解った上で付き合ってくれているのだろう
申し訳なく思う気持ちはあるが、年上の器の大きさに甘える事にする
「それは奇遇だな。俺の話は正にそれだ。ゆっくり休め。必要なら、暫く仕事には出なくていい」
「え?」
「ではな」
俺の素っ頓狂な反応に、一切構う事無く踵を返して城へ向かうエドガーさん
その背をぼうっと眺めて見送る俺
「……クビ?」
一瞬脳裏を過ぎった最悪の展開
サボっちゃったよな、とか、ちょっと場を弁えなさ過ぎたか、とか
色々と調子に乗った事が失敗談として、思考の海で渦を巻く
「……いや、そんな感じじゃなかったな」
そんな渦巻も、反証ですぐに掻き消される
つまりは……
「気を遣われたって事だよな……」
有り難い話だ
自分を見てくれる人が居る
自分を心配してくれる人が居る
自分を理解してくれる、理解しようとしてくれる人が居る
「有り難い話だよ……本当に」
まだ朝も来ない暗闇の空を見上げて、独り言ちる
そうしなければ、目尻で存在感を示す水気が零れ落ちそうだったから
「ふぅ……久々に走ってみるか」
部屋に戻る為に、そこまでする気は流石に無かった
だが、この身の内に生まれた熱情は、そんな弛んだ考えを許さない
思えば、ここに来てから日常の中で駆け出すという事をした事が無かった様に思う
それは落ち着き故だったのか、或いは意気が衰えていたからだったのか
そんな今浮かんだような自問
しかし、その問いが浮かぶよりも前に答えは出ていた
「知らない内に、随分と萎えていたみたいだな」
確かに、ここでの体験はあまりにも理不尽に過ぎた
善き出来事は確かに在った筈なのに、それすら見えなくなる程の苦難に曝されていたように思う
現状は今も変わらず、俺を苛んでいる
だが、それだけではないという事に気付けた
背に一本鉄の棒が入った様に、背筋が伸びるのを実感する
目線が今までと違う、より多くの景色をこの瞳に映している
呼吸が変わった、今までは呼気の方が多かった気がするが、今はどちらも同じくらいに平衡が保たれている
聞こえる音がより鮮やかになった気がする
触れる空気の感触が心地良い
空気の匂いを意識出来る様になった
世界を現実的に捉える事が出来る
「陳腐な言葉だが…………俺は今、ここに生きている」
それをありありと実感している
失われていた現実感が戻って来た
征く道の先を確と見据えて、姿勢を変える
「よーい……ドン!」
自分で言ってりゃ世話無いが、残念ながらここには俺一人だ
全て自分で賄って……確実に世界へと足跡を刻み込む
俺は、ここに、居るのだ、と
顔面を叩く風が気持ちいい
振る腕に絡みつく風の重さが気持ちいい
地を踏みしめ蹴りだす感触が気持ちいい
少しずつ狭窄していく視野はゴールだけを目指す感覚を呼び起こす
そして、ゴールに辿り着く
「ふぅー……」
軽く一息
それだけで、僅かに乱れていた息は許容範囲に整えられた
「そうだな……こんなところにも、おかしな点はあったんだ」
身体能力が落ちているなら、今こうして大して息が乱れていない事は明らかにおかしい
どんどんと反証が見つかる
だが、今の俺はそれだけで喜ぶ気にはなれなかった
「アイギナだ。アイギナに使えなきゃ、意味は無い」
見つかったそれは、確かに俺だけの事を考えれば朗報間違いなしだろう
だが、最早それだけでは足りなくなってしまった
同志を救う
俺の味わった苦しみを、彼女は十年以上味わっている
看過など出来はしないし、する気も無い
とはいえ、ここで意気軒昂としていても何にもなりはしない
鍵は目の前に
俺は自室の扉を潜り、机の、殆ど使わなかった抽斗を開ける
「……こいつだ」
俺を地獄に貶めた権化
手のひらより少し大きい石板
それを手に取る
そこに躊躇いは無い
側面の突起を押す
何の抵抗も無く突起が押し込まれ、直後に石板が光を放つ
そこに示された数字は、俺の予想を確信に変えた
襲撃者を制圧し、疲労による昏睡から目覚めた後のこの数話
目指したのは、理くんの内面の変化を描くこと、です
それを感じて頂けたなら、幸いです
さて、次の話で理くんが、自分の身体能力値の異常を目の当たりにします
公園迷宮の受付で露呈してから、実時間にして一年半くらいですか
三十五話の最後だったはずなので、それくらいですね
長い事書いてると再認識すると同時に、展開の遅さに驚きを禁じ得ません
いえ、知ってましたが、実際に指標となるものを見ると、やはり思うところが有ります
多分改善は無理でしょうけども
次回投稿は2月13日です
213……ニイサの日ですかね
どうでもいいですね




