第六十七話
続きです
「それで?ヘクターからの話って事は、軍関係か?」
リチャードが出る幕ではなく、エドガーさんが静観し、おっさんとヘクターが知っている機密性の高い情報とくれば、自然と軍関係であると察しが付く
「……小さな範囲で言えば軍関係だ」
それに対するヘクターの返答は、今ひとつ要領を得ないぼやけたものだった
意図的にぼやけさせているのだと直感する
その様子に、まだ打ち明ける事を躊躇しているのだと感じた
「……治安維持の関係か?」
だが、俺としてもここまで踏み込んで、今更後退のギアなど残してはいない
申し訳なくも、徹底的に聞き出す為にあれこれと推測を重ねてみる
「……そうだ」
どうやら、一発目で大当たりしたらしい
小さな範囲で言えば、という事は、大きな範囲で言えば軍に限らない話という事と推測出来る
では、軍関係で大きな仕事と言えば何か
戦争と答える者もいるだろう
だが、それは正確ではないと思う
戦争とは最終手段であり、最悪の外交手段だと評される事がある
他国に対して戦争という手段に打って出る時点で、外交としては失敗しているという理由からだが、そういう最悪の場合に行う戦争と言うものが、軍の最大の仕事と言えるのか
軍、もっと言えば暴力装置が必要になる場面とは、戦争だけか
答えは否である
これは軍と言う特殊な組織に限る話では無いが、緊急性の高い、或いは非常性の強い事態と言うのは、確かに大きな資財が動き、大量の人材が動き、多くの衆目が集まるが、それはあくまで一時的なものであり、それが真の設立目的と言う訳では無い場合が殆どだ
ヒーローアニメやロボットアニメの様に未曾有の危機に備える組織など、現実には金食い虫でしかない
では、軍と言う組織の設立目的とは何か
それは、治安維持活動にある
国内での犯罪行動の取り締まりや、ちょっとしたご近所トラブルの仲裁、自然災害発生時の民衆の避難誘導や救助、被災地の応急的な復旧活動
極端な例では、間諜の類の捕縛や破壊工作の阻止などと、その活動内容は多岐に亘る
戦場行ってドンパチするだけが能ではないのだ、軍人という職業人は
それだけ多岐多様な軍の業務を知っていて、なお戦争こそが最大の仕事だと思える方がどうかしている
そして、治安維持活動というのは軍のみで行えるものではない
地域の有力者や集団だけでなく、地域住民の協力も当然必要になってくる
また、財力も必要だ
軍で用いる資材は、空から降って現れる訳では無い
既に在る物を購入するなり、注文して作ってもらうなりして入手している
軍の人員、軍人もただ働きなどしない
それなりの給金無くして動かせる人間など、ある程度成熟した社会には居てはならない
地域の有力者や集団、地域住民とのコネクションは行政が
財布は財政が
それぞれ強固に職域に収めている
故に、行政財政との連携は必須だ
逆に戦争となればそれらを軍が一時的に接収する事態も起こり得る
ならば、感情や思想を抜きにしても、ヘクターの言葉に合致するのは治安維持活動だとするのは、それほど的外れな理屈では無い筈だ
「現在、軍では対人戦のマニュアル化を急務としている」
そんな俺の長ったらしい思考を、ヘクターの言葉が断ち切った
だが、それは興味を惹かれたとかそういう良い意味では断じてない
逆に、あまりにも抜けた内容に、悪い意味で度肝を抜かれた為だ
「は?」
一瞬どころではなく、二、三度考えてみても、その言葉の裏の意味が理解出来ず煩悶とする
もしやそのままの意味では?と何度も行き当たるも、そんな馬鹿なと即座に否定する
だって、まさか治安維持組織としての軍を思った直後に、その軍に対人戦の教本が存在しない、みたいな事を言われたのだ
そんな馬鹿な話は無い
「あ、今までの教本は、おっさん達からすれば抜けがあったとか……そういう事?」
確かにそれなら在り得る話だ
目の前のおっさん達は、俺から見ても相当な実力者と判る
そして、おっさんは旧体制を打倒して現体制を築いた
つまり、旧弊に於いては軍の治安維持組織としての面が大いに損なわれていて、過去の人間が蓄積した多くの技術や知識が喪失していたとしても、何も不思議ではない
政治腐敗が最も強く実感出来る事とは、即ち軍部の堕落である場合が多いからだ
その堕落の中で、質実剛健な技術体系が失伝するという、最低の事態も起こり得るかもしれない
そうでなくとも、そうした旧体制の遺産を快く思わない為政者は多い
負の遺産として、一切を刷新しようと考えてもおかしくはあるまい
「?いや、そもそもそんなものは無いのだが?」
だが、俺のそんな淡い期待と理屈は、ヘクターの言葉が切り捨てた
それも、さも当然の常識を語っている風で言うのだから、俺の常識こそおかしいのかと、思考に混乱を来してしまった
「い、いや……いやいやいや!待て待て待て待て!!それで!どうやって今までやって来れた!!犯罪者は!?間諜は!?」
犯罪者を捕えるのに相手を無力化しない訳が無い
無力化するには交戦する必要がある
それは他国のスパイも同様だ
言葉で言って聞かせれば出ていきました、めでたしめでたし
などとなる訳も無い世界で、相手を無力化しないで済む訳が無い
そして、相手を無力化するというのは、本日の出来事で俺が大層苦労した様に、決して容易な事では無い
犯罪者やらの輩は、往々にして往生際が悪いもので、もうどう抗っても無理というところまで追い込んでやらないと、何かしらの抵抗を示すのが常だ
故に、徹底した無力化が求められるのが常であり、それこそが治安維持組織の暴力的な側面の業務である
そして、業務として行う以上、そこには確かな技術が発生する
組織としての歴史が長ければ長いほど、その培われる技術という伝統は、他に代えがたいほど貴重な財産となる
それが無い?
無くしたや刷新したではなく、そもそも初めから存在しない?
「………それは、まあ、適当に、な?」
………………
「な?じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええぇっぇえぇっぇぇぇええぇぇぇえええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
舐めてる!
こいつら人間を舐めてる!
(いや落ち着け俺……be cool……be cooool…………)
そうだ、詳しく……詳しく聞き出さないと
「な、何故怒鳴る!?」
「そんな涙声をアンタみたいなおっさんが出しても見苦しいだけなんだよ!」
「そうだそうだ!もっと言ってやれ!!」
「…………」
「え、ええと……あ、あまり大声で叫ぶのは……周りに迷惑が……」
慌てふためくリチャード
黙して語らぬエドガーさん
そして、何故か囃し立てるおっさん
涙声で抗議するヘクター
おっさんは後で締めるとして、問題はヘクターだ
だが、リチャードの言う事は道理だ
今は深夜、ご近所迷惑になるから大声は控えよう
「リチャード、お茶は?」
「え、要るの?もう……陛下は言う事がいちいち、冗談か本気か判り難いよね……解ったよ、少し待ってて」
…………
おっさんは後でキツく締め上げる
「あ、皆も要る?ついでだし、必要なら皆の分も淹れてくるよ?」
「頼む」
「あ、ああ。俺のも淹れてくれ」
エドガーさんとヘクターがそれに返答する
そして俺は……
「あ、あの……サトルはどうする……?あ!僕の淹れたお茶なんて要らないよね!ゴメンね、ゴメンね!」
「…………お願い」
「……え?」
「俺の分も淹れてくれ、頼む」
やっぱり、これだけ話してると喉が痛い
口の中が乾いて舌が貼り付く
端的に言って水分が欲しい
なので、応と答える
「あ……う、うん!僕の淹れたお茶なんかで良ければ、何時でも!あ、ま、待ってて!直ぐに淹れてくるから!」
何がそんなに嬉しいのか、弱気な声色が一転喜色に彩られ、その心の赴くままに部屋を駆け出ていった
しかし、あの態度は……
「アイツ、僕の淹れたお茶なんてとか、僕の淹れたお茶なんかとか……それを俺達に飲ませようってのかよ……」
「何時もの事だ……言わんとする事は理解するがな」
「なんかアイツ、俺に対する態度とサトルに対する態度が違い過ぎじゃないか?俺国王、この国で一番偉い人。もっと大事にして?」
謙譲も過ぎれば卑下と為り、卑下が過ぎれば不快感を与える
確かに、リチャードの言い様は、聴く人によっては不快に思うだろう
とはいえ、多分に揶揄いの気配を感じる声色は、本気で不快と感じている訳では無さそうだ
そして、おっさんは後で潰す
「ヘクター、続きだ。軍内部で対人戦のマニュアル作成をしているんだったな。具体的には何をしているんだ?」
先ずはそこからだ
どんな内容が飛び出すか……
正に、鬼が出るか蛇が出るか
「今は犯罪者の無力化についてだな……殺してしまう訳にはいかんので、なかなかに難渋している」
「まあ、そう簡単に殺せんわな……」
悪人発見→即時抹殺
なんて事を組織立って行えば、後に待つのはぺんぺん草も生えない荒野だ
故にこそ、武の神髄が光る
戈を止めると書いて武と読む
無辜の民を守る事こそ武の本懐
その方面は、正に本領だ
(ん?妙だな……)
この世界に於いて、戦いは生きる事と直結している
ならば、武技など吐いて捨てる程在るだろうし、武術そのものも相当に洗練されている筈
(いや、そうとも限らないのか?)
そもそも生み出す者が居なければ、それがどれ程有用な代物だろうと存在する筈も無い
つまり、この世界には武術を生み出す母体が存在しなかった?
(しかしそうなると厄介だな……)
俺という武術家は実に半端だ
まず、特定の門派に所属していないし、所属していた経歴も無い
また、俺の使う技の数々は、殆どが自前だ
多くの武術家を見せられて、その上で有用と思った技を、自分なりに解釈して身に着けた半端な代物だ
例えば、今日多用した投げ技の数々も、投げの基本となる理屈を自分なりに解釈して、それに従ってその場の思いつきで行使したに過ぎない
そういう意味では、今日の俺は投げこそしたが投げ技を用いた訳では無いという事になる
本当ならそんな事は通用する訳も無いのだが、速さで翻弄し僅かな隙を突くなり、隙を作るなりして成功させただけ
結果が得られるなら、と過程を蔑ろにしているのが俺の戦い方だ
(一から武術を教え込むとか、多分出来ない……)
「はい……サトルの分だよ……美味しいと良いんだけど」
思考に没頭していた俺の前に差し出された一組のカップとソーサー
湯気の立つカップからは、いい香りが漂ってくる
「あ、ああ。ありがとう、リチャード」
不意を突かれて、少し噛みながらも礼を述べる
受け取ったソーサーは、少しカップの熱が移って仄かに暖かかった
だが、まだ結構熱そうだったので、手近な机に置く事にした
「どういたしまして……」
ニッコリと、無邪気な笑みを浮かべるリチャードは、とても他の三人と同じくらいの歳のおっさんには見えない
なかなかの美形で、ご多分に漏れず痩身の為、やはり相当に若く見える
こっちの人は、醸し出す雰囲気が無いと実年齢を推察しにくい傾向がある様に思う
「こっちの子はどうしようか……?一応淹れてきたんだけど……」
リチャードは、手にしたトレイに載せられた五つのカップの内、一つのカップを見やって、それをどうするか扱いあぐねている様だ
どうやらアルベルトの分も淹れてきたらしいが、当のアルベルトは今だもって意識を飛ばしたまま
そこまで衝撃的な光景だったのだろうか、俺には解らない
「勿体無いし、とりあえず置いておけば良いと思うぞ。この様子じゃあ、答えが返ってきそうに無いしな」
「うーん……そうだね。飲まないなら僕が飲めばいいんだし」
それはそれでどうかと思うが、淹れた当人がそれで良いと考えているなら、俺が言うべき事は無い
俺の言葉を受けたリチャードは、俺がお茶を置いた隣にアルベルトの分を置く
そして、踵を返しておっさん達にお茶を配った
「リチャード……」
「うん?何、陛下」
受け取ったお茶を見ながら、何やらおっさんが声を上げた
正直不安しかないが、何もしていない内から決め付けで非難するわけにもいかない
一先ず静観する
「何でサトルからなんだ?」
「何が?」
どうでもいいが、リチャードが妙に強気だ
これが気心の知れた仲という奴なのだろうか
「俺達の前をわざわざ通り過ぎてまでサトルから茶を渡す理由はなんだ?」
「ああ、そういう事」
なんかおっさんの言い分って、老害染みてる気がする
上座は目上の人に譲れ!とか、若者が優先座席に座るな、年寄りに譲れ!的な雰囲気を感じる
正直、あの手の礼節は俺には理解出来ない
一応一通り身に着けているが、俺自身は別に上座でなくても何ら気にならない
そんな過程に拘って、結果を得られない事こそを危ぶむべきだ
「そういう事ってお前」
「逆に訊くけどさ?そっちを優先する理由って何?」
「え?」
「いや、だから、そっちを優先する理由」
「いや、俺」
「俺国王、とか言わないでよね?そんなの、この場では大して意味無いよ?」
「いや……そうだけど……」
「じゃあ何?」
……………凄い光景を見ている
俺に対しては大層に気弱なリチャードが、というか基本おっさん連中にも気弱な対応のリチャードが
これほどに強気に押せ押せするなんて
正直驚いている、止める為に口を挿むことも出来ないくらいに
「で、何?」
「いや……そうだ、お前の方はどうなんだ!?ちゃんとした理由が有るんだろうな!?」
実に情けない無様を晒すおっさんに、少しだけ呆れる
少しだけなのは、もう大分呆れているからだ
「あるよ」
「え?」
「だから、あるよ、って言ったよ?」
「本当に?」
「こんな直ぐにバレる?吐いてどうするのさ」
「………」
「言おうか?」
「………いや……いい」
「そう。なら、少し冷めちゃったけど。はい、お茶」
「……どうも」
「うん?何だって?」
「……いや、だから、どうもって」
「僕がおかしいのかな?お礼って、そんな言葉だったっけ?」
「………」
「あれ?でも、サトルはありがとうって言ってくれたしな~?」
「…………」
あ、プルプル震えだした
しかし、なんともねちっこい攻め方するな~
尊敬しちゃう
「ねぇ、陛下?陛下はどう思う?」
「…………ありがとう…………」
ちっさい
ヘクターはお茶を堪能してるし、エドガーさんも黙ってお茶を飲んでる
アルベルトは変わらず意識を飛ばしてるし、俺は我関せずと沈黙している
そんな沈黙空間だから、何とか聞こえるくらいの極小声で呟かれたお礼の言葉
(俺が同じことしたら母さんが激怒しそうだな)
この辺の最低限の礼儀作法に至極うるさい母親を思い、少し懐かしい気持ちになる
「………はい、どういたしまして」
だが、リチャードとしては、これでも構わないらしい
にこやかに微笑んだその姿は、幼子の世話をするお父さんの様だ
(というか、おっさん今まさに教育されてるんじゃ……)
などと思うが、口には出さない
言わぬが華とは、こういう時に使うのだろう
(それより考えるべきことは他にあるよな)
リチャードさんの新たな一面を垣間見ました
人間って奴が単純に出来てれば、それはそれで楽なんですがね
そうでないのが人間で、そうでないから色々苦労するのが物語を創作するという事な訳です
軍隊が対人戦を教化出来ないと言う事は在り得ませんね
さて、この事が今後にどう繋がるのでしょうか
とはいえ、判る人には簡単に判る事でもあります
そこに、どう理屈を捏ね繰り回すか
それが私の、物語を創る上での楽しみです
次回投稿は1月30日です
一年の1/12が過ぎました、早いですね
この話はその様に、光陰矢の如しとはいかない遅々とした進行具合ですが、ちょっとした暇を埋める程度の役に立てれば、それで幸いと思いながら書いてます




