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第六十五話

続きです


「…………」


「…………」


………気まずい

いや、何か最近こんなのばかりじゃないか?

らしくない失態が続いている気がする

感情的になりすぎている


(……どうしたんだ、俺は?)


自分で自分の変化が理解出来ない


常に冷静で在れ


誓いを立てた日、そう自らに課した

今までそれを誤った事など無い、怒りを哀しみを喜びを楽しみを

表しこそしても、それに身を任せた事など無い

怒りを赫怒に

哀しみを哀切に

喜びを歓喜に

楽しみを快楽に

抱いた感情に耽溺する事無く程々に、必ず客観視する自身を残して生きてきた


(大泣きしたのなんて何時以来だ?)


自分が自分でない様な不安感が生まれる

変化を自覚出来ない

無自覚の領域で変化が着々と完了していく


「…………」


「…………」


内心の不安と大泣きした羞恥心を悟られない様、努めて表情を取り繕う俺

そして、相変わらず何を考えているのか理解させない淡白さのエドガーさん


両者の意図が奇妙に合致して、互いの間に会話が無いまま代わり映えのしない建物の中を進む

何度か階段を昇った事から、俺が居たのは地下階では?という疑念を抱いた

ならば、屋内が照明で照らされていた事も納得出来るし、窓が無いのも理解出来た


ふと、ある事が気に掛かり、今まで続いた静寂を破り質問を投げ掛ける


「エドガーさん。俺を探していたって言ってましたけど、一体何の用だったんですか?こんな深夜に直々に探しに行くなんて、ただ事では無いと思いますが」


そう、エドガーさんは世界一の大国カエシウス王国指折りの権力者の一人

この国の政治面を一手に預かる政務大臣だ

そんな人物が直々に、それも深夜に探しに出るなんて、普通じゃ在り得ない

故に、一度気になりだしたところで、即座に質問した

杞憂でも何でも無くただ事では無いのなら

そして、その事に俺が関係しているなら、早々に事情を聴き出しておく必要があると考えたからだ


「…………それは本気で訊いているのか?」


「え?」


いつも通り、感情の読めない表情と口調で

足は止めずに肩越しにこちらへ振り向いて、ただそれだけを口にした

俺の反射的な疑念の声など気にも留めず、また直ぐに前に向き直る


「あの……それはどういう……」


「ここだ」


更に問いを重ねようとしたところで、エドガーさんが立ち止まった

顔は横を向き、その先の扉を見ている


「…………ここですか?まだ治療院の中だと思うのですが……」


考え事や不安感を抱えながらだったが、屋外に出てはいない筈だ

少なくとも、治療院から城中へ続く渡り廊下等は無かったと記憶している

ならば、必然的にここはまだ治療院の中という結論になるのだが


「そうだ」


……そうですか

いえ、懇切丁寧な解説を求めていた訳では無いのですよ

でも、もう少し何かあってもいいんじゃないかなぁ……とか思ったり


「俺だ」


一言そう言って、遠慮の欠片も無く扉を開くエドガーさん

そして、躊躇いを微塵も見せず敷居を跨ぐ


「何をしている。入れ」


その堂々とした、というべきか、無遠慮な、というべきか、悩んでしまう立ち居振る舞いに、僅かに唖然としていた俺に、これまた端的な入室の催促の言葉が掛けられた

命令と思い違いしない程度には、この人との付き合いも慣れた俺は、その声に従い入室する

途中、背負ったままのアルベルトの事が気になったが、それは中に入ってから考えればいい事だと思考の片隅に追いやった


「よく来たな、サトル」


「調子はどうだ?サトル」


「あ、あの……ゴメンね?急に呼び付けたりして……ゴメンね、ゴメンね!」


中で待っていたのは、何れも良く知ったおっさん達

小さな机と付け合わせの椅子にそれぞれ腰掛けるその姿は、流石に堂に入っていて、一瞬だけ気圧された


「あ、ああ。調子は良いよ、っと……」


その僅かな隙に、ほんの少し力が緩んでしまい、背負っていたアルベルトがずり落ちそうになった

反射的に背負い直すのと同時に、その存在を思い出した


「……なあ、こいつはどうすればいい?」


ごく無意識のうちに連れ込んでしまったが、その想定外の存在をどう扱っていいか測り兼ねた俺は、この場を設定した連中に丸投げする事にした


「ん?……そいつはアルベルトか?」


その問いに答えて声を上げたのが、同じ軍部のヘクターだ

やはり、ここは軍部を取り仕切るヘクターに尋ねるのが筋だろう


「ああ、そうだ。気絶したこいつを、王妃様に押し付けられて、そのまま負ぶってきてしまったんだが、流石にこの場に居させるのは良くないか?」


何故気絶したかは説明しない

自らの暴力行為を喧伝する趣味など無いからだ

ただ、今在る状況に対する経緯と原因を、当たり障りのない程度に告げるのみである


「そうだな……」


何やら思い悩む様子のヘクター

即断即決とはいかない事なのだろうか?


「え、えと………あまり聞かせたくない話だし……この場には居ない方が良いと思うんだけど……」


弱気に意見を述べるリチャード

少し意外だったのが、こういう場で発言するという事

この人みたいな弱気なキャラクターなら、全体意見にお追従するだけでもおかしくはない


(弱気でも、別に黙って従うって訳でも無いのか……)


意外だが、良い発見をした


「別に構わんだろう」


そう淡白に告げるのはエドガーさん

どうしてもこの人を呼び捨てに出来ない

多くを語らないのに、その存在感はひたすらに大きい


「……陛下、私もエドガーの意見に賛成です」


ヘクターがエドガーさんの言葉に賛同する

いつの間にか多数決の様相を呈している

だが、おそらくそれは成立しない


「……理由は?」


この人、国王陛下がこの場に居るからだ

この場に居る四人と仕事をして少ししか経っていないが、一つだけ確信している事がある

彼らは国王陛下を中心として、強固な信頼関係で結ばれている

故に、最終決定はおっさんが行う事になるだろう


「あの場に居たのは三人。アイギナ王女、サトル、そしてアルベルト。サトルのみを呼んだのは、別に他二人を除外したからではありません。ならば、この場にアルベルトを同席させても、別に問題無いかと考えます」


「え、と……その場合、サトルがどう思うか、という問題がある……と思う、けど……」


「別に構わんだろう」


各々の意見が述べられる

おっさんはそれを聴き、何事か考えている様子だ


「サトル」


おっさんが俺の名を呼ぶ

俺はそれに、視線を向ける事で答えた


「アルベルトを起こしてやれ」


それが答えだろう

別に抗弁する様な事でも無いので、その言葉に従って背負っていたアルベルトを下ろして、気つけをしてやる

背中を痛めているかもしれないが、ここは治療院だ

問題が起こったら治療してもらえば良いだろうと考え、あまり加減はしなかった


「……あ……ここは……?」


しっかりと効果を発揮してアルベルトは目覚めたが、やはり即座に状況を理解するのは無理だった様だ

頭を左右へ振り、状況の理解に努めている

その様は、先程まで口論していた時とは大きく印象が変わって、なんだか愛らしさすら覚えた


「……陛下?将軍閣下……財務卿閣下……政務卿閣下……え?」


人物の判別は出来た様だ

次は状況の理解だが、流石に直ぐは無理の様だ

だが、のんびり待ってやる気は無い

何やら重大事が待っているみたいなので、余事は早々に片付けるに限る


「おい、アルベルト。情けないなぁ、お前。いつまでヘタってるつもりだ?この国の最高位のお歴々の御前だぞ?シャキッとしろ!」


気つけをした関係で、アルベルトの背後に居た俺は、床にへたれ込むアルベルトの両腋に手を挿し入れ立ち上がらせる

丁度、赤ん坊に高い高いをする感じだ


「ひゃう!?」


アルベルトが素っ頓狂な叫び声を上げるが、そんな事はお構いなしに


「情けない様を晒すな!そんな有り様だから、簡単に気絶させられるんだよ!」


理屈も何も無いただの精神論だが、喝破としては十分だろう

これで気が入らないなら、今度は尻でも叩いてやろうか

などと思っていたが、それは考えすぎだった様だ


「な……!?ま、マイシマ サトル!?え……ここは……あ、アイギナ様は!?貴様!アイギナ様をどうした!?」


意識がはっきりして直ぐにアイギナの安否を気にする点は評価するが、やはり能力不足の感は否めない

こんな奴で大丈夫か?という懸念が解消される事は無かった


「おい、そうやって八つ当たりも別にいいけどよ?この状況をちゃんと理解してから言えや?な?」


どうも、こいつが相手だと口が悪くなるが、初めの印象が悪かった上に、先の襲撃でその低能ぶりを見せられた事や、俺に簡単に気絶させられた事などが、どうしても認められず、否定的になってしまう


(……いや?そもそも、こういう輩に対して、俺はこういう対応をしていたか?)


ふと、そんな疑念が脳裏を過ぎった


「アルベルト!」


そんな一瞬の疑念は、ヘクターの怒声に掻き消される

俺に掴み掛からんばかりの勢いだったアルベルトは、その怒声に一瞬で居竦み、気を付けの姿勢を取った

条件反射的なものだろう、よく仕込まれていると言うべきか


「……げ、元帥閣下!?」


「まだそんな腑抜けた事を抜かすか!?」


ヘクターの怒声に拍車が掛かる

何か解らないが、ヘクターの逆鱗に触れる事が在った様だ


「御前であるのが判らんかぁ!?」


俺に対して怒鳴り立てたのは、あの謁見の時だけだが、こういう光景は軍部は割と日常だ

何か至らぬ事が在れば、怒声罵声がガンガンと飛び交う

非常に厳しい職場なのだと、常々思っていた


「!?も、申し訳ありません!!?」


俺を相手にしては傲岸不遜にも程がある態度のアルベルトだが、やはり軍所属の職業軍人だけあって、しっかりと強烈な縦社会の一部に骨の髄まで組み込まれているらしい

明らかに状況を飲み込めていない様子なのに、殆ど脊髄反射的に謝罪が口を突く様は、社会人の哀愁を感じさせ、少し物悲しい気持ちにさせられた


「ヘクター、今は良い」


そんな社会の縮図に、更なる上位存在の一言が降り注ぐ

言わずと知れた国王陛下のお言葉だ


「御意のままに」


先程まで、子に手を出された親の様な、鬼気迫る形相でアルベルトを怒鳴りつけていたヘクターが、その言葉で一転して表情を引き締め、何事も無かったかのようにその舌鋒を収めた


(”今は”良い……ね……)


これは後が大変だな、とアルベルトに同情的な心持になる

なにせ、俺が途中でアルベルトを背負っている事を思い出していれば、こんな事態にアルベルトが陥る事は無かった可能性が高いのだから


(そう考えれば、むしろしっかりと庇い立てるべきじゃないかとも思う訳だが……)


どうにもアルベルトに対しては好感情を抱けない出来事が続いていて、何かしらしてやろうという気分にならないのだ

なので、些か薄情だと思いはするが、ここは放置する事に決めた


「さて、仕切り直しといこう……ヘクター、進行はお前に任せる」


「承りました」


何やら始まるらしい

アルベルトは当然として、俺の参加も決定している様だ

別に逆らいはしないし、参加もするが、せめて一言尋ねて欲しいと思うのは傲慢な考えだろうか


「サトル。お前をここに連れて来たのは、先の城中での出来事について、当事者の目で見たものを訊ねる為だ。アルベルトは想定外だが、この場に居るならついでに訊き出す事にした」


「それか……話す事は勿論構わないが、ここまで仰々しくすることか?」


正直面食らったのは、およそこういう事には関係しないであろう財務のリチャードまで臨席している事だった

もし、リチャードが居らずエドガーさんも早々に退室していれば、この展開は容易に想像できたのだが……


「それだけ今回の事件が異常事態だと理解してくれ」


その表現に違和感を覚えた

確かに、最高権力者の実子が襲撃を受けるというのは非常事態である

それは疑い様が無いが、だからといって異常事態と表現するものだろうか

俺や百合、牡丹がそうだったが、ある程度の権威権勢を持つ者の親族には、常に危険が付き纏う

実際、幼い俺達には、外出時に護衛が、それと判らない様に付けられていたし、アイギナにはアルベルトが付いていた

おっさんの執務室に赴けば、部屋の前には必ず兵士が立っていたし、その兵士さんに逐一入室の許可を伺ってもらっていた

ヘクターやエドガーさん、リチャードの執務室へ赴いた時も同様だ


こうして多くの実例が見られる様に、立場ある人間やその親族というものには、必ずと言っていい程に護衛の存在がセットになっていて、危険人物や危険な事態に備えているものなのだ

つまり、ある意味そういった人達からすれば、今回の様な襲撃事件は日常の延長上にある出来事なのである

大抵の場合、事前に察知され未然に防止されるが、それだって防いだというだけで問題そのものが無かった訳ではない

故に、実際に発生した襲撃事件を非常事態と表現しても、異常事態と表現するのはおかしいのではないか?


(ダメだな……)


これ以上進めるには、判断材料が不足している

考えても答えに辿り着けないなら、この問題は一端置いておく事にする


「それで?何から話せばいい?」


そうと決めたなら、目の前の状況に集中しよう

早速、話を進めるべく質問を投げて掛けてみるが


「……」


「……」


「……」


「え、えっと……」


どうにも様子がおかしい事に気が付く

最も顕著なのはリチャードだが、他の三者も同様に戸惑いを感じている様に見えた


「どうした?」


たとえ様子がおかしくとも、何を話すべきかという胸の内の疑問を明かしてくれなければ、こちらとしてもどうにも答えようがない

なので、先ずはその妙な様子の理由を訊ねてみる事にした


「サトル……」


応えたのはヘクターだけ

或いは、進行を任されているという既成事実で、他の三人が押し付けたのかもしれないが


「様子がおかしいぞ。そんな妙な質問をしたか、俺は?」


俺としてはそんなおかしな事を言ったつもりは微塵も無い

だが、それぞれに言葉の受け取り方というものもあるだろう

それが俺以外全員が揃って……というのは、妙な疎外感を感じなくも無いが

まあ、生まれた世界が違うなんて前代未聞な関係性なのだ、その辺の理由だろう


「……怒らずに聞いて欲しい。いいか?怒るなよ?」


「はあ?何だ唐突に……」「いいから!怒るなよ?いいな?怒らないと約束してくれ……いいか?」


明らかにおかしい

ヘクターというおっさんは、ある意味おっさんよりもおっさんめらしいおっさんだと考えていた

……意味が解らんが、俺の中の理想的なおっさん像というのは、国王のおっさんの様な人間性の事を指す

皮肉屋で揶揄うのが好きで酒飲みで妙に人懐っこくて

それでいて、仕事では頼りになるし頼りにされている

そんな人間が、俺の思う理想的な中年男性像だ


ヘクターは国王のおっさんよりも、理想的なおっさんらしいと感じていただけに、この曖昧な、なんだか弱気な物言いは、どうにも引っ掛かりを覚えてしょうがなかった


「……ああ、解った」


不承不承の様に聞こえる了解の返事

だが、この人、いやこの人達なら、俺を怒らせる様な事は言わないという信頼で、白紙手形を切ったくらいの気持ちでの返事だ


「…………実はな」


理くんが判んねぇ判んねぇと言ってる事は、大体この第三部で解決します

それほど大した理由ではありませんが、一般的な常識とはかけ離れている事であるとも思います


そして、それがこの物語の肝の一つでもある訳です



さて、次回投稿は1月16日です

とても、とても寒いです

これを書いてる時、風邪をひいていますが、投稿される頃には治っているでしょうか

皆様も、体調管理はしっかりとしましょう

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