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第五十六話

続きです

前置き、みたいな感じ


憂鬱な気分で迎える朝というのは、非常に不快極まるものだ

掛け布団一枚取り去る事にすら、清水の舞台から飛び降りる様な気持ちで臨まなければならない


「とはいえ、逃げる訳にもいかないよな……」


何せ、昨日はあのまま誰にも会わずに自室に籠もり、食事も摂らずに不貞寝してしまったのだから

自らの非は理解した

それを謝罪しなければならない事も、また同様に理解している


「……あぁ~っ!!」


だが、これからの事を考えると、つい身悶えしてしまう

謝罪というものは、引き伸ばせば引き伸ばすほどし難くなる

その言葉の重みを、今まさにまざまざと実感しているところだ


そんな間も時間は刻々と流れ、無情に過ぎ去っていく

光陰矢の如し

放たれた矢は、決して戻る事は無い

そして、それに同調して主張を強める俺の胃袋

昨日の昼に食べたきりで、以降は水一滴も摂取していない

喉はまだそこまで渇いていないが、空腹はどうにも収まりがつかない


「……というか、朝ご飯はどうすればいいんだろうか」


普段はこの部屋まで持ってきてくれるんだが、昨日の晩は無かった

昼が無かったのだから、晩も無くても何もおかしくないのだが、ならば今朝はどうなんだろう


今更になって、昨日サボった事実が別の形で重く圧し掛かる

食べに行けばいいとは思うが、もし持って来てくれたら申し訳ないし

個人主義的に判断すれば前者だが、全体主義で見れば後者を無視出来ない


「はぁ……何時も持って来てくれる時間まで待つか」


この世界にも時計は在る

何と、驚く事に六十秒で一分、六十分で一時間、二十四時間で一日、三十日で一月、十二月で一年、六年に一度一月分が閏月で増える

と、ほぼ元の世界と同じ時間周期になっている

一年が三十日×十二月で360日、元の世界が365日

六年で360×2160、元の世界が2190

その差分三十日が閏月で追加されていると考えれば、実際の周期は同じとなる

正確には、元の世界も四年に一度の閏年に一日追加されるし、秒以下単位でずれているが、おおまかには一緒だ


これには流石に驚いたが、時差ボケが無い分、助かったという以外に特に思うところは無い

公転周期や自転周期が基準となっているのだから、所変われば品変わる、と言う様に、時間の流れそのものが変化する可能性は髙かった

そうなれば、まずここの生活に慣れる所から始めなければならなかった

一日48時間です、とか言われて、生活時間の一般的な割り振りは、朝12時起床、昼24時昼食、夜36時就寝、とかだったら、昼夜逆転どころか1日活動1日睡眠の不健康まっしぐらの最悪な生活を送る羽目になった事だろう

尤も、元の世界の感覚に当て嵌めれば、1日の3分の2を活動に、3分の1を睡眠に使うのが普通なので、32時間働いて16時間寝る、という事になるのか

リ〇イン有っても無理である、リゲ〇ンの効果は24時間だからね

明治期の紡績業の女工達の就業環境はもっと酷かったらしいが、現代人の感覚では一発レッドカード、即退場だ


「……そろそろかな」


何時も同じくらいの時間に給仕さんが食事を持って来てくれる

もうすぐ、その時間だ


コンコンコンコン


扉が四回ノックされる

ノックのマナーは作為的なものだ、と揶揄する事があるが、通説がある以上は無視するのはやはり問題だ

別に、何か小難しい所作を求められる訳では無いのだから、この程度ならわざわざ吝嗇になる事も無いだろう


ノックの後、静かにノブが回され扉が開く

日頃からしっかり掃除され、問題が在れば対処されているのだろう

扉からは異音が響く事は無く、静かに滞りなく開扉された


「お待たせしました」


いつもの女給さんだ

若くも無く、しかし老いている様にも見えない

所謂壮年期、というやつだろう

老いを見せず、最も精力溢れる年代だとされている


その辺は、まだ若年の俺には実感出来ない


「いえ、いつもありがとうございます」


これは定型句

こう言っては悪いが、彼女からは常に軽い敵意を感じるので、積極的に会話したいとも、また仲良くなりたいとも思わない

食事に毒を混ぜられる様な事は無いので、この程度の敵意はサラッと流しているが、今後強まる気配があったら、ヘクターに直訴するつもりだ

その前に警告はするが、結局はそれが最適解だろう


事実、彼女は俺のおべんちゃらに反応を示さず、黙々と持ってきた食事をいつも通りに小さな卓に並べる

いつも二、三皿なので、それもすぐに終わった


「では、失礼します」(………)


事務的な辞去の言葉に重なって、何か副音声が聞こえた気がした


(……そろそろ警告かな)


それは、彼女の敵意が強まっている証拠

近く、そこに殺意を混じらせるだろう

予め考えていた通りに、警告のち直訴を実行する事を選択肢に加える


「まだ聞こえていないし、早計か……いや、毒を混ぜられるのは勘弁だしな」


と、独り言ちるものの、毒を混ぜられる程になればすぐに判るので、それまで放置する事に決める


「………………………………………食事か」


昨日の昼の出来事が思い起こされる

瞬間、胃に蘇る不快感

だが、同時に胃は強く空腹を訴えてもいる


「どうしよう……」


と言うものの、結局は食べるしかない

腹が減っては戦は出来ぬ、の格言もある

幸いにして、献立はあまり具の多くないスープと小さく薄い肉を焼いたステーキの様なもの、そしてパン


(そういえば、この世界のパンってイースト使ってるのかな)


昨日食べた、米原謹製のパンはふっくら柔らかだったが、普段のパンはそんな事は無い

パンケーキをもっと固くした様な食感だ

柔らかさの表現をするなら、ふっくらというより、もっちりという方が近いだろうか


友人に料理人が居るが、俺自身は全く料理に明るくない

なので、幾ら考えても答えなど出ない

下手の考え休む似たり、という言葉に従い、さっさと食事を片付ける事にする


(そうだよ、変に頭を捻って考えをこねくり回すから、妙に気になってしまうのであって、逆に何も考えずに胃に放り込めば、毒では無いのだから問題ない筈)


その境地に至ると、不思議にパクパクと食事が腹に収まっていく

味は普通だ

不味いとは思わないが、特段美味しいとも思わない

舌を不快にもさせず、しかし喜ばせもしない

ある意味絶妙な味付けに、けれども感心する事無く食事は終了した


胃の不快感も無い、舌や鼻も同様に


「米原には悪い事をしたな」


なんか、昨日は悪い事し過ぎな気がする

そういう巡り合わせの日だったのだろう

確りと謝罪して、早々に気持ちを切り替えるとしよう


「く~~~~っあああぁぁぁ………!」


ぐっと身体を伸ばし縮め、捻り、折り畳み、と解して、調子を整える

幸い、寝違えたりはしていないので、善は急げと行動を開始する

食器はそのまま放置

下手に重ねておくと、寧ろ片付けにくいのだそうで、以降はある程度位置を整えるくらいで、後はお任せとしている

プロの仕事にケチをつけても仕方ない

結果が出ているなら、俺から言うべき事など何も無いのだ


部屋を出た俺は、本来なら各部署を巡り書類を掻き集めてくるのだが、今日はそれらは放り投げ、真っ先におっさんの執務室に向かう

今日この時間なら、そこに居る筈だ


今日の仕事を放り出すのには、ちゃんと理由が在る

昨日の事を謝罪するのは勿論だが、アイギナの事を訊ねる為だ


どうしても、アイギナの過去が気に掛かる

本来なら本人に改めて問うべきなのだが、言い難い事もあるだろう

本人に話す気が有るなら、それを知る人に問い質すのも、まあ悪くはあるまい


屁理屈だが、心苦しい真似をさせてまで聞き出すのは気が引ける

申し訳ないが、父親なのだからその口を割ってもらうとしよう


特に道に迷う事も無く、誰かに見咎められる事も無く、国王の執務室に辿り着く

流石にここまでの様に、この扉も気楽に通り抜ける、という事は出来ない


「舞島理、国王陛下へお会いしたく罷り越しました、お取り次ぎお願いします」


扉の前で部屋を守る衛兵さん

聴いたところ、かなりのエリートらしい彼に、そう請願する


もう何度も来て、完全に顔見知りだ

こちらの言葉を聴き洩らす事無く聞き届けてくれた彼は、そのままの姿勢で声を張り上げ


「陛下、マイシマ サトル殿がお越しです。陛下との接見を求めておられます」


とだけ告げる

その間、俺から視線を切っていない

心なしか、警戒心が強まっている気がするが、それが職務であるのだから、不快には感じない


「通せ」


部屋の中から、耳に馴染んだ声が聞こえる

許可を得た俺は、勝手知ったるとばかりに、案内を請わずにそのまま入室する

謝りに来ているのだから、ここは手順を踏むべきだと気付くも、時すでに遅し


「サトル、今日も仕事を放り出して、一体何の用だ?」


気のせいでもなんでもなく、その言葉は険しく、尋問の体を成している

流石に、連続して仕事を放り出したのは拙いだろう

だが、そんな事は百も承知している

故に、何ら臆する事無く予定していた話題を振る


「昨日の事だよ。どうしても、アンタと話しておかないと収まりがつかなくてな」


口調が悪いのも、全ては計算のうち

心情的には少し敵対寄りなおっさんに、怖じけた態度は逆効果だと踏んだ為だ

とはいえ、あまり強気過ぎても問題だ

俺は最低でも、昨日のサボタージュについてを弁明し謝罪しなければならないのだから


「……まあ座れ。茶でも淹れよう」


気分を害した気配は無い

副音声も聞こえない以上、敵対意識は無い、或いは極めて薄いと考えるのが妥当か


「俺が言う事じゃないが、仕事は良いのか?」


正にその通りだが、俺としては仕事の片手間程度に相手をされると想定していただけに、つい指摘が口を突いて出る


「ホントにその通りだな。だが、こちらとしても片手間に済ませられる用件ではないんだ。アイギナの事はな」


唐突に出るその名前に、胆が冷える

昨日の事、として言っていないにも拘らず、即座にアイギナの事だと判断したのは、優れた推察力故か、はたまた単なる思慮の浅い当て推量か

相手の能力を低く見積もって良い事など無い

より一層気を引き締める

俺としても、今日はなあなあで半端に終わらせるつもりはないのだから


「ああ、そういう事なら、有難く頂戴しようかな」


少し言葉遣いを引き締める

乱れた言葉は容易く隙を生む

隙は思考を乱し、相手には付け入る絶好機となる


「少し待ってろ」


そう言って、部屋を出るおっさん


(え?自分で淹れてくるの?)


それは些か行動的すぎないか?

これはもしかして、おっさんの盤外戦術だろうか

いや、確かに毒見とかの問題も、一から自分で用意すれば概ねの問題は気にする必要すら無いが


「気にしても仕方ないか」


そもそも、気を引き締める理由は論戦舌戦を想定してではないのだ

単に、重要な話だから

他意は無い

そして、大して時間も経たない内におっさんが戻ってくる


「待たせたな」


そうは言うが、別にそれほど待っていない

おっさんは全て顔パス可能なはずなのだから、移動も円滑だろう

入ってきたおっさんは、質素な、しかし見るものが見れば見事と唸る様な、控えめだが洗練された彫金の施されたトレイに、釉薬の色合いが美しく、素晴らしい曲線を持つ陶器製と思しきポット、同様に高級品と判る二つのカップを載せて、手慣れた手つきで持っていた


「サトルの茶の好みは知らんのでな。俺の好みで淹れてきた。茶菓子は無しだ」


朝飯を食べたばかりで、茶菓子は要らない

特別な茶の好みなど、そもそも無い

漂う香りも芳しい

元より文句など無い俺は


「いや、有り難いよ。持って来てもらったし、俺が注ごうか?」


その様に提案する

これもまた、他意は無い

純粋な感謝と気遣いだ


「そうか?じゃあ、頼もうかな」


おっさんも気安く受けてくれたので、腕の見せ所とばかりに、張り切って注ぐ

伊達や酔狂で上流階級の家に産まれ育ってはいない

この程度の嗜みはキチンと仕込まれている

尤も、百合は出来ないが

百合は伊達や酔狂だったんだな

その辺りは、叔母さんも苦慮していた


「慣れたもんだな」


おっさんが、感心した様に俺の手つきを見ている

少し得意げな気分になった



野郎が起床して移動するだけの話とか誰得なんだよ


一応、オースベルに於ける時間の単位と流れに付いても言及しています

単位は同じです

この理屈は大分前に後書きで書いた筈なので割愛します

割愛の使い方が違う気がしますが気にしたら負けです


時間の流れも同じです

文中に書いた様に、この世界に於いても時間の単位は完全に正確ではありませんが、そんな細かいことを気にすると禿げますので、一年は365日、四年に一度の閏年、くらいで思考は止めます


この辺りにも理由がありますが、割と物語には関わらない類の設定なので、いつもの通りにそういうものなんだな、と聞き流していただければ幸いです



次回投稿は11月14日です

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