第五十七話
続きです
いい感じに分割出来た気がする
おっさんの過去語り回です
「はいよ」
「お、ありがとさん」
友人同士でファミレスに居る様な、気安い応酬が交わされる
その空気に、気が緩みそうになる
だが、それも直ぐに改まる
「さて、注いでもらったばかりで恐縮だが、早速用件を訊こうか?」
おっさんが空気を引き締めたからだ
やはり一筋縄ではいかない相手
自然と気持ちが引き締まる
「ああ、と言っても、もう解っているだろうがな。改めて言おう」
そこで一つ息を吐く
「昨日の昼、昼食後の出来事だ。食堂からの帰りに、中庭でアイギナが数人に囲まれているのを目撃した」
この城中に中庭は複数在る
なので、どこそこの、と、大して城内の地理に明るくない俺が言い表す事は出来ない
だが、そこは重要では無いので、敢えて詰めはしない
重要なのは、この国の王女が大勢に囲まれたという事実だ
「囲まれた、と一口に言っても色々な意味があるよな?単にアイギナを慕って集まっていただけかもしれない。或いは、偶然行き交った、その瞬間を目撃しただけかもしれない」
指摘は尤もだ
だが、それらを否定する根拠は幾つかある
披露できるものを開帳しよう
「それは無い。アイギナは連中に取り囲まれ、俯いて堪えている様子だったし、俺が見付けてから実際に咎め立てるまでその状態は維持されていたからな」
”俯いて堪えて”のところで、おっさんの顔に不快感が僅かに表れる
それは、俺の心に喜々としたものを齎した
話を続ける
「事実だと仮定して話を進めよう。ならば、護衛は何をしていた?アイギナは俺の娘。当然、護衛は付けている。そんな事態になったとして、彼らが許す訳が無い」
ここまで話して、確信に至った事がある
これはただの確認作業
こう言ってはなんだが、おっさんは間違いなく優秀な為政者だ
一緒に仕事を……と言っても書類を運ぶだけだが、それだけでも能力の片鱗くらいは感じ取れる
そのおっさんが、あれほどあからさまな事を知らない筈が無い
なにせ、僅かな期間に二度目撃している
その二度が偶然の遭遇である事を考慮すれば、実際にはもっと頻度が多いと考えるのが自然だ
ならば、これはただの確認作業
俺がどこまで踏み込めるかを確かめているに過ぎない
事情を知っているか、だとして覚悟はあるか
恐らく、相応に根深い問題なのだろう
つまり
(おっさんは、アイギナがああいう事態になっている事、その原因も知っている)
その意図は理解出来ないが、是正せず放置している……かもしれないのは事実だろう
問題は割と難しいのかもしれないが
今知りたいのはそれではない
なので
「おっさん。この問題がどれだけ根深いのか、今はそれはいい。俺が知りたいのは別の事だ」
早々に話題を転換する
試されるのは別に構わないが、それは今でなくていい
俺は、アイギナから直接事情を話してもらった
正確には、詳細を話してもらえる予定だった、という大義名分が有る
はっきり言って、このことに関しては、おっさんの認可など必要としていないのだ
「……アイギナの過去か?」
そして、アイギナの父であるこの人は、それを理解している筈
もし理解していないなら、少し残念に思う
父親の心情など、今は斟酌する気など毛頭ないのだから
「それを知らなければ、話が進められない」
俺にとって、アイギナを取り巻く、貴族共の愚劣な思惑など知った事ではない
昨日の限りでは、排除も容易だろう
あれ以上が控えていようが、そんなものは考慮するに値しない
脅威は排除する
俺の大事な存在を脅かすなら、そこに容赦の入る余地は猫の額ほども無いのだから
だが、アイギナ自身が抱える事情はそうではない
彼女の心の重荷を取り払う
その一点は、現時点の俺の独力では不可能だ
とにかく情報
何は無くとも、まず情報が必要だ
「……分かった」
そうして、訥々と語られる話は、ある程度は想定していた通りだ
まず貴族の事
それは、おっさんが即位した頃にあった事に端を発していた
と言っても、大した事では無い
歴史の長い国なら、どこでも抱える内憂だ
政治的腐敗が横行していた王国を、おっさんが改革して、その折に旧体制で汚職に加担していた官僚役人を一掃したが、完全に払拭しきれずに、貴族という枠組みは残ってしまったらしい
尤も、現在の貴族に影響力は一切残っていないらしいが
そして、おっさんの嫁さん
つまり、あのナイスなバディの王妃様は、その貴族筆頭の家の出身らしい
権力掌握の為に子を王の伴侶にする、というのは実に普通の発想だ
実際、その事実を以て当時の王太子であったおっさんを傀儡にしようとしていたのだとか
その目論見が外れた理由は三つ
一つが、おっさんが改革の意思に燃えていた事
若い頃を探索者としての第一線で過ごしたおっさんは、王国に蔓延る腐敗を快く思っていなかったらしい
因みに先代国王、おっさんの父親は完全に貴族連中の専横を許していたそうな
その前も、概ね似た様なものだったらしい
二つが、現王妃様、当時の王太子婚約者様が、大層に変人だった事
彼女は、割と稀有な資質である回復魔法の適性があった
ただでさえ希少な資質であるのに、更に貴族という貴種だったから、相当に沸き立ったらしい
その辺も、彼女が王太子の婚約者として選ばれた理由だったらしいが、彼女はその回復魔法の追及にのめり込んでいた
様々な教育を早々に修めた彼女は、しかしその事実を隠匿して、回復魔法の研究に邁進したのだとか
王妃となる事も受け入れていたが、最優先は研究で、父親の思惑を蔑ろにしていたらしい
そうした事実も、そうと気付かれない様に表面上を取り繕っていたので、発覚が遅れに遅れてしまった
気付いた時には、王太子妃として手の出せない場所に居て、打つ手が無かったとの事だ
要するに、走狗としての教育に失敗した訳だな
そして、最後の理由
王妃様が、王太子妃の時に産んだ第一子
そう、アイギナだ
悉く策を外した王妃様の父親は、最後にアイギナに目を付けたらしい
まだ産まれる前のアイギナの教育を、何とか自分の息のかかった者たちで行う為に奔走していた
実際、執念とでも言うべきその策は実り、アイギナの周囲の全てを固める事に成功したらしい
そして、いざ出産となった
産まれた子供は、早速その資質を測られたらしい
そこは元の世界とは違って、明確な数字で表せるこの世界
実に容易く結果は導き出された
「アイギナの成長率は、まさかの5%。そうだ、サトル、お前と同じだよ」
……それに関しては、当然想定内だ
だが、一つ引っかかった事がある
しかし、それを指摘するのはよそう
言語は、必ずしも心情を正確に表現するものではないのだから
「サトル。お前も多少は経験しただろうが、低成長率で産まれるという事は、その後の人生全てを左右するんだ」
それはそうだろう
身体能力が数字で明確に表示出来るなら、それに沿って人生設計が行われるのは当然だ
この世界的に表現すれば、思考力が高くなると判っているなら、それに合わせた教育を施すだろう
元の世界なら高度な知的教育を施す
職業選択にも影響が大きい
より思考力を求められる職業なら、書類選考の時点で数字を以て取捨選択が行われるだろう事は、想像に難くない
逆もまた然りだ
より肉体的な強靭さを求められる職業なら、貧弱な奴は採用しない
そういう、ある種の人生的目標地点の一つである職業選択の時点で影響が大きいなら、それ以前の学校教育の段階でも、身体能力値は大きな判断材料となるのは間違いない
あれこれと言葉を捏ね繰り回したが、結論としては、俺やアイギナの様な人間は、先天的な社会落伍者だという事だ
少なくとも、周囲はそう見るし、周囲にそう見られれば社会で優位に立つ事など不可能に等しい
何せ、結果以前に機会すら与えられないのだから
「確かに。異邦人である俺ですら、相当に肩身の狭い思いをしたからな。この世界に生まれ育ったアイギナなら尚更だろう」
した、などと過去形で語るが、実際には現在も取り巻く環境は根本的には何一つ変わっていない
強大な庇護者が居るからこその自由であって、一度そこから外に出れば、相応の洗礼を受ける事になるだろう
庇護下に在ったからこそ、その反動で更なる脅威に曝される事も、十分に考えられる
「サトル、お前は最初から俺の庇護下に在った。お前がどう思っているかは別問題として、現実的にお前を含む異世界人達は、皆俺の庇護の下に在る」
それはそうだろう
俺も、庇護下に入る事を選択しただの、今はまだやるべき事がある、等と偉そうな事を考えていたが、実際には初めから今現在に至るまで、そしてこれからも、この国に居る間は絶対的に、このおっさんの影響からは逃れられない
今は守られているが、それはおっさんが俺達の味方をしているからで、もし仮に敵対関係になれば、その影響力は途端に牙を剥く事になる
「……これから明かすのは、俺の罪だ。俺がこれから生涯をかけて償うべき罪。アイギナと近しい境遇のお前だからこそ明かすのだという事は、前提として憶えておいてくれ」
罪
実に大層な言葉が出てきた
今この時間に対し、それだけの重みは感じていただけに、その程度では驚かない
不謹慎だが、寧ろ興味をそそられているくらいだ
「既に話した通り、俺は即位前後に旧体制打倒に向けて様々な行動を起こしていた。当然だが、幾世代にも亘って続いてきた旧弊を改めるのは簡単ではない」
その”幾世代”という言葉の中に込められた時間がどれだけなのかは知らないが、それが善きにしろ悪しきにしろ、長く続いている習慣を変えるという事には、相応の多大な労力が求められるのは間違いない
愚劣蒙昧の輩が惰性で続けている悪習だからこそ、英雄たちによる僅かな期間の活躍で改革が成せるのだ
これが、悪しき英傑との全面的な権力、政治闘争となっていたならば、一世代丸々費やす結果となってもおかしくない
革命とはそういうものだ
「幸いな事に、そうした旧悪は表舞台から一掃する事が出来た。後々も継続した暗闘の結果、現在は裏の権威も殆ど残っていない、一部の外部組織との繋がりが残るのみだ」
つまり、現体制の完全勝利という事だ
殆ど、という表現に不穏当な気配を感じるが、窮鼠猫を噛むという言葉もある
完全に追い込まれれば、どんな予想外の逆撃に転ずるかしれないと考えたのかもしれない
欠囲という戦術もある
もしかしたら、今はそういう最後の大勝負を仕掛けてくるのを、手薬煉引いて待っている時なのかもしれないな
「凄いじゃないか。如何に相手が愚鈍だったとしても、それほどの大勝を得るのは容易くは無かっただろう」
些か上から目線になるが、率直に称賛する
「ああ、探索者時代から、方々と繋がりを作って、優秀な人材を見付けて、自分を鍛えて……やる事は山積みだったさ。それは今もそれほど変わっていない。やはり、新しい仕組みというのは、完全に定着するのに時間がかかるものらしい」
「それは当たり前だろう。世の中は若い人間だけで回している訳じゃない。寧ろ大きな力を持つのはいつだって年を取った人達だ。おっさんの事だから、その辺もちゃんとした人を選んでいるんだろうけど、誰だって慣れた仕事の仕方を急に変えるのは厳しいさ。長年その仕事に携わっていれば尚更な。本当に定着するのは、そういう老練な人達が引退してからになるのは、仕方ない事だろうさ」
だからといって、初めからそういう熟練者を排除したら、今度は機構全体の習熟度が大きく減退する事になる
機構が長年蓄積してきた叡智というのは、それが悪弊だとしても割と馬鹿にならないものだ
特に、効率化という一点に於いては、先達の意見は大いに参考になる場合が多い
元の世界には、そうしたものを完全に否定し、旧体制の悪しき習俗と切り捨て完全に排除してしまった実例もある
「ああ、それは嫌というほど実感しているよ……話が逸れたな」
おっさんはそう言って、目の前のテーブルに置かれたカップを持ち上げ、口を付ける
何の茶かは知らないが、これも迷宮産なのだろう
上質な琥珀色の液は、芳醇な香りを辺りに振り撒き、俺の嗅覚から味覚を一斉に刺激する
「……美味い」
日本茶で無い以上は、啜って音を出すなんて真似は出来ないので、静かに口に流し込む
途端に口内から鼻腔へ向けて駆け上る甘やかな風味と、同様にほのかな甘さを感じさせる繊細な味が、味覚を歓喜させた
思わずこぼれ出た言葉は、間違いなく混じりっ気無しの本音だ
「そうだろう?これは茶の本場、ストローチアの大森林迷宮で採れる最高級の茶葉だ。高いんだぞ、これ」
何だか知らない固有名詞が出たが、お茶の名産地、みたいなものだろう
だが、これだけの味は素材だけでは出せない
「いや、これは淹れた人の腕前も大層なものだろう。水も厳選してるのかな……いや、美味いわ」
これは素直に称賛するしかない
淹れたのが、目の前のおっさんでもだ
「そうか?いや、今までは自分の為に淹れてただけなんだが、そう言われると悪い気はしないな。どうだ?もう一杯」
まっすぐな高評価を受けて、照れた様子でポットを持ち上げて、もう一杯、と勧めてくる
「酒じゃねえんだぞ。落ち着いて飲ませろよ」
その振る舞いは、紛う事無き酔いどれ親父のそれだ
俺の茶が飲めないのか!と絡み出したら、完璧に酔っ払いのヒヒ親父だ
「お、おお。そうか、そうだな」
だが、そこは流石に王様
酔っても無いのに絡みはしない
少しの間、ただ静かにお茶を啜りあう時間が流れた
いささか端折り過ぎた感がある
ただ、あまり詳細に語り過ぎても、それ関係ないんじゃ?と思えてしまって、結果かなり抜粋した内容になりました
回復魔法の素養が希少だと、文中にあります
実際にはそこまで希少という訳では無く100人に1人くらいの割合だと思って頂ければ良いかと思います
大きめの集合住宅に素質保有者が一人は居る感じでしょうか
ただ、それが貴族という閉鎖的な枠組みの中で、尚且つ最上位の家に産まれ出たという事実が希少だった訳ですね
以下は何の関係も無いと思われる余談です
次回投稿は11月21日ですから、興味ないやって人はここで終わって頂いて問題ありません
中世ヨーロッパに於ける大都市の人口は、多くても10万人程度だと言われています(極々一部は例外)
また、殆どが1万人から5万人くらいのと、現代日本人の感覚で言えば結構少なめです
それに当て嵌めるなら、カエシウス王国王都の人口は10万人程度が妥当でしょうか
ならば、内の回復魔法の素質が有る者は1000人弱という事になります
江戸時代の日本の総人口は3000万人程度らしいですね
そして当時の中心地であった江戸は人口100万人程だったというのは有名な話です
その例に当て嵌めるなら、カエシウス王国の総人口は大体300万人程となるでしょうか
とするなら、回復魔法の素質者は3万人程
割と多いですね
現代日本の医師数は約30万人、総人口約1300億人
医師一人が担当する人間は約43万人
対してカエシウス王国では、回復魔法使い一人が担当するのは100人
実に優遇されてますね
益体も無い事ですが、設定的には割と重要な位置にある情報です
今回の話と併せて考えると、もしかしたら成程、と考えが及ぶ人もいるかもしれないですね
尤も、歴史背景も地理条件も何もかも違う両国を、単純に比較する事自体が間違いなのですが




