第二十五話
仕事、難産、新しいゲームのジェットストリームアタックで、投稿がいつもより遅くなりました
一応予告した締め切りよりは早いので、許して下さい、何でも云々
「ア、アイギナさん!彼女を何とかしてくれ!」
なんて情けないと、自分でもそう思う
だが無理なんだ、こればっかりは
俺は、目の前で涙を堪える皇女様を前に、早々に自力解決を諦めた
そして、皇女様同様この数日、妙に関わる機会の多いアイギナさんに縋りついた
ここで一つ余談を
先程、俺はアイギナ王女をアイギナさんと呼んだ
同様に、アイギナさんは俺をマイシマさんと呼んでいた
これはここ数日の間にあった変化だ
その時の話もしておこう
彼女らとの付き合いは、この城で起居をし始めて二日目
俺達が召喚され、理不尽な仕打ちを受けたあの日から二日後の午後の出来事が始まりだった
今と同じく、俺は借りた本を書庫に返しに行く途中の事
この、俺の目の前で泣きそうになっている皇女様とアイギナさんが一緒になって俺を訪ねてきた
最初の台詞はこうだ
「貴方がサトルね!わらわはレイリア!偉大なるラルオウム帝国の第一皇女よ!」
初めっから、エクスクラメーションマークの多い皇女様だった
声はいいんだよ
普通に聞けば、健康的な中にも不思議な艶やかさがあって、正直明るいラブソングとか歌ったらかなりクるものがあると思う、失恋ソングもいいかもな
「レイリア。貴女、口調はそれでいいの?威厳は要らないの?」
そうツッコミを入れたのは、謁見の時に近衛兵に引きずられて行って以来、会う機会の無かったアイギナさんだった
そういえば、あの時は俺を庇ってくれたんだっけか
正直、俺の意図には反していたから、有難迷惑だったのだが、それでも礼は言わねばならないし、そうしたいと思う
「アイギナ王女。あの時は、つい邪険にしてしまいましたが、庇っていただいた事、感謝します。それと併せて、申し訳ありませんでした」
しっかりと頭を下げる
謝罪などは、思い立った時にすぐやらねば、何時まで経っても出来ないものだと教わった
また、謝るなら半端はするな、とも
だから、俺に出来る精一杯謝意を示す、言葉遣いもしっかり敬語だ
この場合、流石に土下座はやり過ぎだろう
相手に不快感を与えてしまっては、謝罪の意味が無い
「え?いや!あの、その、と、当然のことをしたまでで……それに、あの後お父様にも、もう少し状況を的確に判断できる様にならないと、ってお叱りを受けてしまって…だから、その…」
何やら、しどろもどろに言葉を発するアイギナさんが、妙におかしく、印象的だった
何やら最後の方で、少し落ち込んでしまったみたいなので、一応フォローしておく
「叱られてる内はまだ大丈夫だろ。そんな、落ち込む必要はないと思うぞ」
そう言うと、アイギナさんは、え?どういうこと?という表情をした
顔の造作が整っている為か、可愛さに満ち溢れていた
美女にはある程度慣れている、何せ俺の家族は軒並み美形揃いだからだ
更には、女性のあざとさを感じる仕草にも相当な耐性があると自負している
その俺をして、アイギナさんのこの可愛らしさは耐え難い輝きを放っていた
まあ、身のない賛辞はこのくらいにして、彼女の疑問に答える事にしよう
「叱ってくれるって事は、それだけ期待してくれてるって事だ。だから、それでやる気になるのならともかく、落ち込む必要なんか無いって事だよ」
「……そう、ですか…」
何故か、更に落ち込んでしまった
どういうことだろうか、と考えたものの、彼女を碌に知りもしない俺では答えを得られる筈もない、と早々に諦めた
引き際って大事だからね
「……ねえ?二人の時間も結構だけど、わらわの事をまさか忘れてないわよね」
知らぬ間に懐に入られていた皇女様は、多分に湿った目線をこちらに寄越してそう言った
……目線が湿っているのは、気落ちした事だけが原因ではない様だ
目が濡れている、寂しがりやか?俺と同じくらいの年頃に見えるが、その年齢でそれはどうなんだ
そう思ったが、口にはしないし、態度にも出さない
「ふ!?ふた、ふたたりのじ時間だなんて、なな何言ってるのよ!?レイリア!!?」
……何故かやたらと動揺するアイギナさん、綺麗な顔が真っ赤になってて少し面白い
その様子を見て機嫌が回復したのか、妙にニヤつく皇女様
その対比から、二人の関係性を察した俺は、口を出すととばっちりを喰らうと推測して、しばらく様子見に徹する事に決めた
「あらあら、そんなに慌てて。いつもの貴女ならこんな与太話、冷静に否定して一蹴するじゃない。それがその様、ま・さ・か、図星だって事はない、わよねぇ?」
すっごい生き生きした顔をしている皇女様、肌なんかつやっつやだ
片やアイギナさん、何か反論でもすればいいのに、完全に脳ミソが茹だってしまったのか、口は動けど喉が声を発していない
流石に息をしていない、なんて事はなかったので放置することに決めた
触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず、李下に冠を正さず
余計な真似はしないに限る
が、流石にもういいだろう
「それで、皇女様。俺に一体何の用だ?」
こちらから話を振る
何か用があるから、俺に声を掛けたのだろうし、アイギナさんに対する助け舟にもなるだろうと考えた
あと、口調は無意識だ、正直言った後に、やってしまった!と思った
「ん?サトルと話がしたかったのよ。他の異世界人達は皆忙しいだろうし、一番暇そうな貴方に声を掛けたってわけ」
そんな気持ちは、その言葉を聞いて吹っ飛んでしまったが…
俺が暇してる?他の連中は忙しい?
ああ、そうかもな、他の連中に比べりゃあ俺はなんて暇人なんだろう、泣けてくらぁ
でもな、俺だって何もしてない訳じゃない
この皇女様には恨みもないし、今の言葉にも悪意は無いのだろう
だが、悪意が無ければ許されるのか、いや許せるのか
そう自問すれば、返ってくる答えは否だ
勿論、許せないからって何か報復しようって訳じゃない
そこまで怒ってるって訳ではないしな
ただ、彼女に払う敬意が無くなったってだけだ
「……左様ですか。しかし、大変心苦しいのですが、私は今、別件の用事を抱えていまして。話にお付き合いする事が出来ないのです。申し訳ありません」
表面上は取り繕っているが、内心ではかなり扱いが軽くなっている
今も、相手するの面倒くさいからパスだな、なんて考えてるくらいだ
「そう……残念だけど仕方ないわね。突然の事だもの、仕方ないか…」
残念そうにしていても、俺の心は小揺るぎもしない
家族には心を砕く俺だが、基本的にそれ以外に対しては淡泊だ、薄情と言い換えてもいいかもしれない
この時も、もういいからどこか行ってくれないかな、と考えていたのだから、相当だと自分でも思う
そんな時だ、皇女様に声を掛ける人が現れたのは
聞くところによると、どうやら彼は国王付きの文官で、皇女様を呼びに来た様だ
まあ、俺が内心でどういう扱いをしていようと、彼女は帝国第一皇女様でこの国の貴賓だ
国王様から直々に呼び出しが掛かっても不思議ではないか
「分かった。直ぐ向かう故、案内せよ」
そう命じる皇女様は、やはり堂に入っていた様に思う
早く行け、と思いながら、見送りの体勢を取ると
「サトルよ。そなたと話がしたかったが、それはまたの機会にしよう。ではな」
そう言って、こちらの返事も聞かず廊下を立ち去っていった皇女様は、やはりどこかカッコよさが感じられた
それで、彼女への扱いが変わる訳では無いが
というか
「なんか口調が違うんだけど…」
内心、思ったことが漏れてしまった
それに反応したのは、この場に引きずってこられ、取り残されたアイギナさんだ
「彼女の悪癖ですよ。口調の切り替えが上手くないのです。治す様に、何度も言ってはいるのですが…」
そう言って苦笑したアイギナさんは、やはり綺麗だった
どうにも、この人に対しては悪感情が湧いてこない
やはり、俺と近しい人だと感じているせいだろうか
俺の陥ってしまった状態についても、当然知っているだろうに、普通に話し掛けてくる事にも驚いた
だが、それも嬉しい事だと思ってしまう
本当なら、その裏にどんな感情が潜んでいるか、と邪推するところだ
実際に、この城の人相手だと、かなり邪推してしまって、肩身の狭い思いをしている
他の連中が頑張っているのに俺はサボっているとか思われてそうだ
それだけならまだしも、役立たずだとか思われていると考えると、かなり神経が磨り減る思いがする
「如何なさいましたか?マイシマ様」
考えに没頭していると、その様子を心配したのか、アイギナさんが気遣わしげに声を掛けてきた
ただ考え事をしていただけだから心配要らないと言おうと思ったが、少し気掛かりな点が出てきたので、ついそちらを尋ねる事を優先してしまった
「マイシマ様?前はサトル様って呼んでいたのに、どうしたんだ?」
そう、何故か、マイシマ様と呼ばれる事が気に掛かってしまったのだ
前は確かにサトルと、名前で呼んでいた筈なのだが
そう訊くと、アイギナさんは顔を赤くして
「あ、いえ…あの時は勘違いをしてしまいまして、お名前を呼ぶなど、なんと不躾な真似を…」
何やら要領を得ないが、纏めるとこういうことらしい
俺が舞島 理と名乗った時、後ろの方を姓だと思ったそうで、そちらで呼んだ
だが、国王様への自己紹介で舞島が姓 理が名だと判った
何やら異性を名前で呼ぶのは淑女にあるまじき事だとか
そこまで聞き取ったところで、そう言えば、と思い出される事があった
俺が国王様に求められて自己紹介した時に、舞島が姓で理が名だと言った時、脇に控えていたアイギナ王女がやたらと驚いていたが、それが原因だったのか
今の今まで忘れ果てていた疑問だったが、思わぬところで回答を得られた
「いや、それはこちらが悪いな。そんな事とは露知らず、呼び捨てでもいいなんて事も言ってしまったしな。さぞや不躾に写った事だろうな」
こういう場面では、自身を落とす事で相手を相対的に持ち上げるのが有効だと、経験で学んでいる
正直今回の件は、単なる誤解から端を発しているので、どちらが悪いとかいう話ではないのだ
しかし、それを馬鹿正直言っても、この場面では効果はないだろう
故に、俺の失態を押し出して、だからその失敗は悪くないんだ、と彼女に思わせる事が、早期解決に繋がる、筈だ
やる相手は選ばねばならないところが面倒くさい
高田とかにやったら、確実に調子に乗る事だろう
そして、鬼の首を取ったようにこちらを責め立てる、黄色い声を頭のてっぺんから発してだ
その光景が目に浮かぶ様だ
「いえ、そんな!こちらの世界の、それも一部の者の間の常識など、マイシマ様がご存知無くても仕方ない事ではないですか!?」
高田とアイギナさんを比べるなど、烏滸がましいにも程があったな
彼女は実に謙虚だった、期待通りに
後はこの言葉で解決だ
「じゃあ、お互いが、考えが足りなかった、という事で」
そう人差し指を立てて言い放つ、ついでに片目を閉じておく
ウィンクなんて出来ないから、その代用だ
少し気障ったらしいとは思うが、こういうのは演出が大事だ
それに相手は王女様、こういうのは効果的だろう、と思いたい、正直外したらかなり恥ずかしい
そんな俺の懸念は、懸念のまま立ち消えてくれた様だ
「……そ、そうですね。私ももう少し考えるべきでした」
納得してくれたけど、何か思ってた着地点からはずれている
妙に自身を卑下するのは、これは癖か?
そんな疑問を感じたが、おくびにも出さない
少し彼女の事が知りたくなった俺は、更に踏み込んでみる事にもした
「じゃあアイギナ王女、俺のことはこれからマイシマと呼んでくれ」
そう、こちらから申し出る形で譲歩、した様に見せかける
当然、踏み込むと決めた以上、この程度で済ます訳が無い
「あ、はい。マイシマ様。私の事はどうぞ、アイギナとお呼び捨て下さい」
ここで飛びついてもいいのだが、それでは彼女から譲歩を引き出せない
故に俺は一歩退いて見せる
「分かったよ、アイギナさん」
「あ、いえ。さんも必要ありましせんが…」
この時、内心ニヤリとしたのを、顔に出さなかった自分を賛美したい
「じゃあ、俺のことも様、ではなく呼び捨てにしてくれ」
気が逸ったせいで、少し語尾が強くなってしまった
しかし、アイギナさんは何やら焦っている様子で、その事は気にならなかった様だ
「そ、それは流石に…」
もういっちょ、と畳みかける
「じゃあ、さん、はどうだ?マイシマさん、これならいいだろう?」
これが俺の最大の譲歩であり、目指した着地点
我ながら少々強引な手段だが、そうしたいと思い、実際に行動に移したのだ、今更後悔は遅い
「あ、えと、で、では…ま、マイシマ、さん」
確かな成果を得られた事に満足した俺は、きっといい笑顔をしていた事だろう
今はこれくらいでいい、これから距離を縮めて、彼女の事を知れれば、それでいい
……我ながら、性格の悪い事で…
「うん、これからよろしく、アイギナさん」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします、マイシマさん」
なお、アイギナさんの呼び方はさん付けのままの模様
流石にいきなり呼び捨てはキツイんです、堪忍して下さい
こんな顛末があったのだ
誤解の無い様に言っておくが、俺はアイギナさんを口説いた訳じゃない
純粋に友人になれないかと思っての行動だ
何故こんな弁解をしているかと言えば、翌日も押し掛けてきた皇女様が、その事で揶揄ってきたからだ
全く以て誤解も甚だしい、アイギナさんの様な美人が、俺のみたいな変人を相手にする訳無かろうに
俺だって、今はそんな心の余裕は無いのだ
……そう、余裕が無い
だから、アイギナさん、助けてくれぇ……
「あの…マイシマさん。何があったのですか?レイリアが泣きそうなのはいつものことなのですが…」
「あ、いつもこうなのか…」
何気にアイギナさんの対応がヒドイ気がする、主に皇女様に対して
その扱いに、目の前の皇女様の涙が今にも決壊しそうになっている
「いや、あまりにもしつこく付き纏われるから、少しキツめに釘を刺しただけだぞ」
少し厳しすぎたかもしれないが、こっちだって迷惑してるんだ
それに、どうにもこの皇女様は明け透けというか、無遠慮に踏み込んでくるので、止めるには相応に強く言わねばと思ったんだ
その結果、こうして皇女様が涙目になり、俺は対応に苦慮している
「それで?具体的にはどういうことを言ったのですか?」
「ああ、それは…」
つい先ほどの事だ、一字一句漏らさず言った事を説明する
ちょっと演技も迫真のものになってしまったけど、まあ下手に隠し立てするよりはいいだろう
「……」
アイギナさんの返事を待つ俺を、唐突に悪寒が襲う
突然の寒気に一瞬混乱するものの、次の瞬間には原因に思い至る
というより、類似の現象に心当たりがある、と言うべきだろう
「……そんな事を仰ったのですか?」
普通の声だ
ここ数日、ちょくちょく会話し聴き慣れた、凛とした響きの涼しげな声
その筈なのに、今は地の底から響く地鳴りの様に感じられてしまうから不思議だ
「…ふぅ……まあ、マイシマさんにはマイシマさんのお考えがあっての事でしょう」
深呼吸ひとつ、目頭を押さえて何やら呟くアイギナさん
俺は過去のトラウマを引きずり出され、正直それを聞き分ける余裕など全くない
そのトラウマに関しては今は省くが、どうやらアイギナさんは深くお怒りのご様子
取りあえず、こういう場合は黙っている方が印象が悪い、という事は経験から理解している
「あ、あの…それほどいけないことをしましたでしょうか?」
ついつい敬語になってしまうのは、どうか見逃してほしい
人は恐怖を感じる相手には、タメ口などきける生き物ではないのだ
「……もしかして、何も聞いていないのですか?」
聡明なアイギナ様は、何やら思い至った様だったが、正直そんな突然の話の飛躍に、俺は付いていけない
「何も、とは?」
いきなりその様な曖昧な事を訊かれても、答えられる訳が無い
反問するより他ないのは、どうか許してほしい
「レイリア?」
アイギナ様の首が傍らに立つ皇女様に向けられる
何やらおどろおどろしい擬音が見えそうな、そんな仕草だった
…普通に皇女様に話し掛けただけなんだが、そう見えるのは俺が心底恐怖を感じているからに他ならないだろう
「ひょっ!?な、何かしら?」
皇女様、ひょっ!?って
今のアイギナ様に恐怖を感じているのは、どうやら俺だけでは無い様だ
どうやら親しい友人同士のようだし、一緒に過ごした時間も長いのだろう
その皇女様をして、今のアイギナ様は恐ろしい、と
そんな情報は知りたくなかった…
「貴女、例の事をマイシマさんにご説明した?」
例の事?何それ
俺はその、例の事、とやらに思い当たる節が無い
どうやらそれが、アイギナさんのお怒りの原因みたいだ
俺から怒りの矛先が逸れそうで、少し安心して恐怖も薄らいできた
代わりに皇女様は、顔を蒼褪めさせ、全身はカタカタ震えている
万歩計を持たせたらスゴい歩数になりそうだ
「れ、例の事?どの事だったかしら?」
その一言に、俺は強烈な戦慄を覚え、心の中で叫び声を上げる
(止めろ!ここは素直になるべき場面だろ!下手な返答は火に油を…)
心の声は、最後まで言い切る事が出来なかった
それは何故か
この城内の廊下に、魔王様が降臨あそばされたからである
その余波は凄まじく、俺の卑小な精神は一瞬で屈服、萎縮し沈黙を選択した
黙って嵐が過ぎ去るのを待とう
実に合理的な判断だと思う
圧倒的な脅威を前にした時、人はその脅威が過ぎ去るのを黙って待つしかないのだ
ではその脅威が、明確に矛先を向けてきたらどうするか
その好例が今目の前で展開されている
「どの事?貴女、私達がマイシマさんに接触した理由を忘れたのかしら?」
もはや、涼しげな声など微塵も残っていない
不気味さとはまた違う、純粋な恐怖を煽る様な音声処理が為されている様に聞こえてしまう
その様な魔王ボイスを浴びせかけられている皇女様は、果たして正気を保っていられるのか
その心配は、どうやら杞憂で終わりそうだ
「も、勿論憶えているわよ!?サトルの立場が良くないから、わらわの庇護下に置こうって話でしょ!?」
どうやら、正答を知っていた様で、ややどもりながらも自信たっぷりに答える様は、恐怖に屈している様には見えない
いちいち声が大きいのは、どうにかならないかと思うが、それは気持ちを奮い立たせているのだと思えば、微笑ましくすら感じられる
というか、俺の立場が良くないって何だ?皇女様の庇護下に?そんなの初耳なんだけど…
そう考えていると、アイギナさんがこちらをじっと見つめている事に気付いた
(…なんだ?俺、何かしちゃったか?)
その瞳は、俺の胸中の全てを暴き出さんとする剣呑な光を放つ
気のせいか、瞳孔もキュッと窄まり、獲物を前にした肉食獣の有り様を幻視してしまう
当然、獲物は俺だ
いや、本当に怖いんで、何か言ってくれませんかね
「…マイシマさん。貴方は今の話をご存知でしたか?」
どうやらそれが聞きたかったらしい
それならそうと、早く行ってほしい、無駄に怖い思いしたよ
「マイシマさん?」
考えに耽って、返答が遅れてしまった
これは失態だ、答えに窮して言い訳を考えていると取られたら一大事
早々に正直に偽りなく、答えるとしよう、そうしよう
「いや、初耳なんだが。俺の立場云々は、まあ理解出来なくはないが」
そう、俺の立場が悪い、というのは、ここ数日感じていた事から推測出来る
といっても、そう複雑な話ではない
何やら視線を感じるから、その方向へ耳を欹てた
そうしたら聞こえてくる聞こえてくる、俺に対する陰口の数々
中には荒唐無稽な、思い込みだけの話もあったが、事実無根とは言えない様なものも多分にあった
やれ、他の異世界人達は日々レベル上げに勤しんでいるのに、俺は何をしているのかとか
やれ、王女様方を誑かして、自分だけ安全な所で楽をするつもりではないかとか
やれ、俺は女神様に見放された、無能者だとか
王女様云々は誤解だが、完全に否定しきれないところが耳に痛い
あ、女神に見放されたっていうのは、寧ろ大歓迎です
あのクソ巨女に見込まれるなんて、家事も仕事もしない女と結婚するに等しい拷問だよ
「……どうやら、何か感じ取っておられたご様子ですね。分かりました。その事についてご説明します」
どうやら、アイギナさんが説明してくれるらしい
俺のそれは推測でしかないし、アイギナさんのもそうだろうが、二人の視点から物を見れるのは有益だ
より正確に事態を把握できる事だろう
彼女が怒っていた事など、既に忘却の彼方に放り投げた俺は、完全に意識をそっち方向にシフトしていた
それは油断と同義だと、すぐに気付かされた
「ただ、少しお待ちくださいね。この先走って大事な話をせず、話を拗らせてしまう愚か者に、少しばかりお仕、いえお説教しなければなりませんので」
完全に油断していた俺の心は、極寒の冷気を放つその言葉に凍え、竦み上がってしまった
悲鳴が口から漏れ出そうになるのを必死で食い止める
少しの間、アイギナさんの怒りの矛先が自分から逸れたと感じた皇女様は、突然自分に向け直されたそれに、再び射竦められ、プルプル震え出した
さっきはカタカタだったが、震え方が多芸だな
「レイリア?」
ビクゥッ!!っと跳ね上がる皇女様
ただ名前を呼ばれただけなのに、その威圧感たるや、凶暴な肉食獣かと錯覚しそうになる
「少し、あちらの部屋でお話しましょうか……」
そう言って、手近な部屋を指差すアイギナさんは、もう片方の手で皇女様の手を掴んだ
「あ、マイシマさん。申し訳ありませんが、少し席を外しますね。軽くお仕置、いえお説教をしてまいりますので。説明はそれが終わり次第、という事で」
では…と言って、部屋に入っていったアイギナさん
そして、無言で手を引かれていった皇女様
脂汗もひどく、顔面土気色で、もうこれ死ぬんじゃないかな、なんて不謹慎な事も考えてしまう有り様だった
その後の事なのだが、特に変わったことは何も無かった……表面上は
裏で何があったかなど、俺は知りたくもないので、詮索はしない、ああしないとも
ただ、皇女様
余程絞られたのか、部屋から出てきた時から今に至るまでずっと泣きっぱなしで、未だに泣き止む気配すら見られない
(どうすんだ、これ)
これから、さっき言ってた説明をしてもらうんだけど、流石に泣きじゃくる女子を傍らに置いていて、落ち着いて話を聞けるほどに俺の神経は図太くない
(それと、説明するって言って、何処へやら案内されているんだけど)
正直なところ、俺の立場云々はそれほど重要な事では無い
それにあまり時間を使いたくないのが本音なのだが…
先程の出来事のせいで、アイギナさんに逆らいにくい状況が出来上がってしまっている
というか怖くて、やっぱりいいです、とか言えない
あと、泣いてる女子を見捨てていくのも躊躇われる、というのもある
「なあ、アイギナさん。説明なら別にあの廊下でも良かったんじゃないか?わざわざ移動しなくても」
そう意見するも
「いえ、あのような場所では、誰に聞かれるか分かりません。それは、マイシマさんにとって良くない事に繋がりかねませんので、ご了承下さい」
すげなく却下される
まあ、彼女は俺に味方してくれるみたいだ
そんな彼女の説明は、下手をすればそういう連中への非難と取られかねない
それは彼女の立場に良くない事だろう、と考えて大人しく従うことにする
どうせ、今調べてる分野では求めている様な情報は得られていない
そろそろ別の分野に手を伸ばそうかと考えていたところだ
そう考えれば、その前に気分転換として、アイギナさんに付き合うのは悪くない
「あと、その件について説明するのは、他に適任者がおりますので、今はそこへ向かっている最中です。もう間も無くですので、もう少しお付き合い下さい」
「…アイギナさんが説明してくれるんじゃないのか?」
こういう話に余人を交えるのは、個人的に好きではないんだが
俺の弱みを見せるようなものだからな
ただでさえ今は二重の意味で弱っているんだ
これ以上の厄介事は、正に弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったりというものだ
因みに一難去ってまた一難、とは少し違うぞ、何せ問題は一つとして解決も先送りも出来ていないんだからな
「着きました。こちらです」
またもや思考に耽っていたら、その間に目的地に辿り着いていたらしい
アイギナさんがどこぞの扉の前に立ち、こちらを振り向きそう言った
(何か、物々しい感じの部屋だな……)
部屋そのものというより、その放つ気配と言おうか、そうしたものが不穏当な感じだ
などと大仰に言ってみたが、原因は至極単純だ
その扉の両脇を、甲冑姿の痩身の男二人が固めていて、彼らがこちらを、というか俺を睨みつけているから、という理由だ
その非常に剣呑な瞳は、ただ警戒している、というだけのものでは無い、明確な敵意を感じる
それでいて、あまり命の危険を覚えないのだから、そこには敵意は在っても悪意や害意は無いと推測できる
そこから導き出せる結論は…(コンコンコン)…ん?
「アイギナです。入室してもよろしいでしょうか」
そんなどうでもいい考えは、俺がそんなことをしているとは、露程も知らないアイギナさんの行動によって中断された
まあ、知っていたら知っていたで、勘気を被りそうなので、ここは助かった、と思っておこう
「構わん、入れ」
いい加減改善した方がいい、思考に没頭する癖に内心苦笑しながら、室内より響いてきた返答に耳を傾ける
聞き覚えのある声に、誰だったか、とまた思索に走りそうになる俺を
「失礼します。マイシマさん、どうぞ」
扉を開けて、俺に入室を促す声で引き留められた
割と、こういう無自覚な方が俺には効果的なのかもしれない
なお、その間もずっと皇女様は付いてきて、ずっと泣きっぱなしだった
声出さずに泣くから、偶に存在を忘れそうになるな
というか、これって人に見られたらまずいんじゃ、と今更ながらに思いながら、既に入室してしまっていた俺は、気付くのが遅れた事をひどく後悔したのだった
今回は本当に難産でした
逆子+首にへその緒レベルの難産だと言っても過言ではない(筆者は野郎)
レイリアさんは妙に泣き虫になってきました
アイギナさんは仁王の様な恐ろしい風格を醸し出し始めました
理くんはアイギナさんに対する態度が怪しいです
ここで皆さんにお知らせです
当作は所謂ハーレム要素を含む予定になっていますが、その中でメインヒロインとなるのがアイギナさんです
百合ちゃんが理好き好き光線を放射しまくっていましたが、彼女はサブ扱いです
一応理由があるのですが、それに納得頂ける様、頑張って話をもっていきたいと思います
あと、レイリアさん美樹ちゃんもサブ扱いです
次回投稿は、一週間以内になるでしょう、難産で無ければ
まあ、今回は理由あっての難産なので、多分大丈夫だと思いますが




