暗雲は街を襲った
大通りの喧騒からまた一匹のモンスターが姿を現した。
修道着を身にまとった虎の頭を持つ獣人属モンスター。
思わずたじろいでしまいそうになる強面であるが物腰おだやかな教会の神父である。
なんてことはなく店の品揃えを見に来ただけの様子だった。
が、一瞬まごついたかと思うと神父は云った。
「北の方角から野生の鳥モンスターたちが一斉に南下しはじめたと、エルフの遊牧民が目撃したそうです。いや、鳥だけじゃなく山を住みかとするモンスターたちが……まるで何かから逃げるようにと」
虎頭神父の声音から不安がひしひしと感じられた。
「あの噂、本当なんですかい? 『魔王』が現れて、北にある〈龍の都・アリーガ〉が襲われたって話」
その声は少し震えているように思えた。
楽しむことができれば死ぬことさえもかすり傷、そんな心意気をいつも見せてくれるゴブリンの店主の声がだ。
ハヤトもアリーガで起きた出来事はキダンの街の中で、うわさ程度に耳にしたことはあった。
とは云ってもキダンから途方もなく離れた遠方で起きたことなど信用できるものかと、せせら笑う者もいた。
虎頭神父は青ざめた表情を浮かべた。
さらに声を喉からひねりだすようにして云った。
「私は毎日、神に祈りを捧げておりますが嫌な予感は日ごとに増すばかりです。とてつもない邪気がすぐそこに迫っているような――」
次の瞬間、風の音がフォンッと鳴り体に当たったように思えた。
すぐに嫌な予感が体を駆けめぐり、ゾクゾクとした寒気がこみ上げてくる。
大通りのあちらこちらから金切り声が上がったのはその時だった。
「なんだ、あれは!?」
「そ……空が!」
見上げると北の空が暗くなっていた。
「おかしい、さっきまで晴れていたんだぞ?」
ハヤトがポケットから懐中時計を取り出すと、針は午後三時を示していた。
黒と濃紺と深緑のグラデーションに染められた不気味な雲は、自然のものとは思えない速さで、あっという間にキダンの街の上空に到達した。
暗雲にすっぽりと覆われ、町全体が薄っすら暗くなってしまった。
「嫌な予感がする」
逃げ場がないと本能で感じ取った。
突如、沸いた不安をあおるかのようにゴゴゴと雷鳴が轟くと、いくつもの稲妻の矢が街に降り注いだ。
意思を持っているかのように暗雲は街を襲った。
ズガガガァ! と衝撃が地面を打ち、熱を発生させた。
砂埃や吹き飛んだ露店の残骸が火の粉を生み、大気中に舞い上がった。
「うわあああ」「ひいいいい」「たす……助けて」
街の中はたちまち阿鼻叫喚の騒ぎとなった。
近くに落ちた落雷の衝撃でハヤトの体が吹き飛ばされ、気づけば地面を舐めていた。
ゴゴッゴガアァァ
逃げ惑うモンスターたちをあざ笑うかのようだった。
容赦なく稲妻は降り続いた。
粉塵の中、ハヤトがなんとか目を開け暗雲を一瞥するとモンスター表示が《???》となっていた。
「んな!? あの雲は……モンスターだってのか?」
相手がモンスターならばこちらもモンスターで対抗できるのではないか。
空中戦に適した手持ちのモンスターカードは《ユナイト・ドラゴン》や《アーマード・ファルコン》がある。
攻撃の凄まじさからAP25のある手持ち最強のユナイト・ドラゴンを召喚できれば――と思うがひとつ問題があった。
異世界に来てからただ唯一、ユナイト・ドラゴンの召喚を試みても成功したことが一度もなかった。
理由は――思い当たることがなくはないが……
次に暗雲のモンスターのAPが見えた時、ハヤトが真に絶望するのはその時だった。
「なんだって? 馬鹿な、冗談だろ?」
自分自身の目を疑った。
「APが……35だと」




