第3部『民主主義という名の幻想』③
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いつもの様に、ジーク君への指導が終わり帰路についた僕は寮の前に佇む知人の姿に立ち止まる。
「ふふふ……久しぶりじゃない。随分、うまくやってるって聞いたわよ。ちょっと話、聞かせなさいよ」
「何のことだ。僕は何も変わらない筈だが」
その女性、元革命の同志であったピエラは妖艶に微笑む。
そして、手に持つグラスとボトルを僕に見せつける。
「アンタ、革命後の祝宴でも出席してなかったじゃない。アタイに祝わせなさいよ」
「気持ちだけで結構だ、とその時も言ったはずだが」
「それじゃ、こっちの気が済まないって言ってんの。ほんと気が利かない朴念仁だね、アンタは」
そう言ってピエラは僕について無理やり寮に一緒に入り込む。
入り口で見張っていた守衛が腰を浮かしかけるが、それを僕は手を上げて押しとどめる。
それを僕の了承と見たのか、ピエラはニヤッと口角を上げ、僕の首に両手を回してしなだれ掛けようとする。
「それはやめてくれ。人が見てる」
「えー、いーじゃなーい。むしろ見せつけてナンボでしょ」
やたら背後からその胸を押し付けるピエラを連れながら、僕の部屋へ。
部屋のすみにあったテーブルと椅子に腰掛けピエラは早速、グラスにワインを注いでいた。
「はいはーい。さ、アンタもグラスを持って——かんぱーい!」
こちらの都合も聞かずに勝手に進めていく。
グラスのワインに一口。
……南部フィロソール国エベレート州生産の30年もの、だな。
「へぇ〜、アンタ、舌も天才なんだ。やるね」
軽く驚嘆したピエラはニヤッと笑って僕の肩を叩いた。
「で、聞いたわよ。あのガイウス家の御曹司とお近づきになったんだって? 次期市長でしょ? やるじゃない」
それのことか。
「別にこちらが望んだことではない。指名されてやっているだけだ」
いや、陛下のことを思い出すあの場に何度も行かなければならないのは、むしろ……。
「ふうん……そんなに嫌がってそうな顔、してなかったけど? アンタ」
「!? 見てたのか?」
「ウチのドレスを届けに宮廷に上がることもあるからね。図書館であの坊やに楽しそうに教えてたじゃない」
ピエラはフッと紅い唇を歪ませ微笑む。その目が蠱惑的に輝いていた。
「未来の出世頭……アンタにならこの身体、投資してもいいわよ……フフフッ」
寄りかかるように身体を預け、その豊満な胸を僕の腕に押し付ける。
「以前にも話した通り、君とは対等な立場でいたい。遠慮しておこう」
「この状況でまだそんな寝言を言うのかい? ……ここでアタイが悲鳴を上げればアンタは酒の席で女性を襲った犯罪者さ」
そう言って、その扇状的なドレスのスカートの裾を引きちぎる。まるで誰かに乱暴をされたあとの様に。
「どうだい? 悪かない取引だろ?」
「……残念だ、ピエラ。祝宴は閉幕だ」
疑問を浮かべるピエラの前で指を鳴らす。
ダダッ!
合図とともに扉から2人の衛兵が入ってきた。
「こ、これは!?」
「彼らは僕らが部屋に入った時から、ずっと覗き窓で室内を監視してもらっていた。元々、この寮は司法省専属で中に住む判事たちが不正しないように、いつでも部屋の者は外部から監視できる構造になっているんだよ」
「クッ! アンタ……まさか最初から!?」
本来は内部の判事が不正に手を染めぬよう、常に見張りができる状況と知らしめるための寮の構造。
それを逆手に取らせてもらった。
監視者がいる以上、彼女の自作自演は無効になる。
「後悔するよ、アンタ」
「そうならない様に心がけたい。ワッツにも宜しく伝えておいてくれ」
「!? チッ!」
鋭い目つきで睨みつけるピエラは、舌打ちだけ残して去っていった。
呼び止めようとした衛兵達を制止し、僕は彼女の残したワインボトルを彼らに手渡した。
「これは一体?」
「鑑別に回しておいてくれ」
恐らく、睡眠薬が入れられているはずだから。一口、味見した時にわかった。
そう、ヤツらは僕に罪をなすりつけるつもりなのだ。それで今日、接触をはかった。
そして、動かぬ犯罪の証拠を作り上げる予定だったのだろう。
例え、僅かな間でも仲間だったはずの者を罪に陥れてまで富を、力を得ようと続ける。
“同志”
その言葉は虚に響く。
これが、僕の得たかった世界なんだろうか。
***
「そうか……市民名簿にない子供達への保護費が申請されている可能性がある、ということか」
「そうだ。その費用を請求しているのはワッツの学校並びに寮費、そして衣服代としてピエラが経営するブティックだ」
翌日、朝一に僕は財務省に赴いた。
財務省長官グスタフに面会を申し出て。
「なるほど。あの二人が」
「ガイウス市長も既に学校とブティックの両方に捜査指示を出しておられる。……穏便に事を進めたい。力を貸してくれ、グスタフ」
僕の言葉にグスタフは驚いた様に目を見張る。
「お前が人の助力を乞うのは珍しいな。いや、初めてだな。何故だ?」
「……僕たちは革命の同志だ。グスタフ、君がリーダーだった“明けの明星”のな。仲間を……失いたくはない」
自分にも、こんな感情があるとは思わなかった。
グスタフ、お前なら僕が言う“市長が捜査指示を出した”の意味がわかるな?
お前ならうまくおさめられるはず。
「ああ。善処しよう」
頼むぞ。リーダー。
***
いつもの図書館での勉強。
ジーク君は僕の指示した課題をスラスラと解いていく。8歳にして既に中学の範囲も終わりつつある。天才の片鱗だな、これも。
あれから2週間が過ぎた。
グスタフからもピエラやワッツからも僕には何の接触もない。捜査の手は徐々に狭まっているはずなのだが。
「先生? 浮かない顔をしてどうなされましたか?」
見ると、不安そうに僕を覗きこむジーク君の目と合った。
「いや、すまない。ちょっと仕事のことを考えていてね」
「ああ。そうなんですね。先生、すみません。僕のために仕事の時間を割いて頂いて。本当に申し訳ないです」
誤魔化すため口にした言い訳に、ジーク君は自分の勉強時間のせいだと済まなさそうに俯いた。
これはしまったな。
「ジーク君のせいじゃないんだよ。少しややこしい案件でね。でも、もうすぐそれも終わる予定なんだ。ありがとう、心配してくれて」
「そうですか。でも、無理はしないで下さいね。僕は先生のおかげで色々と教わることができました。これからも先生にもっと色んなことを教わりたいんです! だから……これからも僕の先生でいて下さい!」
それは一片の曇りもない信頼の眼差しだった。
ジーク君……。
「そうだ! 先生、とっておきの所があるんです。良ければ先生に教えたいなぁ。……来週の土曜日、朝早くですけど来てもらえますか?」
とっておきの所。それは彼のお気に入りの場所だったりするのだろうか。
子供達が秘密基地を作って遊ぶ様な。
これだけ聡明でも、まだ彼も8歳なんだろう。
「ええ。ではその日は予定を空けておきますね」
「良かった! 先生、約束ですよ」
僕は知らなかった。
その日が、運命の日になるなんてことは。
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