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第3部『民主主義という名の幻想』①

***


 革命から2ヶ月が過ぎた。

 王制から民主制に変わっても人々の日々の営みは変わりない。ただただ、時間は流れていく。

 自分の業務内では元貴族の思想犯——という名の反ガイウス派——を裁くことが増えた。貴族制が廃止されたとは言え、ヤツらがやっているのは同じ権力争い。

 評議会なる代議員制が始まり、そして初代クロノクル市長にガイウス一族の長、エルネスト・ガイウスが選ばれる。まるで予定調和のように。

 何も変わらない。

 ガイウス一族に支配され、搾取されていることにも気付かぬ愚かしい民め。

 だが……一番、愚かしいのは僕自身だ。

 民主主義になれば、市民が自ら決めれるようになれば——

 そうすれば社会は、世界は——正しくあるなどと。

 そんなものはただの幻想に過ぎなかったのだ。


***


「クリフトン、君にクロノクル市長からお声が掛かっている。市庁舎に出向したまえ」


 司法省で書類仕事をしていた僕に突然、訪れたのはかつての“明けの明星(みょうじょう)”の同志——グスタフだった。


「……僕は、目の前の書類仕事だけで手一杯なんですが」

「相変わらずだな。“革命の立役者”として他の仲間達の様にうまく立ち回れば新政府の要職におさまることもできただろうに……今の役職も元“神童”の君にとっては足りぬ身分だろう」


 物静かだったはずのリーダーは、以前と違ってやたらと弁が立つ。その左目は皮肉げに僕を見下ろしており、手元には似つかわしくない高級そうなブレスレットが宝石とともに輝きを放っていた。


「それは財務省長官からの命令、と捉えて良いのですか」

「“革命の立役者”に命令など出来んよ。……ただ、時の権力者に歯向かい続けることが良い選択とは思わないがな」


 ニヤッと口元を歪め、グスタフは部屋を出て行った。日時が記されたメモ書きを置いて。

 地下組織のリーダー如きが、やたらと態度が大きくなったものだ。

 それは彼だけではない。

 ワッツは文部省の長官となり、クロノクル市立学園の校長を兼任。今、彼の銅像を学園内に建設中だと聞く。

 ピエラは中心街の高級ブティックのオーナーとなって、日々、晩餐会を開いて男どもをかしづかせているらしい。

 ああ……どいつもこいつも。

 権力を、金を……『(ちから)』を得れば人は簡単に欲に飲まれ落ちてしまう。

 なんて愚かしい生き物。


***


 結局、グスタフの命に応じざるを得なかった。

 指定された時間、市庁舎に訪れる。

 元・王宮を利用した市庁舎。その奥にあつらえられた市長室にヤツ——エルネスト・ガイウスはいた。


「よく来てくれたな、クリフトン副判事長。いや、“革命の立役者”と呼んだ方が良いのか」

「……如何様(いかよう)にもお呼び下さい、閣下」


 臣下の礼を取り、頭を下げる。

 ヤツの両脇に控えるのは重厚な鎧武装をした近衛兵達。

 結局、ヤツは今までの“宰相”という隠れ蓑から名実ともにこの国の“(市長)”になったのだ。舞台の裏側から表の世界に躍り出ただけ。

 僕がしたのは、一体なんだったのだ……。




「お父様。彼がボクの先生になるのですか?」




 その声は(こうべ)を垂れる僕の背後からした。

 振り向くとそこに居たのは濃い青紫の髪をした幼い少年だった。

 その碧眼(ブルー)の瞳には強い好奇心の輝きが灯っていた。……まるで、あのお方の様に。


「紹介しよう。彼は史上最年少の18歳で判事となったクリフトン・ノギニウスだ。……クリフトン副判事長、この子は我が息子、ジーグムントである」


 前半は少年に、後半は僕に説明をするエルネスト市長。

 息子? ガイウス家の長男、か。

 そして、“先生”というのは一体……?


「君には息子の家庭教師を引き受けて頂きたい。……かの“神童”と(うた)われた君の教えを受ければ、息子も我がガイウス一族の長としての力を身につけるであろうな」


 よりによって、僕に次期ガイウス家長を教育しろ、と!? 陛下を裏切った貴様の命で!?



「クリフトン先生、是非とも宜しくお願いします」



 どう断るべきか、逡巡している間に目の前の少年は深々と自分にお辞儀をしていた。

 彼の立場なら、ガイウス家の嫡男であれば誰もが彼に(かしず)くにも関わらず。

 そこには、(おご)りなどは一切、見られなかった。

 ——フーギリス陛下……。

 一瞬、あの御姿が脳裏をよぎった。


「……はい、僕のような者の教えが役に立つのであれば」


 気付くと勝手に僕の舌は言葉を紡いでいた。


「良かったぁ! 先生の様にお若い方だとボクも話しやすいので。お引き受けいただき、本当にありがとうございます」


 これは……既視感(デジャブ)だ。

 まるで、あの時の邂逅(かいこう)のような。


「うむ。頼んだぞ、クリフトン君」


 鷹揚(おうよう)にうなずく市長に、少しだけ頭を下げて僕と彼——ジーグムント少年は市長室から退出するのだった。


***


 宮廷内の一区画に設けられた図書館。

 そこが僕とジーグムント少年が勉強するスペースだった。

 しばらく彼の指導をしてみて僕は密かに驚いた。

 彼はとても頭の回転が早い。1つのことを教えるだけで更にその先、応用にまで気付くことが出来る。言われた課題もキッチリとする。

 首席を取るのも納得だ。

 そもそも僕の指導は要るのだろうか?


「当たり前です! クリフトン先生の教え方がすごく分かりやすいのでボクも助かってるんです。こんなに複雑な知識、先生に説明されなければわかりませんよ」


 そう言ったジーグムント君の眼はキラキラと好奇心で輝いていた。

 ——あの時の陛下も同じだった。


「先生。一つ、質問しても良いでしょうか?」


 彼は、かのガイウス家の嫡男であるにも関わらず、その権威を振りかざすことはない。

 家庭教師である僕にも礼儀正しく敬意を払い、質問への了承を得ようとしていた。


「ええ。構いませんよ」


 なので、僕は自然とそう返していた。


「ありがとうございます! クリフトン先生は少年王——フーギリス最後の少年王(ラスト・キング)とお会いしてたのですよね? ……どんな方だったのでしょうか?」


 え!?

 フーギリス様を……知りたい、と?


「彼の自室やその本棚を見せて頂いたのですが、世界の様々な図鑑や考え方、思想、色んな本を収集されていて……これほど博識な方とはどんな方だったのか。クリフトン先生は実際にお会いして話されたりしてたんですよね?」


 …………。


「腐敗政治の温床である貴族制を強いて圧政を繰り返したということですが、その是非は兎も角、その博識ぶりなどどうだったのか興味が湧きまして」


 腐敗政治。

 圧政を繰り返した。

 それを引き起こしたのは……ガイウス家なんだよ、ジーグムント君。


「先生?」

「……いや、すまない。僕も、かの王様にお眼通りがかなったのは僅かなのでね……よくは……分からないんだ……」

「そうなんですね。そっかぁ……ちょっと残念です。……どんな人だったのか、少し興味があったので」


 どんな方だったのか——。

 この城の外、世界に恋い焦がれ、自身の眼で見ることを夢見て、その為にずっと……ずっと色んな知識を得ようとしていた。

 ただ一度でも良い。外を見ることを夢見て。

 そんな、年相応の少年。


⭐︎⭐︎⭐︎

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