第2部『裏切りの革命』①
***
ピエラ達のビラ配りは順調だった。
貴族どもには気付かれず、市民に今の政治の腐敗した姿が周知されていく。
普段の生活からあった市民達の違和感が、ビラという“情報”にてそれぞれが同じ解を得ていく。
沸々とした不満、怒り。
ただ平民というだけで行ける場所も付ける職も結婚すらも限られる。自分たちの重い税金が貴族達の懐に掠め取られていたこと。
それらが水面下で民衆達の“常識”としてうねりながら広まっていく。
「ふふっ。店に来るどいつもこいつも今の貴族政治への文句と民主主義への思いを熱く語ってってるわ。……中にはアタイと寝ることもなく朝までずーっと語り続けるヤツまでいたんだけど。あんまり商売に差し支えるのは勘弁して欲しいわねぇ〜」
そう言いながらピエラはニヤニヤと得意げにグスタフに報告していた。
計算通り。
あのチラシには既に表になった数々の事件の裏の本当の真相や汚職などのスキャンダルを織り交ぜて載せている。
ガイウス達、貴族達の不正と金の流れ、そこに自分たち市民自身で政治を取り戻す民主主義の教えを少しずつ混ぜ込む。
ああ。
今のクロノクル市は点火前の打ち上げ花火だ。
あと一歩、火が付けば爆発する寸前の。
「ここまで来れば……あとは蜂起のタイミング、だな」
ここに来て、遂にグスタフも“明けの明星”のリーダーとして覚悟を決めたか。
秘密裏に溜め込まれた剣や斧、武器の数々。
いよいよ、“革命”の日を迎える。
民主革命。それは世界で初のこと。
「クリフトン、君の言う通り、実行日はオフィエル祭初日に合わせる。……その日ならオフィエル祭の警備で憲兵も出払っているからな」
「それだけではない。オフィエル祭であれば多少の荷物を持ち歩いていても、人々が集団で行動していてもなんら警戒されないはずだ」
ただ、問題が無いわけではない。
クロノクル城には巨大な城門が立ち塞がる。門番として数十人の近衛兵達が絶えず詰めている。
これをどう攻略するか……。
「そのことなのだが……その攻略法は自分に任せて欲しい」
む?
グスタフがそう言うのは珍しい。
まだ僅かな期間でしかないが、その強烈な外見とは裏腹に彼が基本的には我を出さず仲間の調和を目指すタイプのリーダーである事は早期に把握していた。
その彼が自ら前に出ようというのか。
「その方法って一体、どんななんだよ。教えてくれよ、リーダーッ」
「すまないがまだ言える状況にない。だが、必ず当日には間に合わせる。頼む、自分を信じてくれ、としか言えぬが」
ワッツの軽口にも真面目に答えるグスタフ。
だが、その表情は真剣だ。
僕だけでなく昔からの仲間にも打ち明けられぬ策、か。
「わかった。城門対策はグスタフに任せよう。僕はそれ以外の策を練っておく」
「信じて……くれるのか、クリフトン」
「同志だからな」
ガシッ
グスタフが急に僕の右手を握りしめる。
「ああ……ありがとう、クリフトン……」
お前……泣いているのか!?
何故だろう……その瞬間、違和感を覚えた。
僕の見立てではコイツはとてつもない逆境を受けたため、その逆境をバネにこの組織活動を行っているはず。
本来、組織をまとめる能力などないのだが、その逆境体験の反動で無理やり今の組織を維持しており、それが精一杯のはずだが。
……何か、僕の認識していない異分子が混じった?
いや……まさか、な……。
***
オフィエル祭、当日。
秋晴れで澄み渡った青空が僕たちの門出を迎えていた。
“そうか、祭があるのじゃな……朕はそのような催し事を見ることは一度もない”
そう言って寂しそうに微笑んだ陛下。
“だが、クリフが見てきた祭の有様を朕に教えてくれれば良い。任せたぞ、クリフ”
——フーギリス様。
今日こそ、あなた様を縛るガイウス家の戒め、解き放ってしんぜます。
「時は来たれり! 今こそ我ら市民、圧政を許すまじ!」
おおーッ! 今こそやるのだ、民主革命を!
群衆が吠えた。
貴族達の汚職、圧政に不満を溜め込んだ民衆達は手に手に武器を持ち、今、怒りを纏って大きな波となり、クロノクル城へと押し寄せる。
事、ここに至って事態に気付いた憲兵達が止めようとするもクロノクル市民の大群を抑え切れるものではない。
そのうねりは熱を伴い、クロノクル城へ。
が、やはりその城門は硬く閉ざされている。
いくら大群で押し寄せようとも物理的に城内へとアプローチ出来るものではない。
この関門、グスタフ……どうする?
「自分は“明けの明星”のリーダー、グスタフだ。皆の者、ここは任せてくれ」
硬く閉ざされた城門の前にグスタフは立つ。
「あー、どーする気なんだよー。グスタフさん」
「…………」
ワッツの軽口にも答えず、ジッと左眼を瞑って押し黙るグスタフ。
後に続く何千という群衆もまたその勢いに飲まれ、皆、沈黙する。
と、
ヒュー…………パーン!
城の方から何やら光が……あれは打ち上げ花火か!?
「フッ、合図が来た。我らが最後の同志がやってくれたのだ! 皆、行くぞ。これで我らは勝てる!」
同志だと? それは誰だ!?
僕たちだけでは無い。隣のワッツやピエラ、市民達が一様にその疑問を顔に浮かべていた。
「我らクロノクル市民の同志、エルネスト・ガイウス様がこの革命に賛同して頂いたのだ! 今こそ、クロノクル王家を打倒する好期!」
な!?
ガイウス、だと——!?
馬鹿な……それは……。
「開門!」
ガラララ——
グスタフの声に応じて、硬く重い鉄製の城門が開いていく。
歯車を回して開門作業をしているのはガイウス家の紋章を襟にしている近衛兵達。
まさか……奴らはこの革命を知っていた!?
「今こそ、この腐敗した政治の温床、クロノクル王家を滅ぼす時!」
ワーーッ!
“そうだ! 俺たちの苦しみも知らずぬくぬくとしてた王族を殺せ!”
“ハンッ。アタイ達は自分の身体を売って、ようやくその日の食事にありつけるってのに。アタイ達から税金を搾り上げ、何もせず美味いモンばかり食って贅沢三昧な王族なんて……絶対に許さない!”
待て! 違う、汚職の温床は……その大元は……貴族達の頂点は……ガイウスだ!
ビラにも何度も繰り返し、書いていただろう!?
“捕まえろ! クソ生意気なクロノクル王をとらえるんだ”
“絶対に逃すな! あいつら王族は俺たち市民の敵だ”
ダメだ! 僕自身が仕掛けた、人々の勢い、思い込み……どこでこうなった!?
「ああ……これで、ようやく娘の仇を取れる」
ふと、気づくと隣にグスタフが立っていた。その黒い眼帯を取って。
硬く閉じられた右眼に斜めに走る刀傷。
「娘は……アイリスは、ただあいつらの馬車の前で転けてしまっただけなんだ。ただ、それだけで……あいつらは……ッ!」
唯一残る左眼から涙が溢れ出す。
聞いたことがある。
グスタフが民主活動にその身を投じた理由。
幼い娘が、高貴な貴族の乗る馬車の進路で転けてしまい、警護の騎士達に斬り殺されてしまったのだ、と。右眼の傷もその時、娘を庇ってできたものだ、とも。
まさか……それがクロノクル王家の馬車だったのか!?
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