表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/9

第1部『少年王と革命の邂逅』②

挿絵(By みてみん)

***


 ダダダッ、ダダダッ、ダダダッ

 輪転機(りんてんき)がうるさく回り出す。

 蒸気機関の動力を用いるこの機械は、これまでの活版(かっぱん)印刷よりも遥かに大量の印刷を行える。

 無数のチラシやパンフレットを刷るにはもってこいだ。

 だが、この回転音のうるささと振動が許容できる建物で無ければならない。特に表向きに出せないモノを刷るのなら、周囲に分からないところで無ければいけない。


「それで、この地下室なのか。クリフ、確かにここなら音も振動も漏れないが……蒸気の蒸し暑さはどうにかならんのか」

「……諦めるべきだな。優先事項は音や振動が漏れて誰かに気づかれないようにする隠密性だ」

「クーッ、相変わらず冷静に答えてくれやがるぜ、この“神童”様は」


 僕の返答に赤毛の天然パーマをわちゃわちゃと掻きむしって嘆いてみせてるのは10歳上の元教師、ワッツ・カーネルソン。


「クリフトンはこの秘密の地下室を情報提供してくれた。充分だ。認めよう、同志よ」


 そう言って差し出された右手は節くれていてゴツゴツしていた。……活動の前は長年、木こりをしていた、と言っていたな。

 握手すると軽くのつもりなのだろうが、ギュッと握りしめられる。


「ようこそ、“明けの|明星派みょうじょうへ”」


 そう述べるのはこの民主活動を率いる地下組織“明けの明星”のリーダー、グスタフ・オーゼス。

 特徴的なのは傷痕だらけのツルツルの頭部に、黒い眼帯を右目にしている。こんな男が民主活動のリーダーと言われても違和感しか……むしろ山賊やギャング団のリーダーと説明してもらった方が余程、納得がいく。


「しかし、あの有名な副判事長までもが我らの民主活動に賛同してもらえるとはな」

「民主主義は市民のための政治だ。貴族、平民の区別なく、な。民の民による民のための政治。それこそが真の理想の政治」


 そう、僕がこの組織に接触したのはかねてよりの理想の政治を成し遂げるためだ。

 今の、ガイウス家による摂政(せっしょう)政治を打倒してその独裁を打ち砕くため。

 それこそが正義。これはその第一歩に過ぎない。


「いよーし! クリフが新たなメンバーとなったお祝いだぜ。オレからはまず先輩としてだな……」

「輪転機が稼働できる様になったのだから、まずはこれでパンフレットを刷り上げて、各所への配布、啓蒙(けいもう)と今後の動きについて話し合うべきだろう」

「ちぇっ。歳下の癖にクール過ぎるぜ、お前」

「時間は誰にも等しく有限だ。それをどう使うかで結果が変わる」

「ワッツ、クリフトンの言う通りだ。我々に余裕は無いのだからな」


 流石にリーダーの言うことには渋々だが、引き下がるワッツ。

 最初からそうしていれば良いものを。


「さあ、では君の計画を話してもらおうか」


 ああ、それが僕の目的だからな。


***


 民主活動地下組織“明けの明星(みょうじょう)”。

 彼らと接触したのは、ある事件で逮捕された容疑者がその一員だったためだ。

 司法取引を持ち掛け、接触に成功したは良いがリーダーであるグスタフは『同志と信じるに足る証しを示せ』とのたまった。

 なので、僕は壊滅したギャング団が使用していた貧民窟の地下室、この情報を取り引きに“明けの明星(みょうじょう)”に介入することに成功した。

 そう。

 真の理想の政治、『民主主義』をこの町に打ち立てる。


 “市民革命”


 その正義の為にはどんな手段も正当化される。


***


「だけど、こんなコソコソ隠れながらビラをばら撒くだけで、あの貴族どもを倒すことなんてできんのかよ〜」


 ……なるだけ、彼のレベルに合わせて理解しやすいように今後の革命計画を説明したはずだが、ワッツにはまだ理解が不足しているようだ。

 所詮、貴族学校で問題アリと追放された教師なことはある。


「いや、今のクロノクル王国の問題点や汚職など隠された真実を的確に突くこのチラシは人々の賛同を得るだろう。後は如何(いか)に貴族どもにバレない様に民衆へ撒いていくか、だが」

「その点はアタイ達に任せてくれるかい?」


 ビラ撒きをどのようにするのか、その難題に手を挙げたのは、扇状的な薄い衣装に真紅の巻き髪をした少女だった。


「ピエラ、お前達に任せても良いのか?」

「ああ。大丈夫、こちとら、娼館に通うヤツらの誰が信じられて誰が信用ならないかなんて常日頃、裸の付き合いで確認してるからね……そこの兄ちゃんもそれで良いでしょ?」


 そう言ってこちらにウインクをする。

 なるほど、彼女達は遊女(ゆうじょ)なのか。身元がわかる者にだけ選別して『民主制』の考えを広めていく。使えそうだな。


「ふふ……まだ若いけど、中々にいい男じゃない……どう? アンタならウチの店、サービスしてあげてもいいわよ」


 気がつくと、ピエラと呼ばれた彼女は僕の左手を握りしめていた。


「ピエラ〜! オレにもサービスしてくれたっていいだろッ」

「ワッツはダメ。料金払えなくてこの前、出禁になってたでしょ。残金を払ってからよ」

「クゥー」


 やはり、ワッツは契約した料金すらキチンと払えない程度の男らしい。


「で、どうだい? 兄ちゃん」

「申し出は有り難いが遠慮しておこう」


 僕の断りにピエラという彼女は、少しムッとしたのか眉をしかめる。

 彼女と寝ることで目的への近道となるのであれば何も構うことは無いが、この手の輩のアプローチは“僕と肉体関係を持つ”ことで他の仲間に対する優越、覇権を取ってやりたいという思いが見え隠れする。

 それは回り回って、目的への阻害要因となりかねない。


「君とは対等な同志でいたいんだ、ピエラさん」


 だが、彼女に“アプローチしたが断られた女”というレッテルを貼られてしまえばそれは後に僕への恨みと化す。

 そうなる前にこちらから“ピエラを仲間として尊重してるんだ”というメッセージを送っておく。


「へー。……いいね、アンタ。個人的にも興味が湧いたよ。いいさ、そういうことにしておこう」

「ピエラ。お前の役割は重要だ。バレれば娼館ごとガイウス家に皆殺しにされかねん。……慎重にな」

「ああ、分かってるよ。……グスタフの娘さんみたいになるつもりは無いって。こちとら、どん底だろうと笑って生き残るのが仕事なんでね」

「…………」


 渋い顔のグスタフに、ニヤッと笑みを返してピエラは同業者であろう少女達と刷り上がったばかりのビラを運び出す。


「さ、やるよアンタら! ここがキバり時なんだからね!」


 ピエラの一声で、他の遊女たちの表情が一斉に引き締まる。……なるほど。同業種の彼女達への統率力は中々のようだ。舐めてかかってはいけない。

 クロノクル市の民衆に『民主主義』の考えを認識させる。そして、今の王政……ガイウス家の摂政(せっしょう)政治が如何(いか)に歪んでいるかを知らしめるのだ。

 そうしてこそ、人々の思いが、うねりがいずれこの町を革命へと導くはずだ。

 そう——。

 計算そのものは何も間違っては無かったのだ。

 間違ってなかった……なのに……人はいつも裏切る。

 それを、僕はまだ知らなかったのだ。


***


 夏も過ぎて、暑さも少しずつ緩和されつつある季節。

 フーギリス様はたびたび忙しい合間を縫って僕をお呼び頂いていた。

 なんて事はない、たわいもない市井(しせい)の生活、暮らしへの問い掛け。

 だが、そんな王の(こと)()には(おの)が身の不自由さ、そして城の外への憧れが(にじ)み出ていた。



「クリフよ。(ちん)はどうしたら、クロノクル城の外に出ることができるのであろうな」



 いつものガゼボでの3時のお茶会に招かれていた僕はフーギリス様の横顔にハッとする。

 その紅玉色の目は、空の向こう、自由に羽ばたく鳥を追いかけていた。


「陛下、城の外はとても汚い世界。陛下が訪れる必要などありませんわ」

「ええ、そうですわ。陛下の高貴な御姿(おすがた)を醜き平民どもにお見せするなど勿体(もったい)なきこと。些事は我々やガイウス様にお任せ下さいな」


 侍女達は(さえず)りながら、少年王の憧れを打ち砕こうとする。


「……そうだな。(ちん)は、其方(そなた)らのように(ちん)を大事に思ってくれる配下を持ち、幸せである」


 空を眺めるのをやめ、侍女達を見やる彼の瞳に揺蕩(たゆた)うのは……諦観(ていかん)

 そうか。

 陛下は……本当にこいつらが陛下のことを思ってくれてると信じてるのだ。こいつらはあなたを見張る為に配属されたガイウスの手の者だと言うのに。あなたの御身(おんみ)を縛る鎖にも関わらず。

 信じているからこそ、彼らの為に自身の希望を捨てるべきだと……諦めるべきだと。

 それが、(おの)が幸せだと言い聞かせて。

 まだ、わずか8歳の少年が……!



「恐れながら陛下。もし、仮に陛下が城外にお出になることがありましたら、このクリフトン、必ずや陛下にお供し市井(しせい)の生活や暮らしぶりについてご説明、差し上げましょうぞ」



 思わず、ついて出た言葉だった。

 陛下はその言葉に一瞬、キョトンとし……そして破顔して笑顔を見せる。


「そうか! 其方(そなた)は平民ゆえ、市井(しせい)の暮らしには詳しいのであったな。良い。その期には必ずや(ちん)(とも)しろ、クリフ!」

「ハハーッ。必ずや」


 苦々しく睨んでくる侍女達の視線など気にならなかった。

 嬉しさに頬が緩む陛下。

 この時、僕は10歳も歳下の少年王(ラスト・キング)と、真に心を通わせた。

 そんな気がしたのだった。


⭐︎⭐︎⭐︎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ