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第7話 ロクはいた

次の日。


俺はまた南門に来ていた。



「また来たのか」


ガルドが言う。


「今日は手帳を見に来ました」


「帰れ」


「早いな」



昨日。


ガルドの手帳から、


俺がこの世界に来る前の記録を見つけた。



『アルト 値1』



あれ以外にも何か書いてあるんじゃないか。


そう思った。



当然。


ガルドは見せてくれなかった。



「人の手帳を勝手に読むな」


「俺のこと書いてたじゃん」


「お前以外のことも書いてある」


「だから気になる」


「余計駄目だ」



正論だった。



仕方なく、門の横に座る。



ガルドは仕事。


俺は見学。



荷車が通る。


人が通る。


ガルドはそのたびに視線を動かす。



昨日までなら気にもしなかった。


でも今は。


この爺さんが何を見ているのか、少し気になる。



昼。



ガルドが固いパンを取り出した。



「食うか?」


「食う」


「銅貨一枚」


「金取るの?」


「当たり前だ」


「前の俺にも取ってた?」


「……どうだったかな」



また忘れてる。



「手帳に書いてない?」


「お前のパン代まで書くか」



ガルドが手帳を開いた。



何ページかめくる。



俺は見ない。



見ないつもりだった。



でも。



一つだけ。


妙な文字が目に入った。



『ロクはいた。』



「……ロク?」



ガルドの手が止まる。



「誰、それ?」


「何が」


「ここ」



俺が指をさす。



ガルドは手帳を見る。



『ロクはいた。』



しばらく。


黙っていた。



「知らんな」


「え?」



聞き間違えたかと思った。



「知らん名前だ」


「でも、爺さんの字だよね?」


「ああ」


「自分で書いたんでしょ?」


「そうだろうな」



意味が分からない。



「下にも書いてある」



そこには。



『左手の小指が曲がっていた』


『薄い酒しか飲まない』


『雨の日は右膝を痛がる』


『最初の戦場で俺を引っ張って逃げた』



俺は最後の一行をもう一度読む。



「これ、爺さんの戦友じゃないの?」


「そう書いてあるな」


「助けてもらった人?」


「らしいな」


「なのに覚えてない?」



ガルドは何も答えない。



手帳を見る。



文字を追う。



でも。



本当に思い出せないらしい。



「自分で書いたんだよね?」


「ああ」


「こんなに細かく?」


「ああ」


「それでも?」



ガルドはしばらく黙った。



それから。



「書いてあることは分かる」



指で文字をなぞる。



「でも、誰のことか分からん」



ぞっとした。



存在値が低くなると。


人から忘れられやすくなる。



測定所で聞いた話。



名前を忘れる。


顔を思い出せなくなる。



そのくらいだと思っていた。



でも。



もしロクという人が本当にいたなら。



一緒に戦って。


命まで助けてもらったガルドが。



その人を丸ごと忘れている。



「じゃあ」


俺は手帳を見る。



「なんで『ロクはいた』なんて書いたの?」



ガルドは答えなかった。



答えられないんだと思う。



理由まで。


もう覚えていないから。



文字は残っている。



思い出も、書いてある。



なのに。



ロクという人だけが。



ガルドの中から消えていた。

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