第5話 南門の『2』
存在値1。
次の日になっても。
ちょっと嬉しかった。
我ながら単純だと思う。
普通の人は四十とか五十。
1なんて、かなり低い。
でも。
0だった俺からすれば。
大進歩だ。
そうなると。
次が欲しくなる。
2。
問題は。
昨日、何が起きたのか。
トーマの人生が変わった。
俺の言葉が、そのきっかけになった。
なら。
ただ人の役に立つだけじゃなく。
相手に何か変化を起こせばいいんじゃないか。
次の屋台の日。
俺はトーマのところへ行った。
「何してんの?」
トーマが聞く。
「実験」
「帰れ」
「まだ何もしてないだろ」
昨日の屋台で気になったことがあった。
遠くから見ると。
何を売っているのか分からない。
値段も分からない。
だから。
板を一枚借りた。
『煮込み 銅貨六枚』
その下に。
『パン付き』
大きく書く。
トーマが見る。
「こんなんで変わる?」
「分からない」
「分からないのにやってんの?」
「だから実験なんだよ」
屋台を出す。
昨日とは少し違った。
通り過ぎる人が。
板を見る。
一人。
止まった。
次の人も。
少し見る。
昨日より。
客が来るのが早い。
「……これ結構いいな」
トーマが言った。
「だろ?」
「なんで得意げなんだよ」
最終的に。
昨日より少し売れた。
トーマも喜んだ。
客の行動も変わった。
店の売上も変わった。
影響。
これはさすがに。
影響だろ。
その足で測定所へ行った。
右手を置く。
『1』
「……」
もう一回。
『1』
変わらない。
「なんで?」
受付の職員がため息をついた。
「俺に聞くな」
「昨日より売上増えたんですよ」
「知らん」
「俺が看板作ったから」
「知らん」
「何人も行動変えました」
「知らん」
「存在値って何なんですか」
「お前、最初からそこを調べろよ」
それはそう。
追い出された。
分からない。
トーマの進路が変わった時は上がった。
屋台の売上を変えても上がらない。
人に頼られても。
感謝されても。
上がらない。
同じ「影響」でも。
何かが違う。
帰ってからも考えた。
けど。
答えは出なかった。
「アルト」
ミレナに呼ばれる。
仕事机の上に、青い制服が置かれていた。
「これ、届けてくれる?」
「今ちょっと忙しい」
「何してるの?」
「考え事」
「じゃあ歩きながらできるわね」
強い。
制服を布で包まれる。
「南門のガルドさんにお願い」
「誰?」
「門番のおじいさん」
「どんな人?」
「行けば分かるわよ」
またそれ。
王都の南門は。
思っていたより大きかった。
荷車。
商人。
旅人。
兵士。
人がひっきりなしに出入りしている。
門の横に。
老人が一人立っていた。
白髪。
日に焼けた顔。
腰には剣。
でも。
強そうというより。
普通の爺さんだ。
「ガルドさん?」
声をかける。
老人が振り返った。
俺を見る。
ほんの少し。
間があった。
「……アルトか」
「そうです」
まただ。
向こうは俺を知っている。
俺は向こうを知らない。
この世界に来てから。
もう慣れ始めている。
「母さんから」
制服を渡す。
ガルドは包みを開いた。
袖の縫い目を見る。
「相変わらず細けえ仕事するな」
「褒めてたって言っときます」
「言うな」
「なんで?」
「次から値段上げられる」
「母さんそんな人じゃないと思うけど」
その時だった。
大きな荷車が門へ入ってきた。
木箱が山ほど積まれている。
俺は特に気にしなかった。
ガルドは違った。
荷車を見る。
馬を見る。
車輪を見る。
「止まれ」
御者が驚いて手綱を引いた。
「何です?」
「右後ろ」
別の門番が確認する。
「あっ」
車輪の金具が外れかけていた。
このまま進んでいたら。
たぶん途中で車輪が外れていた。
御者の顔が青くなる。
「助かりました」
「直してから行け」
ガルドはそれだけ。
礼を言われても。
特に嬉しそうでもない。
「今の、なんで分かったの?」
俺は聞いた。
「見りゃ分かる」
「俺、見てたけど分からなかった」
「じゃあ見てねえんだよ」
何だこの爺さん。
でも。
今。
確実に一つ事故を防いだ。
ふと。
今日ずっと考えていた数字のことが頭に浮かぶ。
「ガルドさん」
「何だ」
「存在値いくつ?」
ガルドが俺を見る。
「会ってすぐ聞くことか?」
「俺、1なんですよ」
「知ってる」
「なんで知ってるの?」
「聞いた」
「誰に?」
「忘れた」
門の脇に。
小さな測定盤があった。
ガルドが面倒そうに手を置く。
光る。
『2』
「……え?」
二度見した。
『2』
俺と。
一つしか違わない。
「2?」
「見りゃ分かる」
「いや」
もう一度。
さっきの荷車を見る。
この爺さんが気づかなかったら。
事故になっていたかもしれない。
毎日ここに立って。
何人もの人を通して。
それで。
2。
「低くない?」
「そうだな」
「気にしないの?」
「別に」
答えるのが少しだけ早かった。
「でも」
俺は言う。
「今、人の役に立ってたじゃん」
「仕事だからな」
「人に影響を与えたら存在値って上がるんじゃないの?」
ガルドが俺を見る。
それから。
少し笑った。
「だったら」
門を指す。
「毎日何百人も通してる俺は、とっくに英雄だな」
何も言えない。
今日。
俺は存在値2を目指していた。
その2を。
自分じゃない人間の上で見つけた。
しかも。
どう考えても。
俺よりずっと役に立っている爺さんだった。




