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第32話 集まりすぎる名前

「あなたには今、集まりすぎている」



サイラスの指は。


机の上の『アルト』という名前を押さえていた。



「何が?」


「あなたの名前です」



意味が分からず。


俺は机の上を見る。



サイラスが数枚の紙を並べた。



『英雄レオンの功績に矛盾を発見』


『忘れられた副官ユリウスを発見』


『遠征記録の訂正に貢献』



ここ数日。


新聞や記録に残ったものだ。



「これ、俺一人でやったわけじゃないです」


「ええ。知っています」



サイラスは一枚目を指した。



「資料を集めたのは中央局です」


次。



「調査にはセインさんも参加している」



さらに。



「記録の訂正を求めたのはレオン本人です」



それでも。



記事に一番大きく残った名前は。



アルト。



俺だった。



「つまり?」


「実際に誰が何をしたかより、あなたの名前の方が残りやすくなっている」



その言葉で。



レオンのことを思い出した。



本人が訂正しても。


功績を返しても。



結局。



話の中心にはレオンがいた。



「俺は違うって言ってますよ」


「レオンも言っていたでしょう」



何も返せなかった。



サイラスが別の記録を出す。



『拾遺師アルトによる北境遠征記録の調査』



本文を読む。



『補助職員一名が同行』



手が止まった。



「……補助職員?」



隣にいるセインを見る。



「たぶん俺ですね」


「いや、たぶんじゃないだろ」



セインの方が。


俺よりずっと前から拾遺局で働いている。



ガルドの家も。


ベルクの件も。


ユリウスも。



ずっと一緒だった。



それなのに。



紙の中では。



俺が調査したことになっていて。



セインは。



名前すら残っていない。



「これ、誰が書いたんです?」


「中央局の報告書です」


「俺が頼んだわけじゃない」


「でしょうね」



誰かが悪意を持って。


セインの名前を消したわけじゃない。



それでも。



消えている。




その時。



部屋の扉が叩かれた。



記録局の職員が顔を出す。



「失礼します。南門拾遺分室宛てに相談者が来ています」



セインが立ち上がった。



「内容は?」


「昔の記録について調べてほしいそうです。ただ……」



職員が俺を見る。



「アルトさんにお願いしたいと」



「俺?」



少しして。



相談者の男が部屋へ入ってきた。



俺を見るなり。


ほっとしたような顔をする。



「あなたがアルトさんですか?」


「はい」


「よかった。新聞で見ました」



そして。



俺の隣にいるセインを見る。



「あの……助手の方も一緒ですか?」



一瞬。



何を言われたのか分からなかった。



「助手じゃないです」



すぐに言った。



「セインの方が先輩です。俺、まだ拾遺師になったばっかなんで」



男は慌てて頭を下げた。



「すみません。アルトさんのお名前ばかり見ていたので」



悪気はない。



むしろ。



普通の反応なんだと思う。



だから。



余計に気持ち悪かった。



相談の内容を聞く。



古い家の所有者について調べてほしい。



急ぎではない。



南門分室で受けられる案件だった。



「じゃあ、セインと一緒に確認します」


俺が言う。



男はうなずいた。



「お願いします。アルトさん」



また。



俺だけだった。




相談者が帰ったあと。



サイラスが口を開いた。



「今の方には、私は何もしていません」


「分かってます」


「新聞を書いたのも、報告書を書いたのも私ではない」


「それも分かってます」



それでも。



俺の名前に集まった。



依頼も。



期待も。



一緒に働いた人間の功績まで。



俺はセインを見る。



「……嫌じゃないですか?」


「何が?」


「俺ばっか名前出てるの」



セインは少し考えた。



「今は、別に」



今は。



その言葉が。


少し引っかかった。



でも。



聞き返す前に。



エリオットが口を開いた。



「俺は逆でした」



全員がそちらを見る。



「前は、現場で何かあれば俺が呼ばれてたんです」


「今は?」


「ほとんど呼ばれません」



仕事には行っている。


名前も覚えられている。



でも。



エリオットじゃなければならない仕事だけが。



少しずつなくなっている。



俺はサイラスを見る。



「戻せるんですか?」


「何をです?」


「エリオットに向いてたものを」



また相談される。


また任される。



そうなれば。



存在値も戻るのか。



サイラスは少し考えた。



「分かりません」



その時。



エリオットが言った。



「明日、水門の切り替えがあります」



「それ、エリオットさんの仕事?」


「去年までは、俺が立ち会ってました」


「今年は?」


「来なくていいって言われました」



俺は眉を寄せる。



「なんで?」


「手順書があるから」



少し間があった。



「その手順書、誰が作ったんです?」



エリオットは。



俺を見た。



「俺です」



誰も何も言わなかった。



自分が作ったものが。



自分の代わりになっている。



エリオットは小さく息を吐いた。



「明日は」



机の上の予定表を見る。



「俺抜きでやるそうです」

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