第33話 呼ばれない技師
翌日。
俺とセインは。
エリオットと一緒に、西水門へ来ていた。
今日は。
水門の定期切り替え。
去年までは。
エリオットが必ず立ち会っていた仕事らしい。
でも今年。
エリオットには。
「来なくていい」
そう連絡があった。
理由は。
手順書があるから。
そして。
その手順書を作ったのも。
エリオットだった。
「本当に普通に始めるんですね」
俺が言う。
現場では。
職員たちが手順書を見ながら準備を進めていた。
エリオットは少し離れた場所に立っている。
誰も。
エリオットへ聞きに来ない。
「去年までは、どうだったんです?」
「始まる前から質問だらけだったよ」
エリオットは笑った。
「水量どうする、とか。どこまで開ける、とか」
「今年は?」
「見ての通り」
誰も来ない。
俺は現場を見る。
正直。
順調だった。
水門を閉める。
別の水門を開ける。
水量を確認する。
全部。
手順書通り。
「……普通にできてますね」
俺が言う。
エリオットは。
少しだけ黙った。
「そうだな」
その声が。
思ったより静かだった。
これなら。
サイラスのやったことは。
正しかったんじゃないか。
一人しか分からない仕事を。
誰でもできるようにした。
それだけ。
そう思いかけた時。
現場の職員が声を上げた。
「待ってください!」
水面を見る。
予定より。
水位が下がっていない。
責任者が手順書を確認する。
「第三水門をもう少し開けろ」
「手順ではここまでです」
「なら第一を閉める」
「それだと南側が――」
声が重なる。
俺はエリオットを見る。
エリオットは。
もう水面を見ていた。
「分かるんですか?」
「ああ」
即答。
「去年、東側に新しい取水路ができた」
エリオットが言う。
「今の手順だと、その分が計算に入ってない」
「手順書には?」
「最初に作った時にはなかった」
現場では。
まだ話し合いが続いている。
でも。
誰も。
エリオットには聞かない。
俺は責任者のところへ行った。
「すみません」
「今忙しい!」
「エリオットに聞けば?」
責任者が止まった。
「エリオット?」
俺は。
少し離れたところにいる本人を指した。
「あの手順書を作った人です」
責任者が。
エリオットを見る。
数秒。
それから。
「……エリオット! どうする!」
呼ばれた。
その瞬間。
エリオットがすぐに歩き出す。
水路図を見る。
「第三を半分戻して」
「戻す?」
「そのあと第二を開ける。今のままだと南側に流れすぎる」
「分かった!」
今度は。
職員たちがエリオットを見る。
「第二、どこまで?」
「目盛り三つ」
「第一は?」
「触らなくていい」
質問が飛ぶ。
エリオットが答える。
人が動く。
少しして。
水位が下がり始めた。
「……戻った」
誰かが言った。
責任者が息を吐く。
「助かった」
それから。
エリオットを見る。
「次の切り替えも来てくれ」
「手順書あるでしょう」
「今日みたいなのがあると困る」
エリオットは。
少しだけ笑った。
「じゃあ、呼んでください」
その日の夕方。
存在値を測った。
18。
数字が揺れる。
そして。
26。
「……上がった」
エリオットが呟いた。
俺も。
表示を見る。
書類は。
一枚も戻していない。
手順書にも。
エリオットの名前は増えていない。
変わったのは。
今日。
現場の人間が。
もう一度。
エリオットに聞いたこと。
エリオットへ。
判断を任せたこと。
「名前を書き戻したからじゃない」
俺は言った。
セインが俺を見る。
「人が、もう一回エリオットさんを見るようになったからだ」
後ろから。
サイラスの声がした。
「そのようですね」
振り返る。
いつの間にか。
サイラスが立っていた。
「来てたんですか」
「結果が気になりましたので」
俺は測定器を指した。
「18から26です」
「確認しました」
「じゃあ」
俺は言う。
「あなたがやったこと、戻せるんじゃないですか」
サイラスは。
少し考えた。
そして。
首を横に振った。
「エリオット氏は、戻せた」
その言い方が。
引っかかった。
「どういう意味です?」
サイラスは。
鞄から一枚の紙を出した。
そこには。
知らない名前と。
存在値。
12。
「同じことをした人が、他にもいます」
俺は紙を見る。
サイラスが続けた。
「ただし」
少し間を置く。
「この人は、呼んでも戻りませんでした」




