第31話 削った人
翌朝。
俺とセインは、エリオットと一緒に王都記録局へ来ていた。
記録調整部。
そこにいた男は。
三十代後半くらい。
サイラスと名乗った。
俺は机に一枚の書類を置く。
『当該技師については、今後も同様に処理する』
「これを書いたの、あなたですか?」
「私です」
即答だった。
エリオットが前へ出る。
「なんで俺の名前を消したんですか」
サイラスは首を振った。
「消してはいません」
「消えてるだろ」
「水利局の仕事を、水利局の仕事として残しただけです」
サイラスは別の書類を開いた。
半年前。
『設計責任者 エリオット』
三か月前。
『設計責任 王都水利局』
「この変更だけじゃありません」
次の紙。
『技術問い合わせ エリオット』
それが。
『技術問い合わせ 水利局窓口』
さらに。
『新人指導 エリオット』
から。
『共通手順書による教育』
俺は紙を見比べる。
「……全部、エリオットじゃなくても回るようにした?」
「正確には」
サイラスが言う。
「個人に集中していた役割を、組織へ戻しました」
エリオットの顔が険しくなる。
「そのせいで俺の存在値は18まで落ちた」
サイラスは驚かなかった。
「把握しています」
俺は顔を上げた。
「把握してる?」
サイラスが、一枚の記録をこちらへ向けた。
三週間前。
62。
最初の帰属変更後。
41。
問い合わせ先を変更。
27。
教育と確認業務を共通化。
18。
俺は黙った。
偶然じゃない。
数字が落ちた時期と。
エリオットから役割が外れた時期が。
重なっている。
「名前を消したからじゃない……」
俺は呟いた。
書類から名前が消える。
その書類を見て。
人の動きが変わる。
エリオットに聞いていた人が。
窓口に聞く。
エリオットに教わっていた人が。
手順書を見る。
エリオットへ向いていた仕事が。
一つずつ。
別の場所へ移っていく。
「だから下がった」
サイラスが俺を見る。
「その通りです」
ぞっとした。
エリオットはまだいる。
毎日ここへ来る。
名前を呼ばれる。
仕事もしている。
なのに。
世界の中から。
『エリオットでなければならない理由』だけが。
削られている。
「なんでこんなことを?」
俺が聞いた。
サイラスは少し考えて。
逆に聞いた。
「英雄レオンの件を調べたそうですね」
「それが?」
「一人に功績が集まりすぎることを、あなたは問題だと思った」
レオン。
ユリウス。
俺は答えられなかった。
「私は逆を行っただけです」
サイラスは言う。
「仕事を、一人の名前から組織へ戻した」
間違っている。
そう言いたい。
でも。
レオンの時。
俺は確かに思った。
一人の名前に。
何もかも集まるのはおかしい、と。
「ただし」
サイラスが続ける。
「興味深い結果でした」
エリオットを見る。
「職も奪っていない」
「家族から引き離してもいない」
「誰にも、彼を忘れろとは命じていない」
それでも。
62が。
18になった。
「人は」
サイラスが言った。
「思っているよりずっと、役割によって存在している」
俺は。
その言葉が嫌だった。
でも。
目の前に数字がある。
反論だけでは消えない。
セインが聞く。
「エリオットさんだけなんですか?」
サイラスは。
少し黙った。
それから。
机の引き出しを開けた。
何枚もの記録を取り出す。
名前。
所属。
存在値。
同じように。
数字が落ちている。
「……他にも?」
「ええ」
エリオットだけじゃない。
サイラスは以前から。
同じことをしていた。
俺が記録を見ていると。
一番下から。
見覚えのある名前が出てきた。
アルト。
手が止まる。
「なんで俺のがある」
サイラスが俺を見る。
「あなたは逆だからです」
「逆?」
「エリオット氏には、名前が集まらないようにした」
サイラスの指が。
俺の名前を叩く。
「あなたには今」
少しだけ。
口元が動いた。
「集まりすぎている」




