第30話 削られた名前
「俺がやった仕事から、俺の名前だけなくなっていくんです」
エリオットはそう言って、机の上に二枚の紙を並べた。
一枚は、半年前の設計書。
王都を流れる水路の水量を、複数の水門で調整するためのものらしい。
下には。
『設計責任者 エリオット』
もう一枚は、その三か月後に作られた正式な記録。
内容はほとんど同じ。
でも。
『設計責任 王都水利局』
エリオットの名前だけがない。
「これだけじゃありません」
さらに三組。
似たような書類が出てきた。
最初の資料にはエリオット。
正式な記録になると、水利局。
あるいは部署の責任者。
同じことが繰り返されている。
「職場を見てもいいですか?」
俺が聞くと、エリオットはすぐにうなずいた。
王都水利局。
エリオットが今も働いている職場だ。
中に入ると、何人かが普通に彼へ声をかけた。
「おはよう、エリオット」
「昨日の点検表、あとで頼む」
ちゃんと認識されている。
ミラみたいに。
存在そのものが消えかけているわけじゃない。
俺は近くにいた職員へ、例の水路について聞いてみた。
「新しい水門の調整方法って、誰が作ったんですか?」
職員はすぐに答えた。
「うちの部署ですよ。責任者を中心にみんなで」
エリオットが横で黙っている。
俺は半年前の設計書を見せた。
『設計責任者 エリオット』
職員の顔が止まった。
「……あれ?」
エリオットが聞く。
「覚えてないですか。最初の試験、あなたもいましたよ」
「試験……」
職員は少し考えて。
「ああ。いた。夜までやったやつだ」
「俺が調整値を作ってましたよね」
「……そうだったか?」
忘れているわけじゃない。
同じ夜を覚えている。
一緒に働いたことも覚えている。
なのに。
誰が中心にいたのかだけが違う。
「これです」
エリオットが小さく言った。
「最近ずっと、こうなんです」
俺は背中が冷たくなるのを感じた。
ユリウスは。
死んだあと、仕事がレオンの名前に集まった。
でも。
エリオットはまだ生きている。
隣にいる。
普通に働いている。
それでも。
すでに仕事だけが、本人から離れ始めている。
中央局へ戻って。
俺とセインは、正式記録になるまでの書類を追った。
そこで。
一つ共通点が見つかった。
エリオットの名前が消えた資料は。
全部。
正式記録になる直前に、一度だけ同じ部署を通っている。
王都記録局。
記録調整部。
「ここで書き換えられてる?」
俺が聞く。
セインが資料を重ねた。
「少なくとも、全部ここを通ったあとです」
一番新しい書類を開く。
修正前。
『考案者 エリオット』
修正後。
『考案 王都水利局』
その間に。
一枚だけ。
修正指示が残っていた。
俺は読む。
『個人名による功績記載を削除。
責任主体へ帰属を統合すること』
ここまでは。
ただの記録上の決まりにも見えた。
でも。
その下。
手書きで一行。
『当該技師については、今後も同様に処理する』
俺とセインは顔を見合わせた。
今後も。
つまり。
偶然じゃない。
誰かが。
エリオットの名前を消し続けようとしている。
紙の一番下には。
承認者の名前があった。
『記録調整官 サイラス』
「……誰だ、これ」
俺はまだ知らなかった。
でも。
エリオットの存在値が。
62から18になるまで。
その名前は何度も。
書類の最後に残っていた。




