第28話 知られざる英雄
翌日。
南門拾遺分室の机に。
また新聞が置かれていた。
見出し。
『知られざる英雄、ユリウス』
俺は嫌な予感がした。
読む。
北境遠征。
撤退。
補給。
負傷者の移送。
今までレオンの功績とされていた仕事を。
副官ユリウスが担っていた。
そこまではいい。
問題は、その先だった。
『表舞台に立つ英雄を影から支え続けた、無欲の副官』
「……無欲?」
俺は記事を見直した。
セインも横から読む。
「そう書いてありますね」
でも。
俺たちが見つけた記録には。
ユリウス自身が。
自分の功績を訂正するよう申請していた。
しかも一度じゃない。
別の人事記録にも。
『功績評価について上官と口論』
と残っている。
「全然、無欲じゃなくない?」
「少なくとも、そうは見えませんね」
その日の午後。
中央局でレオンにも記事を見せた。
読み終えるなり。
「誰だよ、これ」
と言った。
「ユリウスです」
「俺が言ってんのはそういうことじゃねえ」
レオンが記事を指す。
『自らは決して名誉を求めず――』
「めちゃくちゃ求めてるだろ」
確かに。
自分がやった仕事を。
自分の名前で残してほしい。
それを何度も訴えている。
「悪いんですかね」
俺が言う。
レオンが首を振る。
「別に」
少し考えて。
「自分でやったなら、自分の名前で残したいだろ」
その言葉は。
妙にしっくりきた。
ユリウスは。
英雄を影から支えるためだけに生きていた人じゃない。
自分の仕事を評価してほしかった。
レオンと揉めた。
上官とも揉めた。
それでも。
仕事はちゃんとやった。
たぶん。
面倒なところもあった。
それでいいはずなのに。
新聞の中では。
もう。
立派な人物になっていた。
『名もなき功労者』
『英雄を支えた影の英雄』
『見返りを求めなかった男』
数日前まで。
誰も知らなかった名前。
今は。
誰も知らなかった人生まで。
みんなが知ったように語っている。
「これ」
俺は記事を見ながら言った。
「ユリウスの名前は戻ったけど」
セインが俺を見る。
「本人が戻ったわけじゃないですね」
そう。
顔も知らない。
声も知らない。
何を好きだったのかも。
何を嫌っていたのかも。
ほとんど分からない。
残った記録から。
俺たちは少しだけ知った。
でも。
空いている部分を。
今度は世間が勝手に埋め始めている。
前は。
全部レオンの功績だった。
今度は。
全部ユリウスの美談になり始めている。
形が変わっただけだ。
「人って」
俺は呟いた。
「知らないままにしておくの、苦手なのかな」
レオンが笑う。
「お前も人だろ」
「そうでした」
新聞を閉じる。
ユリウスは戻らない。
でも。
ユリウスという名前の物語は。
今。
ものすごい速さで作られている。
そして。
その中にいる男が。
本当にユリウスなのか。
それを確かめられる人は。
もう誰もいなかった。




