第23話 英雄の名前
「途中から、やめたけど」
レオンはそう言って、古い新聞を机に戻した。
王都中央拾遺局の資料室。
机の上には、北境遠征の記録と。
ユリウスの名前が残った帳簿が並んでいる。
俺はレオンを見る。
「訂正するのを?」
「ああ」
レオンは椅子にもたれた。
「最初の頃は言ってたんだよ。俺一人でやったわけじゃないって」
遠征から帰る。
街の人に囲まれる。
新聞の人間が来る。
誰が魔物を倒したのか。
誰が街を救ったのか。
聞かれるたびに。
レオンは、一緒に戦った人間がいると説明していたらしい。
「でも、次の記事を見ると。また俺が全部やったことになってる」
レオンが机の新聞を指で叩く。
『英雄レオン、北境を救う』
大きく残っているのは。
その名前だけだ。
「何回か訂正してるうちに、面倒になった」
「面倒?」
「毎回説明するのが」
レオンは少し笑った。
「こっちは大勢で戦ってるのに、向こうは『英雄が救った』の一言で終わらせたがるんだよ」
分かりやすいから。
英雄が一人いて。
そいつが全部解決した。
その方が。
話としては簡単だ。
俺だって、元の世界で。
昔の戦争や事件について、一番有名な人間の名前しか知らなかったことがある。
その裏で誰が何をしたのかなんて。
ほとんど知らなかった。
「それだけですか?」
セインが聞いた。
レオンがそちらを見る。
「何が?」
「訂正しなくなった理由です」
少し。
沈黙が落ちた。
レオンはしばらく黙っていたが。
やがて。
「……褒められるの、嫌いじゃなかったんだよ」
そう言った。
「街を守って。帰ったら名前を呼ばれて。ありがとうって言われる」
肩をすくめる。
「そりゃ、嬉しいだろ」
俺は何も言えなかった。
分かる。
かなり分かる。
俺だって。
存在値が1から4になった時は嬉しかった。
拾遺分室で。
「アルトさん、見てもらえます?」
そう頼られるのも好きだ。
自分にしかできないことがある。
その感覚は。
普通に気持ちいい。
「だから」
レオンが続ける。
「訂正しても変わらないなら、もういいかって思った」
自分がやっていない功績を。
奪おうとしたわけじゃない。
でも。
自分のものとして語られるのを。
途中から止めなくなった。
その結果。
今では。
ユリウスがした仕事まで、レオンの名前で残っている。
レオンは帳簿を見る。
『ユリウス』
そこに残っている名前を。
「俺がずっと訂正してたら」
レオンが言った。
「こいつのこと、忘れずに済んだのかな」
誰も答えなかった。
そんなこと。
今となっては分からない。
レオンが訂正をやめたことだけで。
ユリウスが0になったとも思えない。
ただ。
違うと分かっているものまで。
そのまま残しておく理由もない。
「この記録、どうなるんです?」
俺が中央局の職員に聞く。
「北境側の資料をもう少し確認します。そのうえで、後世にまとめられた遠征記録も修正することになるでしょう」
少なくとも。
レオンがやったとされていた仕事の一部は。
ユリウスという副官が担当していた。
そう残せる。
レオンもうなずいた。
「それでいい」
その日の調査は。
そこで終わった。
翌朝。
南門拾遺分室へ入ると。
受付にいた職員が、俺を見るなり紙を差し出してきた。
「アルトさん。載ってますよ」
「何が?」
受け取る。
王都の朝刊だった。
小さな記事。
見出しは。
『英雄レオンの功績に、新たな疑問』
その下に。
見覚えのある名前があった。
『南門の若き拾遺師アルトが、
十年前の遠征記録から矛盾を発見』
俺は。
もう一度読んだ。
アルト。
間違いなく。
俺の名前だ。
「……俺?」




