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第21話 副官

「俺じゃない」


英雄レオンは、もう一度そう言った。



王都中央拾遺局。


二階の資料室。



机の上には、十年以上前の北境遠征の記録が広げられている。



北門からの撤退。


補給路の変更。


負傷者の移送。



今では、どれも英雄レオンの判断として知られている。



でも。



本人には、やった覚えがない。



中央局の職員が確認する。



「では、この三件については、レオン様から出した指示ではないと?」


「少なくとも俺が直接決めたものじゃない」



レオンは当時の記録を指で追った。



「この時間、俺は東側で戦ってる。北門の状況なんて、その場では見えてない」



俺も記録を見る。



そこはさっき確認した。



同じ時間。


レオンは北門から離れた場所で、魔物の群れと戦っていた。



いくら存在値一万超えでも。


分身まではできないらしい。



「じゃあ、誰が撤退を決めたんだろ」


俺が言う。



レオンは少し考えた。



「俺一人で軍を動かしてたわけじゃない」



「部下がいた?」


「当然」



レオンが笑う。



「俺、英雄って呼ばれてるけど。補給物資の数まで全部自分で数えてたわけじゃないぞ」



そりゃそうだ。



数百人規模の人間が動く遠征だ。



戦う人。


食料を運ぶ人。


怪我人を見る人。


道を決める人。



いろんな人間がいたはず。



「特に、こういう仕事は……」



レオンが、補給路変更の記録を見る。



そこで。



言葉が止まった。



「どうしました?」



セインが聞く。



レオンは眉を寄せた。



「誰かがやってたはずなんだ」



「誰か?」



「俺が前に出てる間に、後ろをまとめる奴」



レオンは、自分でも確かめるように話す。



「部隊の配置とか。負傷者とか。補給とか。その辺を俺が毎回やってたわけじゃない」



そこまでは分かる。



でも。



「名前は?」


俺が聞いた。



レオンが黙った。



数秒。



「……出てこない」



「顔は?」


「それも」



「どんな人だったかは?」


「……分からない」



妙だった。



仕事があったことは分かっている。



誰かが担当していたことも分かっている。



でも。



その人だけがいない。



ガルドの家を思い出した。



家も。


椅子も。


手帳も残っていた。



なのに。



ガルド本人だけを、誰も思い出せなかった。



「その人が0になった可能性は?」


俺が中央局の職員を見る。



「あります」



職員が別の資料を机に置いた。



「それで、こちらでも当時の人員記録を調べています。ただ……」


「名前がない?」


「名前自体は、あります」



そう言って。


一枚の古い名簿を開いた。



北境遠征に参加した人間の一覧。



隊長。



レオン。



その下。



副官。



『ユリウス』



名前はあった。



俺はその文字を見る。



「ユリウス」



声に出してみる。



レオンも名簿を見る。



「……知らない」



「副官って書いてありますよ」


「読める。でも、覚えてない」



記録によれば。



ユリウスという人間は。


北境遠征でレオンの副官をしていた。



なのに。



十年以上一緒に戦った本人が。



何も思い出せない。



セインが別の資料を開く。



そこには。



『副官確認済』


という記録が何度も残っていた。



撤退計画。



補給。



負傷者の配置。



名前は書かれていない。



ただ。



副官が確認したことだけは残っている。



俺は名簿を見る。



『ユリウス』



もしかして。



空欄になっている仕事をやったのは。



この人なんじゃないか。



「ユリウスの記録、他にもあります?」


俺が聞く。



中央局の職員がうなずいた。



「王都にはほとんどありません。ただ、北境の倉庫から当時の帳簿が見つかっています」


「そこには?」


「まだ確認中です」



レオンが椅子から立った。



「俺も見る」


職員が驚く。



「レオン様もですか?」


「俺の功績になってるんだろ?」



レオンは机の上の記録を見る。



少しだけ。



さっきまでの軽い雰囲気が消えていた。



「だったら、本当は誰がやったのかくらい知りたい」



その言葉を聞いて。



俺は少し安心した。



英雄だからって。



全部自分の手柄だと言い張る人ではないらしい。



でも。



名簿に残った。



『ユリウス』



という名前を見る。



文字はある。



役職もある。



なのに。



その人を知っている人だけが。



どこにもいなかった。

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