第20話 俺じゃない
翌朝。
俺とセインは、王都中央拾遺局に来ていた。
南門の分室とは、建物の大きさからして違う。
三階建ての石造り。
入口では職員が何人も行き来していて、壁には各地から届いた調査依頼がびっしり貼られている。
昨日届いた、英雄レオンに関する案件。
その詳しい記録を見るために呼ばれた。
「なんか急に仕事の規模変わったな」
俺が言うと、隣を歩くセインもうなずいた。
「俺も中央の案件はほとんど経験ないです」
「お前も緊張してんの?」
「してません」
「歩くの速いけど」
「してません」
してるな。
俺たちは二階の資料室へ案内された。
部屋の中央に大きな机があり、その上には何冊もの記録が積まれている。
昨日見た北境遠征の資料だ。
担当の職員が、一冊を開いた。
「問題になっているのは、このあたりです」
十年以上前。
北部の街へ魔物の大群が押し寄せた。
英雄レオンが部隊を率いて防衛し、多くの住民を救った。
今では誰でも知っている話らしい。
俺は知らないけど。
記録にも、レオンの名前は何度も出てくる。
『東側防衛 レオン隊』
『魔物群迎撃 指揮レオン』
『住民避難完了』
そこまでは普通だった。
問題は、その少し後。
『北門部隊 撤退指示』
担当者の欄が空いている。
次。
『西街道への補給路変更』
ここも空欄。
さらに。
『負傷者の移送先変更』
また空欄。
「名前だけ消えてる?」
俺が聞く。
中央局の職員がうなずいた。
「記録を書いた人間も、実際に命令を受けた人間も残っています。ただ、誰が指示を出したのかだけ確認できません」
紙も残っている。
命令があったことも分かる。
その結果、何人も助かったことも残っている。
でも。
誰がやったのかだけが分からない。
ガルドの家に残っていた物と似ている。
「じゃあ、この人も0になったってこと?」
「可能性はあります。ただ……」
職員が別の本を開いた。
今度は、後から作られた北境遠征の記録だった。
そこには。
『英雄レオンの判断により北門部隊は撤退』
と書かれている。
「レオンがやったことになってる?」
「現在は、そう伝えられています」
さらに補給路の変更も。
負傷者の移送も。
後世の記録では、ほとんどがレオンの功績になっていた。
俺は二冊を並べる。
当時の記録では。
担当者不明。
後から作られた記録では。
英雄レオン。
「なんで?」
職員が答える。
「当時の関係者に確認しても、レオン以外の名前が出てこないんです」
英雄が戦った。
英雄が指示した。
英雄が街を救った。
時間が経つうちに。
そういう話になっていったらしい。
でも。
俺は当時の記録をもう一度見る。
一つ。
気になるものがあった。
北門への撤退指示。
時刻も残っている。
その時間のレオンの記録を探す。
すぐに見つかった。
『同時刻 東側丘陵にて魔物群と交戦』
場所を確認する。
北門とは、かなり離れている。
「……無理じゃない?」
セインが俺の見ている場所を覗く。
「何がです?」
「これ」
二つの記録を並べる。
「レオンが東側で戦ってた時間に、北門で撤退指示が出てる」
セインも時刻を確認する。
「本当ですね」
いくら英雄でも。
同時に二か所にはいられない。
なのに。
今では両方とも。
レオンの功績として残っている。
「やっぱり、別の誰かがいたんじゃないか?」
俺が言った時だった。
資料室の外が急に騒がしくなった。
何人かの職員が廊下を見る。
少しして。
扉が開いた。
背の高い男が入ってきた。
年齢は二十代半ばくらい。
金色に近い短い髪。
腰には剣。
でも。
想像していた英雄より、普通だった。
もっとこう。
入ってきただけで光るとか。
後ろに竜がいるとか。
そういうのはない。
ただ。
周りの反応が違った。
職員が立つ。
廊下にいた人まで振り返る。
男は慣れた様子で軽く手を上げた。
「座ったままでいいって。毎回それやられると疲れるから」
それから。
俺たちの机へ来る。
英雄。
レオン。
昨日見た記録では。
存在値、12,438。
今の俺。
4。
三千倍以上。
なんだそれ。
レオンは椅子を引いて座った。
「昔の遠征について聞きたいって話だったよな?」
中央局の職員がうなずく。
「はい。こちらの記録について確認をお願いしたく」
北門の撤退指示を見せる。
レオンが読む。
少しして。
眉をひそめた。
「これ、俺がやったことになってるのか?」
「現在の記録では、そうなっています」
レオンは即座に首を振った。
「俺じゃない」
部屋が静かになった。
俺は思わず聞く。
「覚えてるんですか?」
レオンが俺を見る。
「この日は覚えてる。北門が危なくなった頃、俺は東側にいた」
記録と同じだ。
「じゃあ、撤退を決めたのは?」
「分からない」
レオンはもう一度。
空欄になった担当者の場所を見る。
「ただ、俺じゃない。それだけは分かる」
補給路の変更。
負傷者の移送。
他の記録も見せる。
レオンの表情が。
少しずつ変わっていった。
「……これも違う」
次。
「これも俺じゃない」
英雄レオンの功績として。
何年も語られてきたもの。
その中に。
本人すら。
自分がやった覚えのない仕事が混ざっている。
俺は空欄を見る。
誰かがやった。
でも。
誰だったのかは。
世界中の誰も覚えていない。
英雄レオンですら。
その名前を。
思い出せなかった。




