第19話 拾遺師
翌朝。
俺とセインは、もう一度ミラが働いていた洗濯場へ来ていた。
昨日は、ミラの部屋を調べても《残響》は何も感じなかった。
だから今日は、残っている記録だけを確認する。
責任者から、十二年分の当番表を借りた。
ページをめくると、
『ミラ』
という名前が何度も出てくる。
『欠勤 ミラ代番』
『午後休 ミラ代番』
同じような記録がいくつもあった。
近くにいた女性が、一つの日付を見て足を止めた。
「この日、私が休んだ日です」
「覚えてるんですか?」
「子供が熱を出して。でも……」
女性は『ミラ代番』という文字を見る。
「誰が代わってくれたのかは、全然思い出せません」
記録は残っている。
助けてもらった側の記憶も、一部は残っている。
でも。
そこにいたミラだけが抜けている。
さらに見ていくと、
『ミラ遅刻』
という記録もあった。
その少し後には、
『備品紛失 ミラ弁償』
俺は少し笑った。
「普通にミスもしてる」
「十二年働いてますからね」
セインが言う。
人の代わりに働いた。
遅刻もした。
失敗もした。
給料をもらって、また次の日も働いた。
英雄じゃない。
特別な能力もない。
《残響》も残らなかった。
それでも。
何もなかったわけじゃない。
俺が昨日まで。
何も知らなかっただけだ。
「これ、記録には残せるんだよな?」
「はい。分かったことは全部」
ミラを思い出すことはできない。
でも。
ミラという人がここで十二年間生きていたことは残せる。
それで十分だとは思わない。
でも。
何もしないよりは、ずっといい。
昼前。
俺たちは南門拾遺分室へ戻った。
セインがミラの記録をまとめている間、俺は入口の机で待っていた。
そこへ、分室長がやってきた。
「アルト。少しいいか」
「はい」
分室長は一枚の書類を机に置いた。
「正式に、拾遺師として働かないか」
「俺が?」
「セインの補助は必要だがな。お前の《残響》は現場で使える。それに、もう何件も仕事をしてる」
書類の上には、
『拾遺師』
と書かれている。
忘れられた人が残した物や記録を調べる仕事。
ガルドを知って。
ベルクを知って。
ミラを拾えなかった。
それでも。
俺はこの仕事を続けたいと思った。
「やります」
答えると、分室長がうなずいた。
異世界に来て。
存在値0だった俺に。
初めて仕事ができた。
拾遺師。
ちょっと格好いい。
そう思っていると、奥からセインが戻ってきた。
手には、見慣れない封筒を持っている。
「早速、仕事です」
「初日から?」
封筒には、
『王都中央拾遺局』
と書かれていた。
中に入っていたのは、十年以上前の遠征記録。
一番上。
『英雄 レオン』
その横に。
『存在値 12,438』
「……一万?」
思わず聞き返した。
俺は4。
普通の人でも40や50。
なのに。
一万二千。
「何を調べるんだ?」
セインが遠征記録を開く。
撤退計画。
補給路の変更。
負傷者の移送。
英雄レオンの功績として残っている。
でも。
いくつかの仕事だけ。
担当者の名前が抜けていた。
セインが、その空白を指した。
「誰がやったのか分からないんです」
存在値12,438の英雄。
その功績の中に。
世界が忘れた誰かがいる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第一章「拾えるもの、拾えないもの」は、ここで一区切りです。
拾える人もいる。
拾えない人もいる。
それでもアルトは、
世界が忘れたものを拾う仕事を選びました。
次章からは、
存在値12,438を持つ英雄レオンの物語へ。
英雄の功績として残ったもの。
そして、その裏で名前を失ったもの。
物語はここから、少しずつ大きく動き始めます。
続きも楽しんでいただけたら嬉しいです。




